入部希望(1話改訂版)
旧1話の投稿時期を大切にするため、本話を編集済みの1話としています。内容に違いはほとんどありません。
「ここかな……?」
ぼくは扉の前で立ち止まり、手元の地図と看板を見比べた。おそらく、ここで合っているはず。
この扉を開けるべきだろうか? ぼくは扉の前で行ったりきたりする。果たして受け入れてもらえるだろうか。
しばらく悩んでいたが決心がついた。他に興味はない。なら、行くしかない。扉の前でピタリと止まって深呼吸をする。落ち着け、ぼく。まずはノックをし、そのあとすぐ扉を開けた。
「失礼します」
この時、ぼくの胸は微かな期待と大きな不安でいっぱいだった。
まず、目に入ったのは2人の女生徒。おそらく先輩であろう。1人はスラっとした黒髪でメガネを掛けており、優雅に本を読んでいる姿が美しい。もう1人は——長い髪の毛をヘアバンドで留め、ちっちゃい身体でひたすらサンドバックをぶん殴っていた。
あれ?ここってそんなことするとこだっけ……?思っていた様子と異なり、頭が真っ白になる。どうすればいいんだ? もしかして、ぼくが求めるものなんて無いんじゃ……。
ぼくは立ちすくむしかなかった。すると、メガネの先輩がこちらに気づき、メガネを外して声をかけてくれた。助かった!
「あらこんにちは。あなたは……もしかして入部希望者? それなら、こちらにどうぞ」
「は、はいっ、失礼します」
緊張がそのまま口から飛び出したような返事をして、ぼくは部屋に入っていく。2回も失礼しちゃったよ……。そんなことを思いながら着いていくと、衝立で仕切られたスペースに案内された。なんだか応接室のように向かい合ったソファと間にテーブルがある。
「ここで待っててくれるかしら。今準備するわ」
「は、はい」
実はさっきからサンドバッグを殴る音がBGMになっていた。座ってから気がつくほど、ぼくは緊張していた。すぐにその音は止む。準備とやらをするのかな? 一体何が行われるというのか。
しばらく待っていると、さっきの2人がティーセットを持ってきた。そして、ぼくと向かい合う形で座った。その面持ちは、お茶を楽しもうとするものではなく、ビシッと畏まったものだ。まるで面接みたいだな、なんて思った。
「それでは、面接を始めます」
本当に面接だった。
「え? 聞いてないですけど……」
いきなりのことに困惑していることをアピールしたが、2人は無視して話を進める。
「では、面接番号と名前を教えてください」
「いや、だから——」
「教えてください」
「……1年2組出席番号25番 響拓斗です」
ぼくは面接番号とか無視して答えた。知らないものは知らない。そんなぼくを見て、2人の先輩はなんか笑っている。クスクスと笑いながらぼくを見る2人の目は、席に座った時のビシッとしたものから久々に獲物を見つけた獣——。
「では、スリーサイズをお願いします」
「ヴぇ!?」
その質問はあまりにも唐突で、意味がわからなかった。そんなこと、男であるぼくに聞いて何をするつもりだ……? いや、さっきの番号みたく意味なんて無いのか……?
「は、測ったことないです」
「男で測ってたら嫌だわ」
さっきサンドバックを殴っていた先輩が鼻で笑いながら即答する。正直に答えたらこの塩対応。くっ、こっちだって女がサンドバック殴ってたら嫌だわチキショー!
「では、後日測ってみましょう」
もう1人の先輩は淡々と衝撃発言をする。あまりにも自然な言い草で、冗談に思えなかった。は、反応に困るな。何て言えば……。
「冗談よ」
こちらが反応できずにいると、微笑みながらそう言ってくれた。可愛い。なんだか胸がドキドキする。
「それじゃあ次は志望動機だ。ほら、早く言えよ」
ぶっきらぼうな方の先輩がやや怒気のこもった、不機嫌そうな声で聞いてくる。クスクスしていたさっきまでとはえらい違いだ。
「ぼ、ぼくは純粋に……」
「嘘付け変態!!」
今度も真面目に志望動機を言おうとしたのに、まさかの変態扱いで遮ってくる。なんて理不尽なんだ。
「ぼ、ぼくは変態なんかじゃない! ……です」
あんまりにもな扱いに、ぼくは先輩相手だということすら一瞬忘れて叫んでしまう。ここに来たのは失敗だったかな……。
「ここが何をする場所か、わかるよな?」
怒鳴られた先輩はさらに怒気を強め、キツい口調で責めてくる。睨みつけてくるその目は眼光鋭く、めちゃくちゃ怖い。
「そ、それは……」
「んで、ここに入るの男がどんな人間かってのもわかるだろ?」
「う……」
理不尽な先輩が言いたいことは、わかっている。この部屋に入る前にも危惧していた。そう、その理由とは——。
「ズバリ! “女”が目当てだろう? “お菓子を作る部活”に男が来る理由、それしかないからな!」
そう、ここはお菓子を作る部活。正式名称『お菓子研究会』。通称かしけん。
そりゃ、女の子の方が多い部活ではあるだろう。覚悟もしていた。しかし、男が入ってはいけない理由にはならないはずだ。
それに、ぼくの趣味はお菓子作りなのだ。かしけんに入る動機は趣味を高校でも楽しむためなのだ。
まぁ、周りから見れば……女の子目当てだと見られてもしょうがない部分があることは否定しない。入室前の不安材料の1つでもあった。女の子に興味がないというわけでは……ないわけで。
「ぼ、ぼくはお菓子が作りたいんです!」
でも、ぼくは挫けず胸を張って言った。はっきりと、部室に響く大きな声で。2人の視線が怖かったから目は瞑っちゃったけど。さぁ、受け入れてもらえるだろうか。
「ふむ。確かに女だけが目当て、というわけではなさそうだな」
沈黙を破ったのは厳しいほうの先輩だった。ぼくはおそるおそる目を開ける。
「まぁ、うちの部員に手を出せるとも思えんな。よし、入部を認める!」
先ほどまでの厳しい態度が一転、柔らかくなる。それを見てぼくも全身の力が抜けた。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、今日からお前も立派なかしけんのメンバーだ!」
こうして、ぼくこと響拓斗は晴れてかしけんのメンバーになれた。最も、今日は見学の予定で、すぐに入部を決めるつもりはなかったのだが……まぁいっか。
「……うん。響くん誠実そうだし、さーちゃんの言うことにも一理あるわね。それに、部長権限ですものね。私も入部を認めるわ」
優しいほうの先輩もすんなり認めてくれた。とりあえず安心していいのかな? なんか入部が確定しちゃったみたいだけど。
「あたしは西園寺紗百合。よろしくな! タク!!」
厳しい先輩、紗百合先輩は自己紹介のあと、いきなりあだ名で呼んできた。先ほどまで変態扱いされていたのが嘘のようだ。案外、さっぱりした性格なのかもしれない。
「さーちゃんはね、こう見えてかしけんの部長なのよ」
優しい先輩がさらりと教えてくれた。本当にぶ、部長だったのか……。見た目はもう1人の先輩の方が部長っぽい。が、紗百合先輩——部長の不満げなじと〜とした目線が向かっているので本当に部長なのだろう。
「私は神崎真理。よろしくね、響くん」
優しい方の先輩、真理先輩も自己紹介してくれる。メガネを掛けていた時の知的な印象は外してもそのままで、身長もぼくに近い……よく見たらぼくよりも大きいくらいだからお姉さんという感じがする。1歳しか差がないけど。
「本当はあと5人くらい居るんだが、生憎忙しいそうでな。紹介はまた今度になりそうだ」
人数について、実はかなり心配していた要素だった。さすがに2人きりの部活ではないようだ。良かった。他の先輩も気になる、早く会ってみたいなぁ。ん? もうぼく自身も入部した気になってるな。
「あの、いじわるしちゃってごめんなさいね」
そう言いながら、神崎先輩がお菓子を持ってきてくれた。個包装のフィナンシェだが、コンビニで見るようなタイプではない。高級そうだ。
「あれって入部テストなの。変な人が入らないようにするためのね。気分悪かったでしょ?本当にごめんなさい」
「だ、大丈夫です。顔を上げてください」
深く頭を下げる真理先輩。ぼくは慌てて許す気持ちを伝えようとする。悲しい話だが、変な男が来る可能性はゼロではないのだ。当然の自衛として割り切るくらい、認めてもらえたのだから朝飯前……いや、おやつの前だ。
……目の前にあるから上手いこと言えるなと思ったが、そうでもないな。口に出さなくてよかった。
「響くんは変な人じゃなさそうだし……。これから楽しい時間が過ごせそうだわ。ありがとう。これ、好きに食べていいからね」
「あ、ありがとうございます」
いやぁ、真理先輩は優しいなぁ。さっき部長から厳しい言葉を受けてきた分、優しさが心に染みる。フィナンシェもすごく美味しい。これは良い部活に出会えたぞ。
「この様子じゃ、今日はタクだけか。仮入部」
部長がつまらなさそうにつぶやく。
「いろんな部活があるもの。初日は大手に人が集まるわ」
「そんな中で真っ先にうちに来たタクはよっぽどお菓子づくりが好きなんだな」
「はい!大好きです!」
「でも、そんなにお菓子づくりが好きなら悪いことしちゃったかしらね……」
「え?」
真理先輩の意味深な言葉に、ぼくは反射的に声を出していた。悪いことって……なに?
「あのね、この部活は基本“食べる”部活なのよ。お菓子を“食べて”研究するの」
「えーと?“食べる”だけ……?」
「市販のお菓子から高級お菓子、各自の手作りお菓子……ありとあらゆるお菓子を“食べる”。それで美味しさや幸せを追求する。普段の部活はそんな感じだ。研究の一環ということでたまに作ったりもしていたが」
部長の解説でぼくは全てを把握した。この部活、お菓子研究会はお菓子を“作る”のではなく、“食べる”部活なのだ。いっぱいお菓子が作れると思っていたぼくは、落胆した。裏切られた気分だ。
だが、よくよく考えてみると、名前にお菓子を“作る”って入ってないな……。早とちりしちゃったな。
「もしかして、入る気無くしたか?」
部長が軽い感じで聞いてくる。しかし、顔には少し不安が混ざっているような。ぼくは顔色を伺いながら中学を過ごしたので、こういうのには自信がある。
「う、うーん。どうしましょ——」
ぼくは躊躇う気持ちもあったが、遠慮しようとした。やっぱりお菓子は作りたい。それに……放課後、女子に囲まれながらお菓子を食べて研究するってなんかそこにいちゃいけない気がする。あ、そりゃ部長があれだけ警戒するわけだ。
ぼくが葛藤、いや、もはや言い訳を考えている間に、神崎先輩がこんなことを言った。
「日本じゃ滅多に見ないケーキとか持ってきてあげるよ?」
単純に物で釣り引き留める。効果があるかはその人次第の賭けだ。ぼくはその言葉を聞き……入ろうと思った。真理先輩は賭けに勝った。
ぼくはいろんなお菓子を作りはするものの、現物を食べる機会が年々減っていた。懐かしいあの味、新しいあの味。インターネットで見ることしかできない憧れのお菓子がこの部活で食べられるなら。ぼくは躊躇いも葛藤も捨て去り、こう言い放った。
「絶対に入部します!」
美人で優しい先輩と貴重なお菓子……この部活に入らない理由? そんなのないよ、ぼくはここにいていいんだ! いや、あんま良くないかもしれないけど、先のことは考えてもしょうがない。
こうして、ぼくはかしけんへの入部を本格的に決めた。
「さて、そろそろ帰るか」
部長が伸びをしながらつぶやく。気づけば外はかなり日が落ちていた。
「響くんは電車?」
「いいえ、歩いて来てます」
「駅の方からかしら?」
「そうですね、駅の前を通ります」
「じゃあ、一緒に帰りましょっか」
「……はいっ!」
部員みんなで下校なんて高校生っぽいな。新入生とはそんなことしないと思っていたけど、誘ってもらえて嬉しい。いいのかなという気持ちは相変わらずある。でも、断るのも変なので先輩と帰ることにした。
「タクは明日も来るのか?」
「はい、その予定です」
もちろん部長も一緒だ。てくてく歩く姿は可愛らしく見える——同時に姿勢が大変良く、美しさや強さのようなものまで感じる。身体に似合わぬオーラがあり、部長が部長っぽく思えてきた。
「そうか……。いや、はぁ~やっぱり後輩ができるというのは、わくわくするな」
部長が嬉しさを隠しきれないと言った様子で笑いながら言う。厳しい顔の方が強く印象に残っていたので、この本心からの笑顔に思わず見惚れてしまう。
「さーちゃんて、意外と可愛いでしょ」
真理先輩が拓斗の耳元で囁く。ぼくは驚きと恥ずかしさで耳まで真っ赤に燃えるように熱くなりながら飛び退いた。心の中を読まれた? もしかして真理先輩はエスパーなのか……? 振り返るとニコニコしているが、真意は読めない。
「なんだ? 私も混ぜろよ!」
ぼくが真理先輩を見つめていると、部長がぼくたちの肩に手を回してきた。
「新入部員を1人確保できたし、これから何して遊ぶか……明日からも楽しみだ。タクも楽しみにしてろよ。絶対後悔させないからな」
部長が満面の笑みで語る。最初は疑われていたけど、ぼくのお菓子が作りたいという気持ちを真っ直ぐに受け止めてくれた。そして、仲間として受け入れてくれたんだ。ぼくは部長の言葉に胸を打たれた。ぼくに対する信頼の表れを感じた。
「さーちゃんは急に懐くからね。最も、本人は黙っている間にいろいろ考えているみたいだけど……」
「細かいことは気にすんな!」
部長は笑いながら肩に回した腕にさらなる力を加える。身長差でギュッと抱きしめられ、必然的に真理先輩とも触れる形になった。部長と真理先輩の体温が伝わってくる。これが高校の、部活の温もりなんだ。
「ところでさーちゃん」
「ん?」
「響くんがいやらしい顔してるわよ」
「!?」
真理先輩の爆弾発言に思わず身体をビクッとさせてしまったぼく。これじゃあ図星を突かれたみたいじゃないか。焦りが顔に出ていることが嫌でもわかる。それでも、部長の顔を見てみると——笑っていた。でもね、静かな怒りが混じってることくらいはね、わかったよ。
「あ、あの、誤解……」
部長はそっと真理先輩の肩から手を離し、ぼくの肩に回した腕をそのまま首に回す。未だ無言の部長。ぼくの声をちゃんと届けなければ、この腕は蛇のように容赦なくぼくの首を……。
「あ、あの、そんなつもりは……」
「響くん、今、ちょっと喜んでるでしょ」
「そんな——」
そんなことあるわけない。何を根拠に……。あまり自由に動かせない首を使い、真理先輩の目線を追うと、部長の胸元に辿り着く。部長はぼくの頭を小脇に抱える形で首を固定している。背は低い部長だが、その胸は意外にも——制服越しでもぼくの顔に存在感をアピールするほどだった。これに気づいた結果、ぼくはキッパリと否定するに至らなかった。
「ほう、ならもっと喜ばせてやろう」
街中にぼくの断末魔と神崎先輩の楽しげな笑い声が響いた。帰り道で部長には可愛らしさ、真理先輩には油断できない一面があることを身をもって知った。
この後、駅に着くと神崎先輩はホームへ、部長は別の道へ歩き出し、帰って行った。1人の帰路の静けさは、寂しさをより鮮明に意識させる。
誰もいない我が家に帰り、簡単に家事を済ませ、ベッドで今日の賑やかで楽しい時間を思い出しながら眠りにつく。
この時は、かしけんに秘密があることなんて全然気づかなかった。
次は旧1話『入部希望』を飛ばして読むことをおすすめします。