第一章 ヒーロー力
勉強机を前にして座る白い半袖の学生シャツの肩が、ゆっくりと上下していた。
息を荒くしながらも、彼の目は閉じられ、目前に広げた両手に意識を集中している。その様子は、鬼気迫るものすらあった。
静まり返る部屋。
彼の後ろには、一組の男女。
呼吸の音だけが聞こえる。
突然、彼の目は見開かれた。同時に、広げていた両手は頭上へと高々と掲げられた。
「動いた!」
彼、河本駿は、歓喜の雄たけびを上げたのだった。
が……
「……で?」
そんな冷めた言葉と共に、冷たい視線が駿に突き刺さった。駿は直ぐに口を尖らした。
「で?、じゃねーよ! 見ただろ奈那。この吊った消しゴムが小刻みに揺れたところを」
勉強机の上には、積み上げられた教科書。その一番上からは糸が垂らされていた。その糸の先に吊るされていたのは、糸でぐるぐる巻きにされた消しゴム。
常人には少々理解しがたい物体へと変貌しているそれは、あまりにも物悲しく、教科書と消しゴムの製作者が見たならば、きっと涙する事だろう。
「だーかーらー……」
奈那と呼ばれた夏用のセーラー服を着た少女は、その可愛らしい丸顔が台無しになるくらいのイラつき顔で、ポニーテールに結った髪をかきむしった。
と、そこで、「ヘックション!」と響いた声と共に、突風が消しゴムを襲った。哀れな消しゴムは、何の言われも無く吊るし上げられたうえ、勉強机の下に無残に転がった。
「おいコラ! 武志!」
「ごめん、ごめん」
とは謝るものの、駿と同じ夏用の学生服を着た少年の視線も冷たかった。身長は一五○センチ半ばと小さく、顔だけ見れば十一、二歳くらいにしか見えない。その童顔すぎる童顔は、あたかも授業に退屈している小学生のようだ。
「顔が謝ってねーよ……」
駿は、ふてくされた顔でそっぽを向き、机に肘を付く。そんな駿の背中越しで、奈那は武志のくしゃみに「ナイス」と、親指を立てていた。
その日の放課後の事であった。
今日の最後の授業であった『数学Ⅰ』の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、駿は跳ね上がるように席を立ち、
「奈那! 武志!」
と、大声で二人を呼びつけた。
「なによ、うっさいなぁ……」
と、増岡奈那は鬱陶しそうな顔を作って駿の席にやってくる。その後ろで、浅井武志も無言ながら奈那と同じような顔を作っていた。
二人は、駿が何を言い出すか何となくわかっていた。
しかし、駿は構わず言うのだった。
「帰りに家に寄ってけ。今日こそ本物のヒーロー力を見せてやる。今度こそ本物だ!」
――そら来た……
うんざりした思いに満たされたその言葉は、二人が胸中で同時に呟いた言葉だった。
「アンタさぁ……」
溜め息交じりに奈那はそう言いかけたが、駿はすでに「さあ、行くぞ!」と、目を爛々と輝かせて教室を出ようとしていた。
武志は奈那の肩を叩き、無言で首を振る。
奈那は、また溜め息を吐いたのだった。
『ヒーロー力』
その奇妙奇天烈な言葉は、駿が言い出したものだった。
トランプを裏返しにして、それが何かを当てる。
相手が今、考えている事を言い当てる。
手を触れずに物を動かす。
駿はそれを超能力とは呼ばず、ヒーロー力と呼び、何度も挑戦してきた。奈那と武志の二人は、その挑戦に何度もつき合わされてきた。その回数たるや、両手の指どころか髪の毛の本数を数えている方がマシだと思ってしまうほどの回数である。
もちろん、結果などは言うまでもない。
「なにがヒーロー力よ。十六にもなっていい加減にしたら? アタシも武志も、幼馴染みとして恥ずかしいんだけど」
ふてくされている駿の背中に向かって、奈那は呆れた顔で言う。
すると、駿は椅子をくるりと回して振り返った。その顔は、更にふてくされていた。
「でも、今確かに消しゴムは動いたろ……」
「そりゃね、あれだけ鼻息荒くしてれば息もかかるっつーの」
「じゃあ、今度はこれでやってやる」
そう言って駿は、部屋の隅に投げてあった箱ティッシュを取り上げ、鼻の中にティッシュをこれでもかと詰め込んだ。
「ろうら! ほれでもんふはないらろう!(どうだ! これで文句は無いだろう!)」
その姿に奈那は頭を抱え、一言呟いた。
「バカ……」
そこに武志は、駿の背中から手を回し、駿の鼻ティッシュを思いっきり引っこ抜いた。
「痛ぇ!」
必要以上に詰められたティッシュは、抜けると同時に鼻の粘膜を引っぺがし、鼻毛を根こそぎ引っ張った。
「なにすんだよ!」
駿は、両手で鼻を押さえたまま振り向き、武志に怒鳴った。
しかし、武志は落ち着いた様子で、手に持った汚れたティッシュをゴミ箱に捨てると、やはり落ち着いた口調で言うのだった。
「いいかい、駿」
「な、なんだよ……」
「仮に、消しゴムは動いたとしよう。でも、それが一体なんの役に立つんだい?」
「だから、それはだな、ヒーロー力の基本と言うか……」
「基本か……じゃあ、仮にその消しゴムを動かす力が大きくなって、ビルも動かす事が出来るとしよう。でも、世の中にはピストルや爆薬という便利な物がある。敵というものを倒すのであれば、そっちの方が早いと思わないかい?」
ぐうの音も出ない、という言葉があるが、今の駿がまさにそれであった。
「はい、武志の勝ちー」
奈那は、武志の右手を持ち上げた。それから、駿の背中をポンと叩き、哀れむ顔で言うのだった。
「駿さ、ハッキリ言うよ。アンタの言うヒーロー力だか、なんだかって言うのは、ただの妄想なの。空想の産物なんだよ」
「そんなの、やってみなけりゃ……」
「散々やってきたじゃん」
またもや駿は、ぐうの音も出ない。
「トランプを使った透視だって三枚限定、テレパシーだってジャンケン限定。十回中、正解は約四回。三分の一の確率としては何の不思議も無いわけよ。てか、低すぎるくらい。数Ⅰで習ったでしょ?」
駿は、とうとう下を向いてしまった。
「とりあえずさ、ビルでも動かせるようになったら教えてよ、ねっ」
奈那は、そう嘲笑いながら駿の背中をまた叩いた。
その時、部屋のドアが開かれ、しゃがれた声が部屋に入ってきた。
「駿、悪いが店番頼まれてくれるか」
声と同時に開かれたドアの向こうに立っていたのは、髪と無精ヒゲに白い物が混じった初老の人物であった。着慣れた感のある灰色の作務衣が良く似合っている。
駿の祖父、河本巌であった。
「今から老人会の集まりがあるんだ。頼んだぞ」
「わかった……」
駿は、下を向いたまま答える。
すると祖父は、奈那と武志の二人に怪訝そうな顔を見せた。
「もしかして、奈那ちゃんと武志君は、またコイツに付き合ってくれてたのか?」
「ええ、まあ……」
奈那は苦笑で答える。
その苦笑に祖父は、この上も無いほどに申し訳ない顔をするのだった。
「すまないなぁ。コイツのくだらない遊びに付き合ってもらって。まったく、どこでどう育て方を間違えたんだか……」
「くだらないって言うな!」
祖父の言葉にガバッと顔を上げる駿。まるで、今にも地団駄を踏みだしそうな子供みたいな顔をしている。
だが、祖父にそれを気にする様子はまるで無かった。
「わかった、わかった。じゃあ、つまらないに言い換えといてやる」
「一緒だろ!」
駿は、とうとう地団駄を踏んだ。
が、すでに誰も駿を相手にはしていなかった。
「んじゃ、アタシ、今から部活に出るから。じゃーね、駿」
「駿、僕も帰るよ」
「それじゃあ、店番頼んだぞ」
「なんだよそれ? つめてーなー……」
駿は口を尖らすが、奈那はすでに携帯を取り出してメールを打っているし、武志と祖父は、
「先日、薦めてくださったレア本、楽しく読まさせてもらっています」
「そうか、そうか。喜んでくれれば、俺も仕入れたかいがあるってもんだ」
と、笑顔で会話を交わしながら、駿を視界に入れず部屋を出て行った。
残された駿が吐いた大きな溜め息は、部屋の隅々まで行き渡るようであった。
緑豊かな並木道の住宅街。
ゆるやかな坂となっているその道を登って行くと、途中、ガードレールの向こうに紗月町の町並みが一望出来た。
紗月町の駅や商店街、道路などにも美しい並木道が見て取れる。駿に武志、奈那が通う都立紗月高校のシンボル、とんがり帽子の時計台が、更に町を美しく見せていた。
坂を見上げると、頂上には大きな敷地があり、そこには更に緑が広がっていた。
そんな都内でも珍しいくらい森林が残るその町は、自然と共存する町づくりをモットーに開発された町だった。
その坂道の途中に、駿の家である古本屋はひっそりと建てられていた。
『曼珠堂』
屋根に掛かった古びた看板には、そう書かれている。
店は民家を改築して作られていた。二階が住居、一階に店と居間があり、店の床から一段上げて居間がある。居間へと上がる場所は、店舗部分とは引き戸で仕切られていた。
紗月町の駅前商店街から外れたこの古びた古本屋に、お客が入る事などほとんど無かった。近所の子供達が、買い逃した漫画を目当てに顔を覗かせるか、中高年が暇つぶしの小説を買いにくる程度である。よくこれで生計が成り立つものだと、天気の話をするのと同レベルで近所でも噂されていた。
そんな店ではあるが、古本屋独特の匂いはした。ほんの少しだけ、ほこりっぽく、でもそれは、嫌な匂いでもなく、どことなく人をホッとさせてくれる懐かしい匂い。古い本達がつむぐ、夢のかけらの匂いだった。
店の奥の引き戸の前には、塗装がはげて木が剝きだしになったボロボロの木製カウンターが置かれている。レジスターすら置いていない、そのカウンターに、駿の姿はあった。
相変わらずお客の姿が無い店内ではあったが、カウンターを前に椅子に座り、駿は祖父の言いつけ通りマジメに店番をしている――ようには見えなかった。
『009』『超人ロック』といった懐かしいヒーローマンガから最近の物まで、一揃いに読み散らかされたカウンターの上。その真ん中には、一本の鉛筆が立っている。その鉛筆に向かって駿は、先程のように両手を広げていた。
「倒れろ……倒れろ……」
どうやら、あれだけ言い負かされても超能力、もとい『ヒーロー力』というものに、あきらめはついていないようであった。やはり先程のように鼻息を荒くして、必死に念じている。たとえ、ここで鉛筆が鼻息で倒れたとしても、「ついに俺はヒーロー力を手に入れた!」と、叫びだしそうな勢いである。
そんな時だった。
「ごめんください……」
少し遠慮がちに言う、か細い声が聞こえた。この店にとっては、日に何人も訪れない貴重なお客である。
しかし、駿は何も答えなかった。
「すみませーん」
遠慮がちは変わらないままも、か細い声は少し大きめに響いた。
しかし、それでも駿は何も答えない。
「あの……」
カウンターの前で、か細い声が聞こえた時、駿は初めて動いた。片手を前に出し、視線は鉛筆に向けたまま言うのだった。
「ごめん、ちょっと待っててくれる」
もうすでに店番にすらなっていない……
普通のお客であれば、さっさと立ち去るところである。
が、そのお客は一風変わっていた。
「何をしていらっしゃるんですか?」
と、興味を示したのである。
「念で、この鉛筆を倒そうとしているんだ……」
「その鉛筆が倒れると、何かあるんですか?」
「ヒーロー力が手に入る……」
「ヒーロー力? 超能力とは違うのですか?」
「超能力は、ただの見せ物。ヒーロー力ってのは、その力で悪い奴らを倒したり、困ってる人たちを助ける事が出来るんだよ……」
「それは素晴らしい力ですね」
「いいよ、いいよ、無理しなくて」
「そんな事は……」
「奈那も武志もじーちゃんも、みんな信じてないんだからさ。でも俺は、倒れる時は前のめりって決めてるんだ。自分の力を信じていれば、どんな困難だって、どんな無理だって押し通せるんだ。その気になれば、ビルだって動かせる未知の力が、きっと目覚めるはずなんだ」
言っている事は立派なのだが、どうも話が飛躍している。
ところが、か細い声の主は、そんな話に嬉しそうに声を弾ませたのだった。
「その通りですわ。ご自分の中に眠る力を信じてください。私も貴方さまのヒーロー力を信じますわ」
未知の力とやらで鉛筆を倒す事に集中していた駿の顔が、にんまりと笑った。よほど嬉しかったようで、顔全体が喜びに満ち溢れていた。
「話がわかるね!」
駿は、嬉しそうに声と顔を跳ね上げた。
……が、そこで彼の時間は停止した。
歳の頃は、駿と同じくらいであろう。スマートな輪郭に、バランスの良い眉と黒目の大きいパッチリとした目。すらりと通った鼻筋と小鼻。唇は、桜の花びらが舞い落ちたかのように、ふんわりとしている。やまとなでしこ、と言うに相応しい美しい黒髪が、白く眩しいブラウスに掛かっていた。
『非の打ち所が無い美少女』
駿の目の前に立つこの少女を見た者は、男女問わずそう口にするであろう。
最初に、駿は息を飲んだ。それから、金魚のように口をぱくぱくさせた。そしてやっと出た言葉は、こんなものだった。
「どちらさま…?」
お客さまに決まっている。
駿の様子に美少女は、クスッと、小さな可愛らしい笑顔を見せた。その笑顔に駿は、首まで真っ赤になった。
「あーと、えーと、あ、あぁ……」
意味不明な言葉で慌てふためく駿。
美少女は、顔に笑みを残したまま口を開いた。
「私、ある古い絵本を探していて、それでここに立ち寄らせてもらったのですが」
「絵本?」
駿は、ようやく人の言葉を思い出せた。
「どんなの?」
「Ursula=Bloomという人が書いたTHE.LITTLE.FIR.TREEという絵本なのですが……」
「……? リト……リトル…?」
「日本語に直すと、小さなもみの木、という題名になります」
「それなら、子供の頃に読んだ気がするな……確か、クリスマスの話だったよね? 足の悪い男の子のお父さんが、もみの木を持って帰るって言う……」
しかし美少女は、少しうつむきかげんになり、小さく首を横に振るのだった。
「違うんです。それはアメリカで書かれた絵本なんです。私が探しているのは、昔、イギリスで書かれた物で、妖精たちが、もみの木を衣替えしてあげるっていう……」
「そうかぁ……」と、駿は、いつになく難しい顔で腕を組んだが、結論を口にしたのは直ぐだった。
「……でも、どっちにしろ洋書じゃ、うちの専門外だね」
店の本棚に並んでいるのは、ブームを過ぎた漫画や小説、古すぎて昼寝の枕くらいにしか役に立たない実用書や専門書ばかりである。絵本や児童書もいくつか置いてはあるが、やはりどれも読み古された定番の物ばかりだった。
「ごめんね。じいちゃんの趣味で、たまに珍しい本を扱う事はあるけど、基本的には、うちは普通の町の古本屋だからさ……」
「そうでしたか……」
美少女は、寂しそうに顔をうつむける。
その途端だった。駿は、胸に何万本もの針を刺されたような痛みを覚えた。小さな子供を泣かしてしまったような罪悪感にも似たその痛みは、駿に硬く拳を握らせた。
――ダメだ、この子にこんな顔をさせちゃ…!
「こちらこそ、お忙しいところをお手数お掛けしてしまって申し訳ありませんでした。失礼します」
そんな丁寧な言葉と、小さなお辞儀を残して、店を後にしようする美少女。
駿は慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「はい…?」
「俺、当てが無いわけじゃないんだ」
「本当ですか!」
一変してバラのような笑顔を見せて振り返った美少女に、駿の心にも一変して百万本のバラが咲き誇った。
そんな駿は、今にも小躍りしそうなくらいの満面の笑みで答えた。
「ちょっと、知り合いを当たってみるからさ。そいつなら、きっと知ってると思うんだ」
「でも、ご迷惑じゃ……」
「大丈夫! さっき君は、俺のヒーロー力を信じてくれるって言っただろ。ヒーロー力は、困っている人を必ず助ける事が出来るんだ。だから、俺を信じて!」
どうにも勢いだけで言っているような無責任さを感じる言葉であったが、物好きな美少女は、
「わかりました」
と、バラどころか女神のような笑顔で答えた。
駿は思わず見惚れながら、慌てるように紙とメモ帳を用意した。
「じゃ、じゃあ、まず名前を教えてもらえる」
「名前は、東間あゆ美と言います」
「とうま……あゆみ、と……」
――東間? どこかで聞いた事がある名前だな……
「一応、電話番号も教えて。携帯でいいよ」
「すみません。私、携帯電話を持っていないんです」
「そうなんだ? いまどき珍しいね。それじゃあ、自宅は?」
「家の方は、私が出る事は出来ないと思います。少々厳しい家でして、取り次いでも、もらえないと思います」
「それもまた珍しいね……」
――まるで、どっかのお姫様だな……
「じゃあさ、明日、またこれくらいの時間に、ここに来れる?」
「それなら大丈夫です」
「じゃあ、決まりね」
それから駿は、自分の名前と携帯番号を書いたメモを彼女に渡した。
「もし何か都合の悪い事があったら、これに電話して」
「はい、わかりました。それでは、お願いします」
東間あゆ美は、丁寧なお辞儀をして、店を去って行った。
「綺麗な子だったなぁ……」
美少女の残していった幻の香りにでも酔うように、店の戸口を眺めたまま駿は、ぼう、としてそんな言葉を呟く。しかし、ヒーローたるもの、こうしてもいられない。
「おし! 早速行動開始だ!」
駿は、勢いで言ってしまった自分の無責任な言葉の責任を取るべく、まずはポケットから携帯を出したのだった。
頼った先は、武志であった。
「武志! 助けると思ってお前の力を貸してくれ!」
武志が電話に出た途端、駿はそう叫んだ。開口一番、そんな事を言われ、武志の呆気に取られる様は、電話の向こうからでも充分に伝わってきたが、すぐに笑い声の交じった声で武志は答えたのだった。
「ヒーローでも、人に助けを求めるんだ?」
「からかうなよ」
駿は、口を尖らしたが、すぐに本題に入った。
「実はさ、お客に頼まれて古い絵本を探しているんだけど、これが洋書なもんだから、うちじゃちょっと手に負えないんだよ。だから武志、お前の知識を借りたいんだ。その手の珍しい古本には詳しいだろ?」
「まあ、そうだけど……」
「けど…?」
「おじいさんは? 僕もレア本に関しては、おじいさんに色々と教えてもらっている立場だからね。おじいさんが知らない本じゃ、僕だって無理だよ」
すると、さっきまでの勢いはどこへやら。自称ヒーローは、およそヒーローとは思えないほどの気まずい顔を作って答えたのだった。
「じいちゃんはダメだ……」
「どうして?」
「言ってないから……」
「言ってない? まさか、勝手に注文受けたの?」
「まあ、な……」
「まったく、君ってやつは……」
駿の携帯の通話口をも通り越して来るのではないのかと思うほど、武志は大きな溜め息を吐いた。
「それで見つからなかったら、どうするつもりだよ? またおじいさんに怒られるよ?」
「だから、こうして頭を下げてんだろ!」
再び勢いを取り戻した駿の態度は、とても頭を下げている態度ではない。まあ、下げてもないし、だいいち電話で判るわけがない。
「とにかく頼むよ。俺が分かる古本はヒーロー漫画限定なのは、武志だって知ってるだろ。約束は明日なんだ」
「また、急だなぁ……」
「そんな事言うなよ! 親友だろ! 子供の頃は、俺の父ちゃんでもあった仲じゃねえか!」
「いつの話をしてるんだよ……」
武志は、そんな呆れた言葉を溜め息交じりに吐いたが、
「わかったよ。明日の土曜は僕も神保町に行こうと思っていたし、朝から僕の知ってる限りの古本屋を全部回ってみよう」
と、仕方なさそうに駿の頼みを引き受けた。
「サンキュー、恩にきるよ!」
そうして駿は、武志と待ち合わせの時間を決めて電話を切った。
と、同時に、駿の手は携帯を握り締めたまま両手を高々と上げられた。
「よし! 俺はあの子のヒーローになるぞ!」