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World end maneater

「なにを……」

 ディベーロは動揺を隠せなかった。別に他の英傑ならばどうでもいい。障害になるなら殺すし、失望のついでの八つ当たり程度でも殺せる。だがヨゼフには、自分のこんな姿は見られたくなかった。

「なにをしにきた? ここにお前の居場所などありはしないぞ」

「あなたを止めにきたよ」

 ヨゼフは言った。

「ねえディベーロ。もう休もう。どこかへ逃げてしまおうよ。僕があなたを守るから」

「できないよヨゼフ。出来ないんだ」

 ディベーロは怯えた子供のような声を出した。

「俺だって本当はやりたくないんだ。殺したくないんだ。だけど耳元で聞こえるんだよ。イゼアとオルティアが苦しい苦しい痛い痛いって泣いてるんだ。あの薄汚い人狼共を殺してくれって叫んでるんだ。やつらを殺せば声が少しの間だけ笑い声に変わるんだよ。そのときだけは笑ってくれるんだ」

「……」

「ダメなんだよ。止まらないんだ」

「ディベーロ」

ディベーロは震える手で懐に手を入れ、錠剤を取り出す。ガリガリと噛み砕くと、荒い呼吸と震えが少しだけ収まる。

「どうしても止めたいならば、俺を殺してみせろ。俺もレトレレットを殺すまで、死ぬわけにはいかないがな」

 ディベーロは機械の翼をヨゼフに向ける。二十八丁の88mm砲に砲弾が装填される。人の握り拳ほどもの大きさのある鋼の死神が出番を待ち構えていた。

「本当に、本当にそれしかないのかい?」

「ああ」

「仕方ないんだね」

 ヨフは大きくため息をついた。「ごめんねルピー。旅、ここで終わりになっちゃうかもしれない」「あたしは別に構わねえよ。拾った命だ」「ありがとう」諦念の笑みを見せる。

「アゾート、少しだけ力を貸して」

 嫌な悪寒がディベーロの背筋を貫いた。装填済みの二十八発のうち、半数の十四発を放つ。強靭なサスペンションが衝撃を吸収。ヨゼフの魔法によってこれが致命傷にならないことを考慮にいれて、次弾をすぐに放てるように構える。砲撃が巻き上げた砂煙に包まれてヨフの姿は見えない。ヒュウウウと、妙な音が聞こえた。砂煙が吸い込まれるようにして消えた。そしてその中から、真っ黒な姿の何かがいた。人間のような姿をしている。二足歩行で発達した手がある。顔の位置に大きく裂けた口がある。目はない。耳やその他の器官は形だけは残っているが耳穴などはない。

 ディベーロが88mm砲を放った。砲撃を肩に受けてその小さな体は吹き飛んだ。腕が千切れた。何事もなかったように立ち上がったその黒い生き物は、もう片方の手で千切れた腕を掴むと、それを自分の口の中に放り込んだ。食った。

「!!!」

 ディベーロは続けて砲撃を放つ。黒い生き物は大きく口を開き、砲弾を食べた。手足を砲弾が掠めて吹き飛ぶが、意にも介さない。吹き飛んだ部分が散らばって黒い生き物は小さくなっていく。砲撃の連打によって顔だけになって地面に落ちたそれは、今度は地面を口に突っ込んだ。

 土を食っている。食った質量の分だけ黒い生き物は自分の体を取り戻していく。ディベーロは下がりながら更に砲撃を放つ。砲弾を食らいながら黒い生物は前進する。

「あらら、こちらも大魔法ですねえ」

 と、アルディアルが呑気な声で言った。

「大魔法の大安売りだな。ディベーロはともかくヨゼフが使えるのはどういう理屈だ」

「それは簡単ですよ。ヨゼフに魔法を与えたアゾートという悪魔はエンテレケイアで、いまもまだヨゼフの中で生きているからです」

「……なんだと?」

「彼自身は元々ヨゼフの体を寄り代にして自身の復活を目論んでいたのですが、どうやら気が変わったそうです。ヨゼフが気に入ったので、見守る方向に決めたみたいですね」

「なぜ知っている?」

「前の戦争のときにヨゼフの治療をしたことがありまして、そのとき見つけました。背中の腰のあたりに黒い痣みたいになっている場所があるのですが」

「そこに住み着いているわけか」

「ええ。しかし」

 アルディアルは眉根を寄せる。

「ヨゼフのあの大魔法を持ってしても、いまのディベーロを倒すのは容易ではないようですねぇ」

 黒い生き物が鋼の翼に届きかけた。「触るな」ディベーロが呟き、翼の一部が鋭い刃と化した。凄まじい勢いで振られた刃が縦横に線を走らせる。黒い生物がバラバラになる。そこへ縦方向から砲弾をぶち込んだ。食って受け止めることができない位置からの砲撃で、小さな頭部が四散する。地面を食って再生する頭部を、刃が突き刺し、吊り上げた。二十八基の砲門がすべてその頭部に向く。その小さな頭部がディベーロを、正確にはその少し後ろを見た。

「残念だ。お前とこんな形で決別することになるとはな」

「……って」

「命乞いならば――」

「待って、ルピー!」

 ぶしゅ。

 風船から空気が抜けるような、気の抜けた音がした。ディベーロは自分の胸を突き抜けた刀と、そこから噴き出る血液を、呆然とした表情で見下ろした。

「待たねーよ」

 ディベーロの背後から剣を突き刺したルピーが乾いた声で言う。剣を引き抜くと、それを合図にしたように一気に噴出す血液の量が増大した。ディベーロが倒れる。ルピーの剣は正確に心臓を貫いていた。鋼の翼が崩れ去り地面に落ちたヨゼフが、体を再生する。黒い皮膚がバリバリと剥がれ落ちる。倒れたディベーロにすがり付く。

「ディベーロっ」

「いいんだよヨフ。俺はこれを望んだんだ。お前を殺さずに済んでよかった。本当によかった」

 それからルピーのほうを見た。

「この子を頼むよ。優しい子だからきっと悲しむと思うんだ。支えてやって欲しい」

「約束はできないけど一応頼まれたよ」

 ぶっきらぼうにルピーが言ったのを聞き届けてディベーロは目を閉じた。

 そのまま二度と目を開けなかった。




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