World end maneater
どれくらいの時間が経っただろうか。いつのまにか夜が明けていた。王の街の魔法使い達は、ユキミとミズチを含めて四人まで減っていた。周囲には十数体の悪魔の死体。ライベアスは青い顔をしているが、それでもまだ余力は残している。
クトゥルユーが膨大な水を集め、最後の一撃を繰り出そうとしていた。そこへ、のんびりとした歩調で誰かが歩いてきた。
「ここに来れば会えると思って見ていたが、いい加減飽きてきた。レトレレットはどこだ? なぜこのバカ騒ぎに、あの戦狂いが出てこない?」
青銅色の髪の大男、どろりも濁った目をしたそれは、ディベーロ=ウルエルガ=マキナウォールだった。新たな人間の闖入に、標的を変えた数体の悪魔が襲い掛かる。
「邪魔だ。失せろ」
ディベーロの背中から銀色の翼が生えた。それは鋼で出来た複雑な機械だった。翼の先端が折れ曲がり、悪魔達に向く。クトゥルユーが咄嗟に集めた膨大な水をライベアスの前に膜のように広げた。
翼の先端が一斉に火を噴いた。内部で火薬が爆発、88mmの砲弾が長い銃身の中を旋行しながら発射される。莫大な運動エネルギーを溜め込んだ砲弾は悪魔達の体を紙切れのように引き裂いた。
「大魔法……、あれは大魔法ですね」
と、レンズを覗きながらアルディアルが呟いた。
「素晴らしい。悪魔であるライベアスはともかく、まさか人間の身であるディベーロが大魔法に至るとは。それだけ彼の復讐心が強固だったということでしょうか」
同じタイミングで、カイセルが操る飛行機がライベアス達の上空に到達した。飛行機は積載した爆弾をすべて解き放った。魔法使い達をミズチが沼の中に沈める。ディベーロが機械翼を掲げて爆風から身を守る。ライベアスはクトゥルユーの水によって守られたが、爆風が何もかもを砕いていった。脳や内臓が散乱して死んでいった悪魔達をライベアスが胡乱な目で見た。
「あ、ああ、ああああああああ、うあああああああああ」
全身がおかしな震え方をする。自分の身を抱くように腕を掴む。膝から力が抜けて倒れこむ。
「ここまでだね。ムルブル、ライベアスを連れてこの場を離れるんだ」
クトゥルユーがやわらかい声で言う。ムルブルが頷く。
「ライベアス、君が誰よりも僕らのことを思ってくれているのは知っている。だけど君はもっと傲慢になっていいんだ。僕らの影なんて振り捨てて構わないんだよ」
クトゥルユーが倒れたライベアスの髪を撫でる。
ライベアスの体が光子に包まれて、ムルブルの魔法によって遠くの空に消えた。魔法の行使者がこの場から消えたことで、クトゥルユーや残った何体かの悪魔の体も霧散していく。
「もう一度聞くが、レトレレットはどこだ?」
小さな沼さえ維持できなくなったミズチが沼から這い出て倒れる。「知らんよ。どこぞで油を売っているのではないか」ユキミが刀を構える。自分達の窮地を救ったディベーロだが、彼は粛清教に与していて、隠しもしない殺気をユキミに向けている。
「そうか、ならば別段貴様らを生かしておく価値はないな」
ディベーロがさらりと言い、悪魔の群れを屠った砲弾を放とうとした。ユキミが疾走する。機械の翼から合計二十八発放たれた88mmの砲弾の嵐の中の、わずかな隙間に自分の体をねじ込んだ。後方で生き残っていた二人の魔法使いが吹き飛んで肉塊と化した。ユキミは一気に間合いを詰めて跳躍気味の斬撃を放つ。ディベーロはほんのわずかに後ろに下がった。ユキミの刀はディベーロの前髪にわずかに触れただけだった。そしてディベーロの手には、散弾銃があった。発光と轟音。機械翼を蹴りつけて真横に跳んだユキミが散弾銃の弾丸をかわす。もう一度斬りかかろうとして、そのまま倒れた。右脇腹が大きく抉れていた。左の頬の肉がなかった。砲弾が掠めていたのだ。全身の疲労と失血によって、限界がきた。
トドメを指そうとして、ユキミの近くに上空から何かが降ってきた。さきほどの飛行機からの爆弾の残りかと警戒して、ディベーロは翼を掲げたが、そうではなかった。
「うっぷ……。カイセル、も、もうちょっと、安全運転、できなかったの、かなぁ」
ディベーロの前に、翼を広げて落下の勢いを殺しながら降ってきたのは褐色の肌の十代の子供で、それはヨゼフ=イトイーティッド=カッセだった。
ライベアスはムルブルの光の魔法によって、離れた場所に移動した。言葉も話せないほどに動揺しきっているライベアスに大魔法を維持することは出来ずにムルブルの姿が薄れていく。「大丈夫だよ、ライベアス。私たちは誰一人後悔してないなの」ムルブルは微笑み、ライベアスの頬に口付けして、消えていった。
ライベアスは震えながらもなんとか立ち上がる。自分が死ねば再び悪魔は散り散りになって、散り散りになった悪魔達は団結した人間達に狩られていく。それだけは避けなければならなかった。責任感と自負から立ち上がったライベアスを「掃射」銃弾の雨が襲った。
粛清教の兵だった。ライベアスは第一射をまともに受けたが、第二射を防ごうと挫の魔法を使った。その瞬間、ライベアスの右手側に控えていた一団が銃弾を掃射した。挫の魔法は二方向に同時に展開できない。不意を打たれたライベアスは死を覚悟した。キンキンと銃弾が弾ける高い音がした。充分に肉体が成形されきっていないワークワイルが、鋼の体で銃弾を弾く。そのまま長く伸びた剣を一閃させた。数十メートルはある剣を暴風のように振り回すと、その場にいた人間たちの全員の命が刈り取られる。同時に、力を使い果たしたワークワイルの体がぼろぼろになって崩れていく。
「待て、ワークワイル、行くな……」
ライベアスの湿った声が静かに空気を揺らした。
「行くな……」
ワークワイルの目から光が消える。
ライベアスはもう動かないワークワイルの鈍色の体を。いつまでも抱きしめていた。




