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World end maneater


「ふむ、おもしろいことになっていますねえ」

 高い丘の上で、アルディアル=ディアーが呟く。彼の前方には巨大な望遠レンズが浮かんでいる。薬の魔法で作り出した物だ。その中には足と腹から血を流すライベアスの姿が映っている。少しレンズの位置を変えると、ラーンスロットの姿が映った。対峙している悪魔は『砂』の魔法のアズダロンだ。周囲一帯から水分を奪い、砂漠と化した地面を己の手足のように操っている。なるほどこれはミズチとは究極的に相性が悪い。彼は水分を多く含んだ地面ならば沼に変えることができるが、水分をほとんど含まない砂は沼に変えることができない。ミズチや他の魔法使い達がこの悪魔を離れてライベアスの方へ向かったのは正解だろう。アズダロンは強い悪魔だ。対峙するのがドルラン族――硬い鱗と強靭な筋力を持つ竜の末裔たるラーンスロットで無ければとうにやられている。

「ねえ、あなたもそう思うでしょう。二十七人の英傑、ニルギの“賢者”レセナさん」

「……」

 アルディアルの後方からゆっくりと近づいていた一人の女性が怪訝な顔をする。

「どうして私に気がついた」

「こちらは風下です。そして薬の魔法は空気中の成分を解析できます。汗やらなにやらが気化して風に乗って漂っていましたから。加えてニルギ族の知り合いは一人しかいないので、カマをかけただけですよ」

「距離があって私に気づけるのもお前くらいだろうな」

「たまたまそういうのが得意なもので」

 レセナはアルディアルの隣に立った。青い肌に青いドレスを纏った、手足に薄い鱗のある女性。ニルギ族は海に住む種族だ。差別的な人間には魚人だとか呼ばれている。

レセナがレンズを覗き込む。

「あれ。あなたは王の街の依頼でワタシを殺しにきたのではないのですか」

「そうだよ。しかしベルリアを倒したほどの人間を私一人で倒すのは難しい。面倒だ。接触したが逃がしたことにしておくよ」

「またまた。あれはあなたの協力があってこそだったではありませんか」

「謙遜するな」

「事実ですよ。それで、殺す気がないのにわざわざワタシに接触してきたということは何か話があるんですよね」

「ああ。色々訊いてみたいことがあってな。お前の目的は人類を滅ぼすことらしいが、いったいどうやって滅ぼすつもりなのだ?」

「答えなかったらどうします?」

「私は人類の未来などどうでもいいが、私自身に危害が加わるならば放置してはおけないだろうな」

 アルディアルは少し考えてから「まあ別にいいでしょう」と言った。

「人間を全部オルガ族に変えるのですよ」

「オルガ族に?」

 レセナは聞き返した。オルガ族、かつてはヴァンパイアと呼ばれて恐れられた、生物の血を主食とする種族だ。ヒュルムより個体が強力で、この種族に属する人間は例外なく魔法の力を持っている。そして純血の者は日光を浴びると灰になって死ぬという弱点がある。

「要するにですね、dnaにオルガ族の因子を組み込んで千年くらいあとに発症させるんです。既にdnaの仕掛け自体はあちこちに施してあるので、あとは生殖によって勝手に広まるでしょう。ちなみにdnaはわかりますか」

 レセナは首を横に振った。

「ざっくりした説明ですが、生物の設計図のようなものです。例えば特定のdnaを弄ると、手だとか足のない人間が生まれたり、目や髪の色素の薄い人間や、病気に弱い人間が生まれたりします。この特性は雌雄の情報を混ぜあいながら遺伝します。なので雄が病気に弱い人間でも、雌がそうでなければ子供も病気に弱いとは限らないわけですが。

で、千年も経てばみんな血が混じりあいますから、全員オルガ族になって日光を浴びて仲良く灰になってもらうんです。ああ、ニルギ族は大丈夫でしょうけどね。あなたがたは海を生息域にしていて、陸上との関わりをほとんど持っていませんから」

「よくわからないが、つまりお前は“千年後”に人類を滅ぼすということか?」

「ええ」

「それはお前にとって意味のある行為なのか?」

「ありませんよ?」

 アルディアルはさらりと答えた。

「だって人類を滅ぼすんですよ? そんな大仕事が今日明日で出来るものだとは私は思えません。それなりの時間を見込むべきでしょう。だったらワタシにとってどうとかはとりあえずおいておかないと」

「では本当に千年後にお前の仕掛けは成功するのか。さきほどの話のように、雌雄の情報が交じり合って消えてしまうのではないか」

「わかりません。菌類やら蝿やらのサイクルの短い命での実験では何度か成功していますが、なにぶん時間が時間ですからね。もしかしたら何も起こらないかもしれません」

「最後にもう一つだけ訊こう。それはお前が悪魔と戦ったことと何の関係があるのだ?」

 アルディアルは子供がとっておきの手品を成功させたときの顔になった。

「ええとですね、現在のように街と街が街道によってのみ繋がっている形になっているのは、なぜだと思いますか」

「……悪魔のせいだな」

「そうです。人間が勢力圏を広げようとすれば、悪魔の勢力圏に触れます。悪魔の勢力圏に触れれば、彼らの圧倒的な魔法の力によって人間は排除される。なので悪魔の勢力圏を避ける形で、街道を通して狭い範囲で交流するしかないんです。このせいで人と人の交流が狭いわけです」

「そのせいで、さっきのオルガのdnaとやらが広まらないことを懸念しているわけか?」

「そうです。さすがは“賢者”!」

「なるほど合点がいった。だからお前は悪魔の中心勢力、ベルリアの一団を排除して人間の勢力圏を広げようとしていたわけだな」

「ええ、もし悪魔がいない世界をシュミレートすれば、長い街道を通さずとも街と街が直接隣接しています。あきらかにその方が便利ですから。そうなれば人と人との交流は加速し、オルガの因子は加速度的に広まります。そしてみんながみんな灰になるでしょう。目論見通りにいけばですけど」

 レセナは長い息を吐いた。

「そしてお前はその計画の是非があきらかになっても支障にならない段階まで既に進行したからこそ、私に計画の全容を話したのか」

「素晴らしい。パーフェクトです。あとは千年後のお楽しみ。ところで一つお願いがあるのですが」

「なんだ?」

「これ、映像だけではつまらないので、音声をつけていただけますか」

 アルディアルはレンズを指した。

「……」

 レセナは『音の魔法』を使った。半径400キロメートルという莫大な効果範囲を持つ魔法によって、ライベアスのいる領域が包まれる。

 ユキミとミズチがライベアスの前に立っている。その後ろに王の街が用意した十六人の魔術師団が続く。

「さて、さすがに1対18で全員が魔法使いとくれば、さすがのライベアスでもひとたまりもないでしょう。どうなりますかね」

 ライベアスが左手を伸ばす。その後方で、空間に皹が入った。吾妻雪見はそれが危険な前兆だと感じてライベアスを殺そうと飛び込む。ミズチは危険な前兆だと感じて、手近にいた何人かの魔法使いを沼の中に引き倒した。

「時よ、砕けろ。お前は醜い。だからせめて美しかった一瞬に、その姿を留めておくがいい」

 バリバリと音を立ててライベアスの後方が崩れ去る。粉々に砕けた空間が、新しい空間に塗り潰された。そこには、四十体を超える悪魔の姿があった。クトゥルユーやベルリア、パゼルといった既に過ぎ去った悪魔達。凄惨な笑みを浮かべたユキミが切り込む。閃の魔法を正面から受け止めようとした悪魔が一刀両断される。隙を突こうとした別の悪魔に向けて、先ほど切り裂いた悪魔の死体を当身で吹き飛ばす。質量をまともに受けて怯んだ二体目の悪魔に尾上一刀流『崩流』が決まり、その首が落ちた。三体目を目掛けて更に刀を振るおうとしたユキミのわき腹を、クトゥルユーの操る水流が捉えた。ユキミは咄嗟に鞘を引き上げて緩衝材にしたが、殺到した水流は鞘を砕き、そのまま強力な圧力でユキミの体を後方の木に叩きつける。

 ミズチが沼を広げた。潜行して沼の中に数体の悪魔を引きずり込む。王の街の魔術師の一人が『根』の魔法を使った。沈めた悪魔達を伽藍締めにして窒息させる。一体の悪魔を引きずり込もうとミズチがその足を掴んだ。「?!」瞬間、ミズチの手が腐敗した。

 悪魔ベルリアの『滅』の魔法。領域内のすべてを一瞬で腐敗させるその魔法は最強クラスの対生物効果を持つ。ミズチは沼の中を潜行して滅の魔法の領域から脱出せざるを得ない。ベルリアは沼の中に腕を突っ込んで“根”を掴む。根の腐敗が急速に進行し、他の悪魔達が呪縛から逃れる。

 王の街の魔法使い達がそれぞれ悪魔に挑もうとした。赤銅色の肌を持つ一体の悪魔がその前に立ちふさがった。「死ね」とその悪魔は呟いた。『燃』の魔法が発動し、魔法使い達が次々に炎に包まれる。

「あっはっは。強すぎますねえ。これほどの切り札を隠し持っているとは驚きました」

 アルディアルが無邪気に賞賛する。

「なんだあれは。やつの魔法は挫の魔法だろう。レイフォールのような死者に干渉する魔法ではなかったはずだ」

「時の流れを挫いたそうですよ。なんとも強引な解釈ですが」

「理屈はどうでもいいが、たった一体の悪魔の魔法がそれでもあれほどの影響力を持つものか」

「我々が大魔法と呼んでいる種類の魔法です。始祖だとかエンテレケイアだとか一部の悪魔だけが用いることができます。効果は個体によって違いますが、ライベアスの場合はああいう形だったらしいですね。ちなみにクトゥルユーの大魔法は巨大な水蛇でした」

「大魔法……、ライベアスはそうしたエンテレケイアと呼ばれる悪魔の一体なのか」

「いいえ、違います。ライベアスはエンテレケイアではありません」

「何?」

「多分普通の悪魔が大魔法を使えるようになった初の例になるのでしょうね。仲間を守りたいという一念が彼をそれだけ強くしたのでしょう」

「ユキミ達の敗北は決定したようなものか……」

「ワタシとは見解が異なりますね」

「あれほどの戦力差でユキミ達に勝ちの目があると?」

 レセナは魔力量のことを考えた。あの魔法が莫大な魔力を消費して持続時間が短いならば、人間にも勝ち目はあるかもしれない。

 アルディアルが楽しそうに答えた。

「ええ、ライベアスは敗北しますよ。なぜなら、彼の心は自分の力で呼び出したかつての仲間達が再び傷つき、倒れ、死んでいくことに耐えられないからです」

 ニヤニヤと笑いながらアルディアルがレンズの中の映像を見つめる。

 森の中に逃げ込んだユキミが樹上から奇襲をかけて一体の悪魔を斬殺した。

 膝から突き出した暗器の刃によって、ミズチが一体の悪魔の胸を貫いた。

 王の街の魔法使い達が連動して互いに互いの身を守りながら奮戦する。

十六人いた魔法使いは既に半数が倒れている。

 苦悶の表情を浮かべたライベアスが仲間達の死体を見ていた。



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