World end maneater
ワークワイルと対峙したユキミは居合いの構えを作る。ユキミの使う閃の魔法は鞘から抜き放った一撃だけを必殺にする。ユキミの魔法を最も効果的に使えるのがこの居合いの構えだった。
足を止めて迎え撃つ形で待つユキミに対して、ワークワイルは迂闊には動かない。既に片腕を落とされている。半端に手を出せば逆襲される。慎重にならざるを、あるいは極端に大胆にならざるを得なかった。
相手が待ち受ける構えなのだから逃げることも考えたが、おそらく無理だろう。鉱物の体を持つワークワイルの肉体はある程度の重量がある。他の悪魔に比べて耐久性には秀でているが、敏捷性は劣っている。対して目の前の人間の女が属するキャルト族というのは極端に敏捷性に優れた種族だ。速度での勝負はやるだけ馬鹿馬鹿しい。
覚悟を決める。
ワークワイルはユキミに向けて指先を伸ばした。指の先端から、透明な刃が鋭く伸びた。心臓を貫く軌道で伸びた刃は、重心を落として低く沈んだユキミの髪を掠める。ユキミが前に出る。ワークワイルは伸ばした刃を下に振りぬいた。刃が肩に食い込んだ瞬間、ユキミはわずかに跳躍しながら体を360度回転させる。光を透過するほどのごく薄の刃は、その代償に著しく耐久性を犠牲にしている。横からの力を加えられて簡単に折れた。回転に刃を巻き込まれて腕を引きずられたワークワイルが体勢を崩す。回転の勢いを殺さないままユキミが刀を抜いた。必殺の魔法を帯びた刀の一撃が、ぎりぎりで身を引いたワークワイルの寸前をなぎ払う。ワークワイルは膝から刃を伸ばした。回転の勢いを殺しきれないユキミが地面を蹴りつけてサイドステップしかわそうとする。ユキミの尻尾が動いた。逃げ切れなかったユキミの腹に刃が届きかけて、ユキミの体が倒れこみように真横にズレる。ワークワイルの刃が空振る。ユキミが柄を叩きつけて膝から伸びた薄刃が折れる
(尻尾を真横に伸ばして重心を引き抜いた……)
双方共に引いて間合いを取り、体勢を立て直す。
ユキミが納刀。再び居合いの構えを作る。
ワークワイルは考える。光を透過する不可視の刃を、ユキミは正確に捉えている。おそらく光の見え方がヒュルムと異なるからだろう。網膜の裏にタペタム層と呼ばれる細胞の層を持っていて、光を二重に反射させて見ることができる。ユキミには不可視のはずの刃の輪郭が浮かぶように見えているのだろう。ならば強度的に脆い薄い刃を作る意味はない。手の先から重量と厚みのある剣を伸ばす。それだけの質量を捻りだしたワークワイルの体が痩せていく。窒素酸化物と二酸化炭素の呼気を吐き出す。
だがそんな理屈の部分よりももっと根本的な部分にワークワイルはユキミとの差を感じている。彼は大抵の人間の戦士を硬度と身体能力だけで圧倒できる。なのに目の前の人間にはまるで自分の剣が当たる気がしない。
剣技に差があるからだ。
それを否定するようにワークワイルは剣を振り上げた。彼は既に400年以上の時を生きている悪魔だ。闘うことは好きではなかったためあまり経験は多くないが、それでも人間の17、8の小娘に劣るような力量ではないはずだ。
ワークワイルは人間が1000年以上の時間をかけて剣の技術を伝え続けてきたことを知らなかった。そして吾妻雪見という少女が、そのすべてを体得した最新最強の殺人兵器だということを。
長大な剣を振り下ろす。瞬間、分厚い剣が途中で切断される。尾上一刀流・居合い『天先』と閃の魔法による絶対切断の組み合わせ。いつ刀を抜いたのかワークワイルにはまるでわからなかった。
新しい刃を作り出そうとしたワークワイルの左腕が落ちた。手首の返しだけで放つ軽い切っ先に、膝を落として左手を添え、斬撃に体重を乗せる尾上一刀流『隼』によって切り裂かれて。翻ったユキミの刀が、次に首を狙っている。両腕を失ったワークワイルに防ぐ術はなかった。だから防がなかった。背筋を縮めたワークワイルは、自分の肉体そのものを剣に変えた。勢いを支える一部の筋肉以外の、上半身の質量を剣に換わり、振り下ろされる。咄嗟に首の後ろに刀を回して、ユキミがこれを受けた。
「ぐっ……」
受け流そうとしたがあまりにも質量が巨大なため失敗した。重量が圧し掛かったまま膝を突く。肩と背骨を傷めている。剣技の刺し合いではとても敵わないと断じたワークワイルの賭けの一撃だった。ユキミが刀を掴んだ。強く握る。握られた部分がゆっくりと時間をかけて発光していく。「?!」閃の魔法が発動した。巨大な質量は絶対切断を帯びた刀に自ら突っ込むようにして切れた。質量のほとんどを失ったワークワイルが、刃を返したユキミの一撃で上半身と下半身を引き裂かれた。
なんてことはない。魔力を充填することができれば閃の魔法は発動できる。そのための手っ取りはやい行為が魔力を溜めた鞘の内に刀を納めるだけで、発動が遅くとも構わないなら他の行動でも構わないのだ。例えば刃を掴んで魔力を送り込むような。
念を入れるようにユキミはワークワイルの頭を切り裂く。
刀を鞘に納め、ライベアスの方へと走っていく。
ワークワイルの頭部から流れ出た体液がゆっくりと断たれた下半身に向けて進んでいく。触れた液体は下半身を溶解させ、液体化した金属が交じり合う。次に落とされた腕や折れた刃に向けて液体が進行し、溶けて結合していく。液体となったワークワイルはゆっくりと元の体を再構成し始めた。




