World end maneater
クーレンは一先ず距離を取った。わき腹を押さえる。ラクシェイムの放った弾丸は内臓や太い血管を外れているが、それでも出血がひどい。対してライベアスは右肩を射抜かれていたが、充分に腕は動くらしい。ダメージはクーレンの方が大きかった。
「やるなら一撃で仕留めろっての」
毒づいたが、クーレンはラクシェイムの腕を信用している。外したということはなにかアクシデントがあったのだろうと想像はつく。魔法を使い続けて腫れ上がった大腿部の痛みに耐えながら、クーレンが跳ぼうとした。
「さっさと引け」
ライベアスが言った。
「なんですって?」
「引けと言ったのだ。これ以上戦い続けても成算はあるまい。貴様のような小娘を手にかけるなど気が進まぬ。無為に命を散らすな」
「あら、お優しいことですわね」
正直言って逃げてしまえるならば逃げてしまいたい。力量不足は痛感している。英傑の誰かが、例えばレトレレットがクーレンと同じ魔法を使うことが出来ればライベアスを倒せていたかもしれない。魔法の優位があるにも関わらずクーレンはついにライベアスを攻め切ることができなかった。
だがクーレンが逃げればライベアスを自由にさせる。後方の仲間が危険になる。剣の街の戦士としてそれは看過できない。ライベアスは成算がないと言ったが、ここで彼を釘付けにすることには必ず意味がある。
例えば、そう。
ライベアスの片足を何かが掴んだ。地面から生えた、人間の腕。ライベアスの足がそのまま地中に引きずりこまれる。
「?!」
――英傑の一人、“土竜”ミズチによる奇襲が成功する。
ライベアスの右足が引きずり込まれて地中に埋まる。もう片方の足で自重を支えようとしたが、そちらの足のほうも地面に脆くなって地中に埋まっていく。
ミズチの魔法は“沼の魔法”という。能力は地面を沼に作り変えること、そして作り変えた沼の中をミズチだけが自由に泳ぐことができることだ。ミズチが沼を作ることができる範囲は、広域にすればするほど持続時間が短くなる。
ライベアスが左手を伸ばして沼になっていない地面に手をあてて体を支える。そして右手を沼の下に向けた。挫の魔法が発動し、ライベアスの足を掴んでいたミズチの手が解ける。ミズチの体は沼のさらに下へと引き離されるが離れる寸前に短剣を突き刺した。クーレンが跳躍する。両手が塞がり、下半身が沼の中のライベアスには回避行動がとれない。がきんと硬質の音がした。
「っ……」
クーレンが振り下ろした剣を、ライベアスは歯で受け止めていた。がっちりと噛み、掴んだ剣をクーレンの体ごと首の力だけで放り投げる。クーレンは蹴の魔法の力で空中で制動かけたが、少し距離が離れた。ナイフを投擲し、自身も空中を疾走する。それに対してライベアスは沼の中から体を引き上げ、自由になった片手をクーレンに向けて突き出して挫の魔法を使った。投げたナイフごとクーレンが地面に叩き伏せられる。クーレンに意識を向けた逆側で、「沼」の中から這い出たミズチが短剣を突き刺そうとした。咄嗟に反応したライベアスが無理矢理体を捻る。連動した蹴りがミズチを捉える。ライベアスはわき腹を刺されていたが、この程度の負傷ならばまだ動ける。ミズチが吹き飛び、後方の木に背中を打ちつける。体が撥ねる。
「逃がさんっ」
再びミズチが地面に潜る前に決着をつけようとしたライベアスが疾走。蹴り飛ばされて地面に触れていないミズチは沼に潜れない。ミズチは手に付着していた泥をライベアスの目に向けて投げた。ライベアスは一瞬だけ視界を塞がれてミズチを見ないまま蹴りを繰り出した。ミズチが木に手をついて体を捻り、その蹴りを避ける。蹴りを受けた太い木がメキメキと音を立てて倒れる。地面に触れたミズチが沼の中に潜る。ライベアスが腹と足に突きだった短剣を引き抜き、呼吸を整える。刃にはなんらかの毒が塗ってあったようだが、それほど支障にはならないと判断した。
「が、ふっ……」
挫の魔法を受け続けているクーレンが血を吐く。
「訂正しよう。貴様は情けをかけるべき小娘ではなかった。俺が全力を持って屠るべき戦士だった」
「そ、れは、どう、も」
クーレンは苛立ちを覚える。ライベアスが自分を即死させないのは、沼に潜むミズチがクーレンを救出するために余分な隙を見せるかもしれないからだ。殺されるのは覚悟の上だが、自分が英傑の足を引っ張っていることに耐え難い羞恥を覚える。自分を無理矢理連れてきたラクシェイムへの罵詈雑言を頭の中で吐き散らす。万が一無事に帰ったら好き放題に罵ってやろうと思う。当のラクシェイムが既に死んでいることなど思いもしていない。
ミズチがライベアスから十歩分ほど距離を取ったところで沼から這い出てきた。この能力は単に地中に潜ることができるだけであり、息継ぎなどは必要とする。永遠に潜りっぱなしでいることはできない。そしてミズチの本領は奇襲と暗殺であり、相手に万端の体勢で待ち構えられては打つ手がない。顔に着いた泥を拭う。
「どうした? かかってこないのか。仲間が死ぬぞ」
挑発したが、ライベアスは別にミズチが隙を作ることに期待していたわけではなかった。ラクシェイムを初めとする英傑達の何人かには、仲間の犠牲よりも勝利を優先する冷酷さがあることを彼は知っている。だから、ミズチの次の一手には驚嘆した。クーレンの体が沼に沈んだ。地上に浮かんできていたミズチの体がぼろりと崩れた。ミズチだったものが泥へと変わる。
(泥で作った人形!)
瞬時に判断したライベアスが挫の魔法を解除。疾走し、クーレンが沈もうとしている沼の中に左足を蹴りこんだ。ミズチは沼の中にクーレンを引き込み、ライベアスの蹴りを自分の左腕を盾にして防いだ。べきべきと、骨の砕ける嫌な音がした。痛みを堪えながらミズチがクーレンを抱えて沼の中を潜行。離脱する。土の中の気配を追えないライベアスが歯噛みした。
ライベアスは木に背中を預けた。ミズチの「沼」に引き込まれないために手近に何か掴めるものがあるべきだと判断した。あの魔法の性質上、正面切ってやりあうことはありえない。必ず奇襲を考える。もしかしたら既に遠く離れていて戻ってはこないかもしれないが。
「……」
手を閉開させ、軽く足を折り曲げる。体の調子を確認する。多少の痺れと違和感がある。ミズチの短剣には毒が塗られている。悪魔に対して毒物の影響は少ないが、皆無ではない。
「相も変わらず人間とは厄介な相手だな……」
ライベアスはようやく傾いてきた太陽を見て、ため息を吐いた。
ライベアスから充分に距離をとってからミズチは地上に顔を出した。クーレンを横たえ、自身も骨の砕けた腕の痛みに耐え切れずに倒れる。肘のあたりの筋肉が裂けていた。
「ど、どうしてこんな無茶を」
クーレンが手持ちの道具で応急処置を施す。
ミズチは口布を外して、ぼやくような小さい声で言った。
「助けられる仲間を見捨てていくのは、暗殺者のやることであって英傑のやることではなかろう?」
「あなたは……」
元が暗殺者という出自を持つミズチは、それが嫌だった。暗殺者ではなく別の何かになりたかった。脂汗を垂らしながら、ミズチが体を起こした。
「戻らなければ」
「その腕で何を」
「雪見やラーンスロットが、まだ戦っているはずだ」
「なら私も」
一緒に戻る、と言いかけてクーレンはまた血を吐いた。呼吸器系のどこかに致命的な損傷がある。もしかしたら肋骨が折れて肺に刺さっているかもしれない。
「お前は帰れ。戦える状態ではない」
「あ、あなたも一緒に戻って治療を……」
「助けられる仲間を見捨てていくものは英傑ではあるまい」
そしてもう一度言った。
「お前は帰れ」
「……ごめん、なさい」
クーレンの足は蹴の魔法を使いすぎで腫れあがっている。仮に残ったところで足手まといになる。自分の無力をかみ締めて、クーレンは味方の陣地に向けて駆け出す。
ミズチはそれを見届けてから、頼りない足取りでライベアスのいた方向へと歩いていく。




