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World end maneater

 和解した街の中で、王の街からの返書を待っていたライベアスは、返書の代わりに軍隊が来たとの報せを聞いてため息を吐いた。彼は先ず街の診療所を訪ねる。「あら、ライベアスさん、何か御用ですか?」受付の女性が気軽に言った。「ルティークに会いたいのだが」「少し立て込んでいるようですが、伺ってきますね。掛けてお待ちください」椅子を勧められる。

ライベアスは奇妙な気分だった。先日までただの敵としか見做していなかった人間達の中で自分はごく普通に生活している。

 女性が戻ってくる。「どうぞ」笑顔を見せて、ライベアスを診療所の奥へと案内する。その手には爪がない指がある。ルティークによる治療の痕だ。この女性もきっと弾丸とやらを作る際に指を失っていたのだろう。

「おう、ライベアス。どうした?」

 患者の手を治療しながら、ルティークが言う。視線さえ外さない。丸々失われた患部の治療というのはルティークの『埋の魔法』でも難易度が高いようだ。ルティークの額には汗の雫が光っている。

「撤退の準備をする。にん……、」

 人間達は、言おうとしてライベアスは少し躊躇った。自分達を受け入れている、ルティークの目の前で治療を受けているものも人間だったからだ。代わりの言葉を探して「王の街は」と言った。

「返書の代わりに軍隊を寄越した」

「……、少し待て」

 埋の魔法による治療が終わった。ルティークが額の汗を拭う。感謝の言葉を述べる男にいくつかの注意事項を告げて、ようやくライベアスに向き直った。

「ここを捨ててどうする?」

「また彷徨うしかあるまい。少なくともベルリアの二の舞は踏むべきではない」

 全面戦争となればライベアス達は敗北する。

 人間と悪魔では、個体数に圧倒的な差があるからだ。

「仕方ない、か。人間の街での暮らしも意外と悪くないんじゃないかと思ってたんだがね」

 同意しかけて、ライベアスは口を閉じた。それを口に出してしまえば、何か取り返しのつかないものが失われる気がした。

 無駄ではなかったはずだ、と彼は自分に言い聞かせる。この街の人間は悪魔との共存を垣間見た。王の街の政治家の中にも、自分達の送った民族申請書の中にわずかでもその可能性を見いだしたはずだ。人間と悪魔はこれまでのような、どちらかの勢力圏をどちらかが害していく、原始的な生存競争を行うべきではない。それでは数の力によって悪魔は一方的に駆逐されていく。

「ルティークさまは」

 さっきまで治療を受けていた男が口を出した。

「様はやめろ。気持ち悪い」

 ルティークが眉間に皺を寄せる。

「失礼、ルティークさんは、この街から出て行ってしまうのですか……?」

「ああ」

「どうか行かないでください。まだルティークさんの治療を待っているものがこの街には大勢いるのです」

「そうは言ってもな。お前らを治すためにあたしが死ぬんじゃあ、本末転倒だろう」

「軍隊は我々が説得します」

「……ライベアス、どう思う?」

 ライベアスは過去に調べた事例を思い浮かべて、言った。

「無駄だろうな。精神支配の魔法を受けて洗脳された住民の言葉だと受け取られるだろう。まるで意味が無いどころか、あなたがたが危険だ」

「そんな、人間はそこまで邪悪では……」

「残念ながら、人間はそこまで邪悪なのだ。だから我々も慎重に接触してきた」

 男は唇を噛んだ。

「しかしあたしも少しは未練だね。患者を残して立ち去るなんてのは」

ルティークが自分の感傷をあざ笑うように言う。

「治療を受けていない残りの人間はどれほどの数だ?」

「知らないが」

「二十三名でございます」

 間髪いれずに男が答えた。「ルイス=オルダナと申します。役所勤めですので、その手の情報は把握しております」と付け加える。

「ルティーク、患者を残してこの地を去るのは本当に未練か?」

「ああ。治せるなら全員治しておきたいね。失った指は痛んだだろうに、ここまで治療を受けず順番を後回しにされたものが哀れだ。それは平等じゃない。我先にと飛び込んだものが救われて、耐えたものが救われないなんて話はあんまりじゃないか」

 ルティークの目は真摯だった。

「どれくらい時間が掛かる?」

「あたしの余力をまったく考えないならば、一晩あれば」

「わかった。俺がその一晩を稼ごう」

 ライベアスは軽く笑って言った。

「それはダメだ。あたしはお前の生存確率を下げてまで彼らを救いたいわけじゃない」

「大丈夫だ。俺にはお前達の知らない切り札が幾つかある。勝てはしないまでも敗れることはありえんよ。その代わり……」

 ルイスに向き直る。

「ルイス殿、俺たちはこの地を去るが、再び戻ることがあればなるべく俺たちに協力して欲しい」

「確約いたします。この指の恩を、この街の人間は決して忘れません」

 人間も意外と捨てたものではないのかもしれない。ライベアスは確かな満足感を得る。

「俺は迎撃の準備に取り掛かる。ルイス殿は治療の必要な者に早急に手配を頼む」

 ルイスが頷いて、ライベアスは病院を出た。

 悪魔達に脱出するように、伝える。それから治療を終えたあとに動けなくなるであろうルティークの脱出を手助けするように、マグネスという若い悪魔をつけた。

 そうして自分は一人、広い街道に出た。他に軍隊の通れるような道はこの付近にはなく、人間達は必ずここを通るはずだ。

「……」

 ライベアスは自分のとった行動が悪手ではないか、これからの人間との関係に決定的な亀裂を刻むものではないかを考えた。王の街との軍事的な対立。これは既に避けられなかったことのはずだ。むしろライベアスの力を示すことは今後の軍事行動に対する抑止力になる。長い息を吐く。


 そして蹄の音がやってきた。


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