王の街 4
飛行機の用意ができるまで、ルピーとヨフは客間で時間を潰していた。
「それにしても、レトがビデオの中に出てくるなんて驚いた」
「そうか。あたしはあんまり驚かなかったな」
「え、どうして」
「あいつだったらやりかねないと思ってたから」
「やりかねなかったの」
「ああ。あいつは生きていくことに辟易してたのさ。医者が言うには脳の障害らしい。あいつの脳みそは戦っている時以外に快楽物質を出さないんだと」
「どういうこと?」
「あいつは殺しあってる時以外は何をやってても楽しくないんだよ」
「うわ……」
「だからあいつはいろんな土地でああいう反社会的行動やら、その逆で軍に与してテロリスト相手の虐殺やらをやりまくった。あいつは戦えるならどっち側でもよかったし、それこそディベーロのような力を持った連中が自分を殺しにくることに期待してた」
「すごい生き方だね。馬鹿げてるや」
「喧嘩売られた側にとってはいい迷惑だっただろうな」
客間のドアがノックされた。病的に痩せた長身の男が入ってくる。「カイセル」ヨフが声をあげる。駆け寄ろうとするヨフに対して、男は拒むように手を突き出した。
「すいません、僕の十歩以内に近づかないでください」
「おっと。忘れてたよ。ごめん」
(……対人恐怖症の類か?)
ルピーがなんとなく察する。戦争に関わった人間には珍しくない症状だ。あまりに凄惨な人間が死ぬところ。殺すところを見てしまったがためにその後の対人関係に支障を来す。近くに人間がいるだけで耐え難いストレスになるようなこともある。
「ヨフ、こいつは?」
「カイセル=カトリクス=ベルフェー。二十七人の英傑の一人だよ」
カイセルは小鳥に向かって話しかけるヨフを奇妙そうに見ている。構わずヨフは「でも驚いた。君はもう王の街に関わる仕事はしないだろうと思ってたから」と言った。
「この仕事を最後に二度と関わらないことを誓約していただきました。英傑の特権は惜しいですから」
英傑の特権――莫大な額の報酬や税、事業に関する様々な権利――を失えば、距離を置いてしか人と関われないカイセルがまともに生きていくのは難しいだろう。
「飛行機の準備が出来ました。僕があなたを輸送します」
「英傑ってのは飛行機の運転まで出来るのかい?」
ルピーが興味本位で尋ねる。
「ていうか彼がそういう魔法使いなんだよ。“操の魔法”だったっけ」
カイセルが頷いて肯定する。「着いてきてください」というカイセルの大分後ろをルピーとヨフは歩いていく。少しでも近づくと不安そうな目でカイセルが振り返った。よくもまああれほど人の気配に敏感になれるものだとルピーは感心した。
カイセルについて盾の街の格納庫までやってきた。事前の要望からか格納庫の周りには本来いるはずの兵士達がいない。ヨフは機体を眺めた。流線的なフォルムに空色を塗られた機体だ。空の街で見たものとはあきらかに違う。
「後ろの貨物室のほうに乗って欲しい。この機体、実は僕以外が乗る想定をされてないんだ。もしかしたらすごく揺れるかもしれない」
「これは王の街が独自に作ったの?」
「うん、空の街から設計図の写しを莫大な金額で買い上げて作って改良してるんだって。まだ実験機だけど、テストフライトは何度かやってるよ」
「なんかかっこいい飛行機だね」
「ああ、あと一つだけ言っておくことがあるんだけど」
乗り込もうとしたヨフを呼び止めた。
「何?」
「周りの荷物には絶対に触らないでね」
「何が積んであるの?」
「爆弾」
さらりと言って、カイセルはコックピットに乗った。
「爆弾と人を同じ部屋に放り込まないでよ……」
ぼやきながらヨフも貨物室に乗り込み、とってつけたように固定されている椅子に座ってシートベルトをつけた。こんこんとコックピット側から壁が叩かれる。
「ベルト締めたかい?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ出発するよ。きっと揺れるから覚悟してね」
カイセルは『操の魔法』を使った。カイセルの体が飛行機と癒着する。カイセルの神経系が鋼鉄の機体に張り巡らされ、この巨大な鉄の塊はカイセルの肉体の一部と化す。
『操の魔法』は無生物を自分の支配化に置くことができる。カイセルはかつてこの能力で多数の泥人形を人間のように動かし、悪魔達を攪乱し、追い詰めた。
肉体のすべての機能を意識化に納めたカイセルは、エンジンに火を入れた。燃料が燃焼しタービンが回転。各種ブレーキを解放するとゆるやかに機体が動き出す。格納庫から這い出て周囲に人がいないことを確認すると、カイセルはエンジンの回転数を引き上げた。轟音と同時に機体は一気に加速し、揚力を受けて空へと飛び立つ。
その中でヨフは胃がひっくり返りそうになっていた。
「ね、ねえカイセル。なんでこんなに揺れるの……? 飛行機は何度か乗ったけどこんなに揺れなかったよ」
「航行の……、安定性を犠牲……、最高速度を……」
カイセルの声はエンジン音に紛れてほとんど聞こえなかった。ヨフからカイセルへの声がきちんと聞こえているのは、カイセルが機体と一体化しているかららしい。
「乗らなきゃよかった気がする……」
ぼやくヨフの声を聞いてカイセルが少し笑った。




