王の街 3
ヨゼフ=イトイーティッドが王の街へたどり着いたのは、多くの兵隊が飛行機に乗って旅立ったあとのことだった。盾の街には人がいない。平時よりも厳しい入街検査を抜けて、ヨゼフは王の街へ入る。まっすぐに城へと向かった。二人の衛兵が門を守っている。
「こんにちは、衛兵さん。中に入れて欲しいんだけど」
「これはヨゼフさま。どういったご用件で?」
「クアトヴィラさんに会いたいんだ。取り次いでもらえないかな」
「クアトヴィラ殿ですか。しばしお待ちください」
片方の衛兵が頭を掻きながら城の中へ入る。
「ヨゼフさまはもしや今度の戦争に参加なさるのですか」
「いや、ぼくはそのつもりはないよ」
「え、では協力の要請は」
「きたら断るつもり。そうなったらぼくは『二十七人の英傑』ではなくなるね」
「驚きました」
「ぼくもこんなことになるなんてびっくりしたよ」
しばらく衛兵と雑談していると、もう一人の衛兵が戻ってきた。「お会いになられるそうです。どうぞ」片方に手を振って別れ、もう片方の先導に従って歩き出す。
「どうぞ」
クアトヴィラの私室に通される。ドアを開けると顔色が悪くて目頭を押さえているクアトヴィラが寝台に腰掛けていて、その傍に心配そうな顔をしたアリスが立っている。
「ヨゼフさん、ようこそ。きちんとした応対ができずに申し訳ありません」
「随分疲れているみたいだね。大丈夫?」
「いえ、ちょっと眠っていないだけですから」
青い顔で笑顔を見せたクアトヴィラの隣でアリスがぼやくように「ええちょっと。たかだかほんの48時間ほどですよね。クアトヴィラ様」と言った。恨みがましい声だった。
「えっと、寝たら……? ごめんよ、大して重要な用事があってきたわけじゃないんだ」
「大丈夫ですよ。ご用件は」
ルピーは二十七人の英傑というやつの軍事的な重要性について少しだけ考える。多分王の街に常駐していた三人の英傑達が、まとめていなくなったというのは相当大きなことなのだろう。ただでさえ魔法使いは数が少なく、貴重だ。レトレレットは単独で齎した戦果が兵士千人分に値すると賞賛され“千兵”という二つ名がつけられた。仮に他の二人が同様の戦力を有していたとすれば、三千人に匹敵する戦力をこの街は失ったわけだ。まあそれは酷く単純で馬鹿げた計算だとルピー自身感じたが。
だからこの“獣王”ヨゼフ=イトイーティッド=カッセになんとか恩を売っておきたいのだろう。そういう計算でヨゼフに対して働きかけてもあまり意味はないようにも思うが。つまりはそれでもヨゼフに擦り寄っておきたいほど、王の街の事情は切迫しているということか。
「えっとね、“びでおてーぷ”の“さいせいき”を貸して欲しいんだ」
「ビデオテープの再生機ですか?」
「うん、くれた人がクアトヴィラさんならわかるだろう、って言ってたんだけど」
ヨゼフが手荷物の中からビデオを取り出して見せる。クアトヴィラはそれを受け取り、不思議そうに眺めた。
「どこでこれを?」
「機械の街。ゼラがくれた」
「ゼラが……。ああ、なるほど」
合点がいったように一人で頷いている。ヨゼフにはなんだかわからない。
「再生機のあるところへ案内します。ついてきてください」
立ち上がろうとして、ふらつく。アリスが横から支える。
「あまり無理をなさらないでください」
「心配性だなぁアリスは。別に転んだって死にはしないよ」
今度こそきちんと立ち上がって、クアトヴィラはアリスの手を借りつつふらつく足取りで先導する。大丈夫かなぁ、と呑気な声で呟いてヨゼフがちょこちょことその後ろをついていく。
クアトヴィラがヨゼフを連れてきたのは王の街の資料室だった。何に使うのかわからないような雑多なものが放り込まれている。石器や人形、古い時代の銅貨、貝類などの化石、絵画、本、文書。種類は本当に様々で統一性がまるでない。その中でクアトヴィラは棚に納まった四角い箱とそれよりも一回り小さい四角い箱の前で立ち止まる。
「こちらがビデオテープの再生機になります」
なにやら隣の四角い箱とごちゃごちゃした線で繋がれている。大きいほうがテレビ、その下の物はビデオデッキ、そして繋がれているのは蓄電器というのだがヨフには皆目見当がつかなかった。
「えっと、どうやって使うのこれ」
「少々お待ちください」
クアトヴィラは先ず蓄電器のスイッチを入れる。それからテレビのスイッチを入れてチャンネルを合わせる。ビデオデッキにヨゼフの持ってきたテープを差込み、ボタンをカチャカチャと操作した。箱の正面に荒い画質の映像が映し出される。なにもない部屋を撮っていた。
「わー……すごい。どうなってるのこれ」
「機械の街で生み出された技術なので、実は我々にも詳しい理屈はわかっていないのです。簡単に言うと媒体に記憶された風景を拡大して、何枚も連続で映し出す仕組みのようです」
「これってもしかしてすごく貴重なんじゃないの? 貸してもらっていいのかな」
「かまいませんよ。だってこれの所有権は貴方にあるのですから」
「え」
「これはディベーロの屋敷から押収されたものなのです。彼は今犯罪者として追われていますので、私物は物品を押収して精査したあと親族に返還するのが通例です。が、彼の親族は現在行方がわからなくなっています。なので彼の養子であるあなたに所有権が移っているんです。ただ我々が屋敷に踏み込む前に盗賊が入ったらしくて、おそらくそれがゼラだったんでしょう」
「なんだか複雑な気分だ」
箱の中の映像に変化があった。
縛られた中年ほどの女の人が、映像の中央に映し出される。その隣にドグル族の男性が二人立っている。
「我々はドグル優民回天党のものである。これより我らの同胞を虐殺したディベーロ=ウルエルガ=マキナウォールへ報復行動を開始する」
ヨフにはそこに登場する人物すべてに見覚えがあった。先ず中央にいる縛られた女性は、ディベーロの奥さんだ。名前はたしかイゼア。柔和な人柄で、突然ディベーロが連れてきたヨゼフに、優しく接してくれたのをよく覚えている。そして両脇のドグル族の二人、これは獣の街の宿でヨゼフを襲った二人組だ。
「悪く思うなよ、貴様にこれから行うことはディベーロが我々の同胞を殺したことに端を発する。恨むならディベーロを恨むのだな」
「夫は正しい人間です。あなたがたの同胞のほうに非があったのでは」
ばきり。女性の指が折られた。
「貴様が暴行を受けるのはディベーロのせいだ」
「違いま」
ばきり。二本目の指が折られる。
「ディベーロのせいだ。ディベーロは悪だ。繰り返せ」
「夫は正しい人間です」
ドグル族の男は折れた指を捻った。ディベーロの妻が悲鳴を上げる。
「お前ら、よくそんなくだらねえことを長々とやってられるな。正気かよ」
ふと映像の背後に長身のドグル族が映った。ヨゼフは目を疑った。ルピーはまあそういうこともあるだろうなと思った。荒い画質の中に映っているその男は、二十七人の英傑の一人、“千兵”レトレレット=ウェイバーだった。興味がなさそうな目で二人のドグル族を一瞥して、欠伸をしながら映像の外に消えていく。
「貴様のほうがよほど正気ではあるまい」
二人のドグル族が拷問を続ける。
「クアトヴィラさん、これどうやって止めるの」
ヨフは映像から視線を逸らした。クアトヴィラは何も言わずに小さいほうの箱を操作した。映像は途切れ、暗い画面が戻ってきた。
「……そっか、だからディベーロは粛清教に入ったんだね」
ちなみにヨゼフはここで見るのをやめて正解だった。このビデオテープの後半には、彼女が性的暴行を交えた拷問を受けるシーンと、ディベーロの娘に同様の拷問を行うシーンが記録されている。長時間の拷問と娘が拷問されている光景を見せられて、心の砕けたディベーロの妻が「ねえディベーロ、死んで。あなたのせいで私たちはこんなにひどい目にあっているの」と悲痛な声で泣き叫ぶ。
最後は彼女らの体を細かく刻んで豚に食わせる映像と、それを見ながらバカ笑いする男達の声で終わる。
ディベーロ=ウルエルガ=マキナウォールは復讐を決意し、ドグル族の殲滅を教義に掲げる粛清教に身を投じた。
もちろんこれをやったのがドグル族だからといって、ドグル族のすべてが悪ではない。ドグル族の殲滅を掲げる粛清教は間違っている。それに身を投じたディベーロは誤っている。だが愛する妻と娘を犯され、拷問され、豚の餌にされた人間にそんな倫理を説いたところで何の価値もないだろう。ディベーロは自らを焦がす復讐の炎に身を任せた。執り憑かれた。ヨフは顔を手で覆った。気を抜くと涙が出そうだった。自分がいまどんな表情をしているのかわからなかった。
「ねえルピー」
「あたしは反対だ」
ルピーは先回りして言った。
「僕が何を言おうとしたのかわかったの」
「ディベーロに会いたい」
「すごいや。あたり」
「獣の街を滅ぼして、やつの当面の目的は達したんだろう。となると次の目標になるのはレトレレットだ。しかしディベーロはレトの失踪を知らない。レトの参加している可能性の高い王の街と悪魔との戦場に現れる可能性が高い。だからお前も戦場に行きたいんだろ」
ヨフが黙って頷く。
「そこまではいい。だがあたしはそいつが気に食わないわけだ」
ルピーは嘴の先でクアトヴィラを指した。
「私ですか」
クアトヴィラは眠たげな笑みでルピーを見る。実際に眠いのだろう。
「お前、あのビデオテープとやらの中身に見当がついてたんだろ」
「はて」
「傭兵時代に回天党の連中とは何度かやりあったからわかる。あいつらがやる時は妻子ごときじゃ済まない。親兄弟を初めとする親族、友人、近くに住んでただとか、仕事の同僚だとか、標的の周囲の人間を徹底的に、全部締め上げる。それがこんなちゃちなテープとやら一本で納まるはずがない。ゼラが盗んだのはそのうちの何本かだけ。残りはディベーロの屋敷に残ったままで、お前は他のビデオテープの中身を確認してる。違うか?」
「仮にそうだとして、私が再生機とテレビを提供してヨゼフさんにさきほどの映像をお見せして、私になんのメリットが?」
「簡単だ。ヨゼフは腕が立つ。戦場の近くに放り込めば適当に働くさ。なんだかんだでこいつは“友達”の英傑共を助けたいんだ。お前にとっては便利な駒だろうよ」
「なるほど」
「こんなガキに面倒ごと押し付けるんじゃねーよ。自分の尻は自分で拭け」
「耳の痛い言葉です」
「でも」
ヨフが悲しい声で言った。
「それでも僕はディベーロに会いたいな」
「……お前がそういうならあたしに止める権利はないがな」
続く言葉をルピーは飲み込んだ。
“だけどヨゼフ、お前ディベーロに会ったら一体なんて言うつもりなんだ?”。
「あちらへの飛行機を手配します」
「お礼は、言わなくていいよね」
「ええ。ルピーさんの言うように、自分は都合のいいように貴方を利用しているだけですので」




