王の街 2
クアトヴィラ=エヴァンスはここのところ特に忙しかった。押し付けられた雑務が多い。上の誰かが過剰に仕事を回して自分を忙殺していることはなんとなく読み取れた。本当はこの後の会議に備えて様々な根回しを行いたかったのだが、できなかった。鈍い苛立ちの中でクアトヴィラは仕事をこなした。不安そうな視線でアリスが彼を見ていた。
そうしてその会議の時間がやってきた。
軍の高級将校達と様々な文官が首を並べて座っている。自分はどうやらかなり遅れてやってきたらしいとクアトヴィラは気づく。大方の面子が既に揃っていて、会議の前のわずかな根回しもできなさそうだ。心中で舌打ちをして、クアトヴィラは自分に与えられた席についた。
「さて、大方は揃ったようですな」
と、陸軍大将メイナス=ティアルビチェが切り出した。
「一つ確認しておきたいのだが、よもやこの期に及んで悪魔共との決戦を避けるなどという臆病者はこの場にはいまいな?」
既に決定された議論について確認するような口調だった。悪魔達との戦争は決定していて、この場で決めるのは兵站の輸送方法や兵力の規模、他の街々への協力をいかにしてつけていくかなどなど、戦争の内部をどうするかなのだと。
沈黙が場に下りる。戦争を起こすことを肯定する沈黙だった。クアトヴィラは少し迷った。彼は今度の戦争に反対だった。ライベアスに情報を与えたことで粛清教と悪魔がはっきりと対立した。悪魔が優勢で、粛清教の脅威は王の街から外れつつある。この状況で悪魔を討つことのメリットは少ない。悪魔と王の街が対立すれば当然王の街の兵力は疲弊する。そこで盛り返した粛清教とまた対立することになれば、泥沼の消耗戦になる。王の街の将校達はまだ銃という武器の危険性、優位性を深く理解していないのだ。といってもクアトヴィラ自身、アリスやリビトによる実戦的な講釈を聞くまでは銃の優位性についていま一つ実感はなかったのだが。だいたい粛清教以前に悪魔を討つことも容易ではない。
しかしこの会議の場において、クアトヴィラは何の根回しもできていなかった。例え自分一人が戦争に反対したところでなんの意味もなく、むしろ戦争肯定派の人間を敵に回してしまうだけの結果になるだろう。それは今後のクアトヴィラの立場を怪しくする。政治の場において敵を作ることは避けなければならない。
(ええい、どうとでもなってしまえ)
クアトヴィラはそんな心境のまま挙手した。
そしていつもの調子の、煙に巻くような曖昧な笑みを作った。
「はい、私は悪魔達と開戦することに反対です」
メイナスが舌打ちしたのが遠目にわかった。議長が面倒臭そうに「クアトヴィラ殿、理由をお聞かせ願えるかな」と言った。それがどんなに偏重な意見であれ、この場で挙手したものは質疑応答の権利を得る。そうでなければ議会というものは成り立たない。ただちらりと議長の目が時計を見た。一度の質疑応答権でクアトヴィラが語ることを許された時間は短い。さて。クアトヴィラは小さく息を吸い込み、話し始めた。
「ご存知だとは思いますが、先日悪魔達が剣の街を通じて民族申請書を送付してきました。みなさんの手元にも印刷されたものがあると思いますが」
何人かが興味半分といった感じでその書類を捲ったが、大半は目も動かさなかった。
「この民族申請書は150名以上の記名と族長の名、それから三つの街の認可印を得ています。これは王の街の定める民族認定法の要件を完璧に満たしています。王の街には彼らを新人類として受け入れるかの議論を成さねばなりません」
「それは人の法だ。悪魔には適用されぬ」
「では悪魔とはなんでしょう? そして人とはなんでしょう? 王の街は過去、ドグル族を人だとは認めていませんでした。オルガやドルラン、バルトなどの他民族も同様です。申請と認可を得てウェアウルフはドグル族へと、ヴァンパイアはオルガ族へとその名を変えました。どうして悪魔だけが例外なのですか?」
答える者はいない。単に脅威度の大きさで言うならば、かつて「死の魔法」を使ったオルガ族のウェラドーは、黒死病という病で大陸の人口の三分の一を殺した記録がある。これは今日の悪魔による被害などとは比べ物にならないほどの被害だ。
「悪魔は人語を操る知能とヒュルムに近い外見的特長を備えています。オルガ族などは総数で150名を下回る記名者数ですが申請を受け入れられました。悪魔達の申請書を却下することは王の街の法定原理を根本から覆す行為になります。議会はそれを許容するのですか」
「確かに貴殿の言う通り、平時であれば申請書を精査する必要があるだろう。だが此度の悪魔の行為は我々が防衛法の第六条、侵略に対する防衛行動を行うことに充分な案件である」
「そこなんですよ。あなたがたは悪魔が粛清教を排除して、三つの街を解放し住民を味方につけて認可印を押させたことを侵略と捉えていますが、我々の下には一通も『領内から悪魔を排除してくれ』という嘆願書が送られてきていないんです。これはあきらかに防衛法の発動要件を満たさないものです」
「認可印など殺して奪ったのだろう」
「私は独自に密偵を送り込んでいますが、どの街の町長もピンピンしてますよ。むしろ銃の街の支配から解放されたことで活き活きしているそうです。その程度のことさえわかっていないほど我々は事前調査を行っていないんです。にも関わらず軍事権を発動しようとしていることに、私は疑問を呈さざるを得ません。我々は悪魔アレルギーが過ぎるのではありませんか」
「口を慎め」
メイナスが鋭い口調で言う。
「失礼しました」
と、クアトヴィラは頭をさげた。
「悪魔の中には精神操作の魔法に長けたものもいる。貴様の密偵、それに町長達がすべて操作を受けていない根拠はどこにある?」
「では受けている根拠はどこにありますか。試しに精神操作を受けない魔法を持っている人間を調査に行かせましょう。それではっきりするのでは?」
「クアトヴィラ殿は悠長すぎる。調査期間の間に悪魔による侵略が致命的な所まで進行すれば、貴殿にはその責任が取れるというのか?」
「それは――」
「まことに済まないが貴殿に与えられた時間は終わりだ。議決を取る。悪魔の討伐に軍を向ける。支持する方々は拍手を」
クアトヴィラは歯を噛んだ。どうか気づいて欲しいと願う。この機を逃せば悪魔との関係は、泥沼の消耗戦に陥るだろう。ライベアスが送ってきた民族申請書は彼らが砂を噛む思いで書き上げた最大限の譲歩なのだ。それを無碍にすれば両者の間には決定的な溝が広がる。
そもそもただでさえ王の街は三年前の決戦の時から財力と兵力を回復しきっていない。ここにきて新たな戦いが起これば、王の街が今日までに築いてきたわずかな余力は消し飛ぶ。戦争は金を食う。武器。報酬。糧食。遠征のための諸々の費用。考えるだけで気が遠くなるほどの資金が、ただ消費するためだけの行動に使われる。戦争は生産を行わないのだ。つぎ込んだ資金で得たものを売り飛ばして損耗を抑えることさえできない。
この戦争にも馬鹿げた額の資金が使われる。そして王の街に金がないと判れば、多くの街が王の街の認可から外れたがるだろう。彼らは王の街の齎す軍隊による安全と公共事業の利便性を求めて税を払っているのだから。王の街から金がなくなり安全と公共事業の供給が滞れば王の街に対して税を納める道理はなくなる。
そしてそんな単純なことにこの場にいる多くの政治家達は気づいていない。彼らは妄信的に王の威光によって他の街々が従属すると考えている。その王さえ今は雲隠れしているというのに。
クアトヴィラは両目を閉じて、額を押さえた。
万雷の拍手が彼の鼓膜を叩いた。




