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王の街 1

 ライベアスは銃の街が繰り出してきた兵隊を、一先ず退けることに成功した。ライベアスを中心とした銃弾の通じない魔法を使う悪魔達は、粛清教の兵隊達にとって無類の脅威となった。

 前衛を蹴散らし、散開して逃げ惑う兵隊達を荒く殲滅。そこそこの数の兵隊達が殲滅の目を掻い潜って逃げていったが、それは別にかまわないと考えていた。悪魔に手を出せばそれなりの報復を受けることになる。それを印象付けることができれば最低限の目標は達成できた。

「ルティーク」

「んあ?」

 寝ぼけ眼の女が振り返る。銀髪に銀の瞳の美しい雌型の悪魔。「埋の魔法」によって負傷した仲間の傷を埋めているところだった。この魔法は傷口の細胞を代替することが可能で、高い治癒効果を発揮する。

「俺は人間の街へ行こうと思う」

「ふぁ? 何言い出すんだよあんたは。囲まれて袋叩きにされるのがオチだろうに」

 ライベアス達が蹴散らした兵隊は麻の街をはじめとする三つの街に駐屯している軍隊だ。小規模ながら戦争によって勝利したため、ライベアス達が征服していることとなる。もしこれが人間同士の戦争であるならば、領地を占有し原住民への略奪行為が行われることが多い。

「袋叩きにされる、か。そう思うこと自体がすでに我々の偏見なのではないか。現に俺は王の街へ行って交渉して帰ってきたぞ」

「代わりにクトゥルユーのやつが帰ってこなかっただろうが」

「っ、そうだが。この場合俺と戦うことは人間の利益にならない。だからおそらくは大丈夫だろう」

「勝手にしろよ。なんでわざわざあたしに声かけた?」

「いや、負傷してきた場合はあなたに迷惑をかけることになると思ったのだ」

「バカかおまえは」

「ああ、きっとバカなのだろう」

 ルティークは舌打ちを一つした。この頭の硬い朴念仁が自分達の長だと思うと眩暈がしてくる。彼女はライベアスと同様、ベルリアと共に戦った先の戦争の生き残りだ。ベルリアはもっと果敢としていた。周囲の者に頼ることはなかった。

 それに比べればライベアスはずっと脆い。自分達の助けが無ければ何も成せないだろう。

 しかしそれは悪いことではないのかもしれないとルティークは考える。結局ベルリアは敗北した。ルティーク達はベルリアにすべての責任を押し付けて生き残った。今度はそうでなければいいと思う。共に戦い、共に生き残れたらいい。あるいは共に死ねたらいい。

「あたしも行くよ」

「危険だ」

「ああそうかもな。守ってくれよ?」

 皮肉気に笑みを見せる。ルティークは考える。人間が悪魔達に偏見を持っているように、もし我々が人間に対して偏見を持っているというならば、それを解消する機会があればいい。いいや、少し違う。ルティークはそれよりも人間の敵意がライベアス一人に向くことが嫌だったのだ。せめてこの脆くて頼りのない長の隣に立つことができればいい。同じように敵意を向けられることができればいい。

ライベアスは諦めたように長い息を吐いた。

「……努力しよう」

「ってわけだ。悪いなワークワイル。治療はここまでにさせてくんな」

 声帯を持たないワークワイルは、うう、と体の奥を震わせて答えた。ワークワイルもついていきたかったのだが、鉱物で出来た肉体を持つ彼はあまりにも人間離れしていて、人の街へ向かうには刺激が強すぎる。

「よし、行こうぜライベアス」

 ライベアスは曖昧に頷いた。正直に言えばライベアスはこの快活な女性が得意ではなかった。自分のやるべきことを片端から奪っていって勝手にやってしまうために、ライベアスはやることがなくなってしまうのだ。おまけに大抵の物事についてルティークは要領を得ている。十名を越える悪魔を取りまとめることだって、ライベアスの独力ではとてもではないが難しかっただろう。

 ルティークとライベアスは寄り添って、壁の傍までやってきた。剣の街は、壁に穴があいているために侵入は容易だったが、そちらではなく正面の入街管理所のあるほうへ向かった。

「誰かいないか?」

 街の内部へ声をかける。事前に向かうという通知はしてあるので、ライベアスはなんらかの反応を予想していた。例えば石を投げられることを。

 しかし反応はなかった。ライベアスが街の内部へ向かうと、そこには大勢の人々が遠巻きにライベアスを見ている。彼らが一斉に攻撃してくるのではないかとルティークは気が気でなかったが、どうやらその様子はないようだった。

 ゆっくりと歩を進め、大きな声で言った。

「はじめまして、みなさん。俺はライベアスという者だ。役所の場所を教えて欲しい。町長に訊きたいことがあるのだ」

 住民達は戸惑った様子でライベアスを見ている。やがて一人の男がおずおずと前に出た。

「私はイゴールというものです。役所の副所長を務めておりました。町長と、ついでに市長はすでにおりません。この街を離れました。ので私がこの街の最高責任者となっております」

 住民を残して長が街を離れたのか。ライベアスはひどく驚いたが、務めてそれを表情には出さなかった。

「ちっ」

 ルティークが傍で舌打ちをした。横に視線をやると、ルティークはつかつかと人垣のほうへ歩いていく。人垣はルティークを避けるように後退したが、逃げ損ねた子供がルティークの前で取り残された。ルティークは視線をあわせるように、子供の前で膝をついた。

「よければあたしに手を見せてくれないか」

 やさしい声で言う。子供は頷き、ルティークのほうへ手を差し出す。背後で母親が子供の下へ向かおうとして、はがいじめにされ周囲の人々に「危険だ」と諭されていた。

 ルティークは子供の手を見る。指の欠けた手だった。人差し指と中指がなく、膿で染まった包帯が巻かれている。掌のほうへ火傷の痕が続いている。なにをどうすればこんな欠損の仕方をするのかルティークには皆目見当がつかなかった。ただ「惨いな」と思った。

 手を取り、埋の魔法を使った。子供の手から新たに生じた肉が、傷口と元の指のあった場所を埋めていく。骨と神経が通じ、子供の手には五指が揃う。まだ爪がなく、皺も薄い、生まれたての指が出来上がった。既にたんぱく質の変成が起こってしまっている火傷は治せないことにルティークは少し心を痛めた。

「治った。お母さん、治ったよ」

 不思議そうな顔で子供は母親を振り返った。ルティークが子供の手を離すと、勢いよく駆け出し、母の元に向かう。見せびらかすように手を振る。目一杯に涙を溜めた母親が子供を抱きとめる。そこでようやくルティークは、母親も同じように指がないことに気づいた。見渡すと人波の中には何人も指のない人間がいる、ひどいものになると手首から先がないものもいた。

 ルティークは大人を治すつもりはなかった。どうせ戦いの中で失ったのだろうと思ったからだ。子供の負傷は本人に責任がない。無知や無邪気さ、または大人にやらされたことで子供が傷つくのは理不尽だ。だから治した。だがあまりにも数が多く、しかも欠損が足や腹ではなく指などの手に近い部分に集中していたために少し気になった。

「おい、なぜこの街にはこんなに手に怪我をしているやつが多い?」

「はい、この街を支配していた銃の街は、兵役に出られない人間に工場での作業を命じました。銃という武器を機能させるための、弾丸という部品を作る作業です。この部品には火薬を使います。劣悪な作業環境の中でこの火薬の暴発事故が多発しました。そして多くの人間が指を失ったのです」

「なぜ拒否しなかった。それほど危険な作業などやりたくはないだろう」

「逆らったものは見せしめに撃ち殺されたからです。貴女は死と指の欠損ではどちらを選びますか」

「銃の街というのは自分の街の住民にそんな真似をさせるのか?」

「我々は元々麻の街に住んでいました。麻の街は銃の街に征服され、我々は彼らの最下層の階級として取り込まれたのです」

 ルティークはまた舌打ちを一つした。同族ですら虐げる人間という生き物へ、生理的な嫌悪を感じた。同時に自分の意思に基づかない行動の中で指を無くした人々に対して、深く同情をした。

「ライベアス、私は少しお前と別行動を取る。かまわないか?」

 ライベアスが頷く前に、ルティークは大きな声で言った。

「衛生環境のいい場所に案内しろ。それからこの工場とやらでの作業の中で指を欠損したものは私の元へ来い。治してやる。ここにいない人間にも伝えろ」

 住民達がざわめき始める。何人かの住民の先導でルティークが歩いていく。難題だと思っていた人間の住民との接触が簡単に成ってしまったことに、ライベアスは呆れ返った。「お話とは?」副町長がライベアスに尋ねる。この副町長はすでに、ライベアスたちのために大抵のことはしてやるつもりでいる。これだから嫌なのだ……、とライベアスは内心でぼやいた。自分が心を砕くべき作業をルティークは大抵あっさりこなしてしまう。

「王の街へ送る書類の制作方法を教えていただきたいのだ。人間の世界には民族申請書というものがあると訊いたことがある」

 

 


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