Soul cradle
ヨゼフ=カッセは自室でぼーっとしていた。戦いが終わって、王の街の城は戦争の最中よりもむしろ忙しなく動いている。その中で子供のヨフが手伝えることは何もなかった。大人達のやることはよくわからない。怪我をした兵士達に王の街の中にある病院施設を貸してほしいという相談を受けて、王の街の貴族達はそれを即座に却下した。確かに王の街は特権階級を持つものだけを内部に受け入れる。一定以上の税を納め、爵位を得て、馬鹿みたいな値段のする土地を買わなければ住むことができない。また貴族達の認可を得た一部の商人の出入りしか許可されない。
その分、治安はよく貴族達だけが必要とする最高級の物品がいくらでも入ってくる。貴族達だけのために作られた街だった。
しかし盾の街でいま生と死の境を彷徨っている兵士達は、王の街を守るために命を賭けて戦ってきた者なのだ。自分たちのために戦ってきたものに施設を開放する程度のことを、どうして躊躇うのだろう? 結局若い政治家さんが「わかりました。では病院施設の内部にあるものを外部に運び出します」と言ってその場は納まったようだ。問答をしている時間が惜しいと思ったのだろう。
戦争が終わると雪見やゼラのような傭兵達も締め出されたようだ。ヨフはディベーロのお零れでカッセという貴族の家名を貰っているので、締め出されはしなかった。ヨフはなんだか哀しい気分になった。
しばらくして事体が一応の終息を見てから、ようやく戦功の話になった。
ディベーロを初めとするあの戦いを勝ち抜き、生き残った二十七人の魔法使いや兵士と王の街の執政官が謁見の間に集められる。式典が始まった。ヨフはラトルレイスがいないことに気づいた。病に伏せっていると代役を務める恰幅のいい男が手元の資料を読み上げながら説明する。
「戦いに臨み、勝利を収めた十六人の英雄達に、家名と望みの報酬を与える」
と、その男が言った。ディベーロが怪訝な顔つきになる。
「ディベーロ=ウルエルガ=マキナウォール」
名を呼ばれて歩み出る。
男はディベーロの戦功について並べた後、先ず王の街に忠誠を誓うことを誓約させる。
「そなたは何を望む」
「戦う力を持たぬ人々の盾と剣になる権利を」
「よろしい。ならばそなたに『機神』の称号と独断戦闘権を授けよう」
「ありがたき幸せ」
ディベーロが引き下がり、名を呼ばれた別の魔法使いが歩み出る。
「ヨゼフ=カッセ。そなたは何を望む」
「あのさ、家名って自分で決めてもいいんだよね?」
ヨフは子供らしい無邪気な口調で言った。
「家名としてイトイーティッド、それに旅に困らないだけのお金が欲しいな」
その男は「イトイーティッド」というのが悪魔の名前だとは知らなかった。だからヨフの望みを認め、調印した。法的に認めてしまった。のちにそれが悪魔の名だとわかったときに、散々取り消すための手立てを考えるのだけれど、英傑の一人として飛びぬけた強固な実績と共にある名を取り消すことはできなかった。
「リビト=マクラース=レイロン」
「レイロン家が財と名を立て直すために十分な援助を」
「レイフォール=エルズバーグ=アギドルク」
「ドグルの発展と栄誉のためにわずかな助力を」
魔法使い達の名前が呼ばれていき、十六人で終わる。
呼ばれなかった魔法使い達が歯を噛む。
なんともあからさまな人選だった。はずされたのは、吾妻雪見やラーンスロットのようなヒュルム以外の種族、それからラクシェイムやゼラ、アルディアルのように経歴に傷を持つもの、最後に外の街から参加した魔法使い達。
ドグル族であるレイフォールが十六人の内に入っていたのは、他の街の有力者であるレイフォールと折り合いを悪くすることを避けたのだろう。
「失礼を承知で申し上げます」
ディベーロが歩み出た。
ちなみに背の低いヨゼフからは前に立つレトレレットが邪魔でその様子はきちんと見えていない。
「あなたの呼ぶべき名前は丁度その紙面一枚分ほど足りていないようだ。どこかで落とされたのでは?」
「いえ、これだけですが」
ディベーロは男に顔を寄せた。
「信賞必罰こそが王の街の掲げる唯一の正義だったはずだ。貴公はそれを蔑ろにするというのか? それは誰の意思だ? ラトルレイス様ではあるまい? 彼女はどこだ?」
「……」
刃を抜きかねないディベーロの迫力に男がたじろぐ。ディベーロはいま帯剣していないが、彼の魔法はその気になれば指輪一つから剣を作れる。
「もう一度訊ねます。あなたはどこかで書類を落とされたのではありませんか?」
男は言葉に詰まった。しかし顔を青くしながらも、どうにかディベーロを跳ね除ける言葉を作ろうとした。そこへ十幾つかという子供が、白紙の紙を振りながら割り込んできた。
「いけませんね、アバテルさん。書類、一枚落とされていましたよ?」
「ク、クアトヴィラ殿」
「駄目ではないですか、こんな大事なものを落としてしまっては。これほど重要な物をまさか落とされるなんて、最早あなたにこの場をお任せするわけにはいきませんね。私が代わろうと思うのですが、いかがですか?」
「勝手なことを申されては」
クアトヴィラは男に顔を寄せた。
「邪魔だから引っ込めと言っている。責任は私が持つ。貴官の名に傷はつくまい。それともここで断罪されたいか?」
クアトヴィラが短剣を見せた。何かの紋章が入っているが、それはアバテルにしか見えないように巧妙に隠されていた。アバテルの顔から血の気が引く。
「なぜあなたがそれを」
「退いてくださいな」
青い顔をしたアバテルがとぼとぼと歩いて去る。
「では私が代わってこの場を取り仕切ります。ディベーロ殿、ご足労をおかけしました」
「いえ、出すぎた真似をしました。どうかお許しください」
ディベーロが引き下がった。
「さて、では抜け落ちていた名を改めて呼ばせていただきます。先ずアルディアル」
「はい」
アルが嬉しそうな声を出した。名誉にも金にもあまり興味がなさそうなアルがそんな声を出したのは、単に人間の多様な部分が見れて楽しかったからだろう。
「家名と報酬が与えられますが、あなたは何を望みますか?」
「報酬、なんでもいいのですか?」
「我々の用意できるものならば、可能な限りの物を」
「では、ヨゼフ=カッセ、ああいえ、ヨゼフ=イトイーティッド=カッセをください」
「それは……」
「王の街は同性同士の婚礼を認めていますよね? それに奴隷を禁止する法律もなかったはずだ。どちらでもいいので、彼をください」
「王の街では両名の同意のない婚礼、奴隷の使役は認めていません。ええと、それにはヨゼフさんを説得していただかないと」
アルは振り返って、晴れ晴れとした笑顔で言った。
「そうですか。ではヨゼフ。結婚しましょう!」
「嫌だよ?!」
ヨフは思わず叫んだ。
「振られてしまいました。仕方ありません。それでは研究施設を貸していただけるとありがたいです。それと家名ですが、ディアーでお願いします」
「ディアー、ですか。古語で親愛なるという意味ですね」
「ええ、ディアー、アルディアル。なかなかいい響きでしょう?」
クアトヴィラがくすりと笑った。あなたとは気が合うかもしれませんね、と唇だけを動かした。アルも少しだけ笑った、頷いて返した。
「では次の名を。ラーンスロット」
「ドルラン族に朽ちぬ栄誉を」
「吾妻雪見」
「家名はいらん。己れは既に自分の家の名を持っている。金と学籍が欲しい。己れには学がない」
「ええ」
「レトレレット=ウェイバー」
「倒す価値のある敵をくれ
「軍籍という解釈でよろしいでしょうか?」
「ああ、それでいい」
「ゼラ」
「家名はクロンフェット。報酬は金」
「盗人の古神の名ですね。神々の血を盗み人々と一緒に飲んだ話が伝わっている。一説にはそれが葡萄酒だといわれていますが、神々が滅んだ理由として語られることもある」
ゼラが驚いた顔をした。
「よう知っとるな? とうの昔に伝承の消えた神さんやのに」
「書庫を遊び場に育ったものですから」
「アリサ=イラ=アイアンメイデン」
「王と自由にお会いする権利を」
「王はいま病に伏せっておられます」
「お見舞いしたいんですの。英傑の権利を使ってなおその程度のことも?」
「……いいでしょう。わかりました」
ラトルレイスの死を知る側近達が数人慌てた顔になる。しかしメイデンほど戦況の好転に貢献した魔術師の要求を突き撥ねることのできる口実もなかった。
それから残った数人の名前を呼び、最後まで戦い抜きながらも生き残った二十七人全員の名が呼ばれた。
他の功労者達の労いのあとに、式典が終わる。宴が開かれる。
「いくんか?」
王の街を出るための入街管理所の前にいたのは、ゼラだった。ヨフは目を丸くする。
「どうしているのさ」
「俺は元々賞金首やからな。契約が終わったいまとなっては、あいつらに追い掛け回されかねへん」
ゼラは宴の会場を指した。
二十七人の英傑達が戦争中にはできなかったような雑談に興じている。
「そんなことしないと思うけど」
「念には念や」
「そっか」
「お前はなんでや?」
「この街、嫌いなんだ。気持ち悪い」
「……わからんこともないな」
「それに僕が知っている世界はとても狭かったんだって、今回のことで思ったんだよ。だからあちこち回って、いろんなものを見てみたいんだ」
「もうちょいゆっくりしたらええのに。急ぎ過ぎたら息切れするぞ?」
「思い立ったが吉日」
「東の街の諺か」
「ゼラってなにげに博識だよね」
「ん、まあな」
言語野にいろいろインプットされているから。機械兵であるゼラは知らない言葉に自動でサーチをかけて意味を検索できる、とは言えなかった。
「君は誰かを待ってるのかい?」
「おう。ミズチのやつをな。俺は傭兵団って名目であいつと一緒に参加しとったから。次の仕事の相方に連れてこおもて」
「ふうん。ねえ、途中まで僕も一緒にいっていいかい?」
「そら、心強いけど。お前はええんか?」
「うん。気に食わないことがあったら別れるし、おもしろそうだったらずっと君についていくよ」
ゼラはからからと笑った。
「そらええな。よし、じゃあミズチは置いてこ。お前とおったほうがおもしろそうや」
「よろしく。ゼラ」
「おう。よろしく」
二人は握手をかわした。
それから王の街を出て、しばらくの間二人は旅をした。
そうしてもうしばらくしてゼラの「仕事」が気に食わずに、ヨフは彼と別れて一人で旅を始める。




