Soul cradle
ライベアスが四人目の魔法使いを殺した。悪魔側は一体が死んでいた。残り十七人の魔法使いを相手に、勝てるかどうかは微妙なところだった。ライベアスは自分の息が荒いことに気づいていた。疲労している。肉体的な疲労を、仲間が次々に倒れていくことに対する精神的な疲労が倍加させている。レトレレットが目前に迫っている。ライベアスが慌てて掌を突き出したが、挫の魔法を受けたレトの姿が掻き消えた。偽の魔法による幻影だった。左から跳躍して上をとったレトが切りかかる。右からもレトが襲い掛かってくる。双方の攻撃をかわそうと引いた先に本物のレトとリビトがいた。ジルクリフトの帳の魔法によって姿を眩ましていた。致命の間合い。寸前で気づいたライベアスが死を覚悟した時、ごぽごぽと足元から湧き上がった水がライベアスとレトの間に壁を作った。
「クトゥルユー」
悪魔の側に最後の一手が揃った。人間の兵隊は残り少ない。ライベアスは勝利を確信した。
しかしクトゥルユーはその確信を裏切った。
「ライベアス。ベルリアが死んだ。これ以上の抵抗は無意味だ。引こう。僕たちはまだ君を必要としている」
「まだだ。まだ俺は戦える」
「終わりだよ。君は戦えるかもしれない。だが僕たちは負けたんだ。ベルリアが死に、君まで戦死すれば散り散りになった僕らは人間に各個撃破されてしまう。いまは逃げなければならない。君はここで力を使い果たすわけにはいかないんだ」
「そんなものはクトゥルユー、あなたがいれば……」
クトゥルユーは小さく首を横に振る。
「残念ながら僕は君たちの行いを正しいと思わない」
「っ……」
「おい、てめえら。勝手に逃げる算段つけてるけどよ。逃げられるつもりなのか?」
レトレレットが牙を剥く。
幾度も捻じ伏せられて傷だらけにも関わらず一向にして戦意は衰えない。
「恐い人だね。だけど君は大きく間違っている。万全の僕と疲労しきった君たちなら、僕が勝つよ」
クトゥルユーは平原の地下水脈から水を引きずりだした。大地が割け、たっぷりと地下に染み込んでいた水が莫大な波濤を成す。「竜……」誰かが呟く。王の街は川に囲まれている。昔は水害が多発し、すべてを押し流して荒れ狂う水の流れは度々竜に例えられた。それがライベアス達を隠すようにして立っている。
八本の首と八本の尾を持つ水の怪物。
「“十六振りの魔剣”たるこの僕が、君たちを見逃してあげようって言っているんだ。破格の申し出だろう?」
クトゥルユーの言葉は嘘ではない。だが真実でもなかった。戦えばクトゥルユーは勝てる。しかし疲労したライベアス達はおそらく死ぬ。クトゥルユー自身もただでは済まず、この場にいる人間の半数ほどを殺したあと力尽き、撤退を選ぶしかなくなるだろう。双方ともにそれはわかっていた。あえてリビトが「こりゃ蛇ににらまれた蛙だね」と言葉にし、苦笑した。
「上等、」
それでも切りかかろうとしたレトレレットの首の後ろを、小柄な男が手刀で叩いた。神経叢を正確に打たれたレトが、魔法にかかったようにたった一撃で崩れて意識を失う。ため息をついて、人間たちが武器を納めていく。
「ありがとう」
クトゥルユーが柔和な笑みを浮かべて言う。
「いいや、あなたの言うとおり見逃してもらったのはこちらのようだ」
「楽な戦いにはならなかっただろうけどね」
クトゥルユーの背後で水の竜が溶けていく。
十六振りの魔剣がただの水に戻ったとき、既にライベアスたちの姿は消えていた。クトゥルユー自身も地下水脈に自分の身を落とし、仲間達の遺体を引き連れて、水流の流れに乗ってこの場を離れていった。




