Soul cradle
アルディアルはベルリアを軽蔑している。この期に及んでベルリアは自分の魔法で人を殺したくないと思っている。散々悪魔達を煽り立て、死地に赴かせておいて自分には殺す覚悟がない。殺す覚悟をしなかった。そしてこうして戦地を見下ろしている。
「言い訳としてはあなたの魔法は範囲内の物を無差別に、味方も巻き込んで攻撃してしまうから。ですか」
「……」
「くだらないですね。人間の戦士は悪魔を殺すために、同胞を撃ち殺しましたよ。あなたにあの半分でも覚悟があれば、あなたたちは負けなかったでしょうね」
「……アルディアル」
ベルリアは複雑な表情を浮かべた。彼は父親だった。いい父親ではなかったかもしれないが、それほど悪い親でもないと思っていた。だがベルリアにはいま自分の息子が何を思っているのか、なぜ自分に牙を向いているのかわからなかった。
毒の言葉をアルディアルは続ける。
「あなたにはがっかりです。人間を絶滅させるなんて大層なお題目を掲げておいて、その実あなたは怒りと復讐に狂った悪魔達を煽動しているだけだ。いいじゃないですか、やりましょうよ人類の絶滅。殲滅するような苛烈なやり方で」
「お前は」
ベルリアの返答を待たずにアルディアルがまくし立てる。
「結局のところあなたは悪魔達の主権と安全が目的だったのでしょう? 適当に数を集めて適当に脅しをかければなんとかなると安直なことを考えて戦争を始めた。しかし戦争はあなたのコントロールを超えてしまった。くだらない。そして生ぬるい」
たしかにベルリアは悪魔達の主権と安全を目的に戦いを始めた。数を集めて、人間を攻撃し、多くの仲間たちを助けようと動いた。その末に悪魔達は暴走を始めて、こうして戦争が続いている。ベルリアは戦争などやりたくなかったのだ。これまで人間の攻撃に対し、自衛的にしか動かずに狩られてきた悪魔達をまとめあげ、人の攻撃に対抗できるだけの結束を作りたかっただけだった。半ば祭り上げられるような形でベルリアは彼らの英雄となった。
怒りと復讐に狂った悪魔を煽動しているだけ。
「真面目に戦争をやりましょうよ、ベルリア。できなければあなたは、ここで死にます」
アルディアルの手元で魔法が発生する。黒色の粉がばら撒かれる。
「“反応性の高い硝酸カリウムに硫黄と木片を可燃物として混合し、高圧を加えて着火すると硫化カリウムと窒素、二酸化炭素への反応が起こると同時に体積が急激に上昇し爆発を起こします”」
薬の魔法によって合成された火薬に火がついた。爆裂がベルリアに直撃する。ベルリアは滅の魔法を使った。年月という生きとしいけるものすべてを殺す毒が展開し、爆撃が腐って死ぬ。
更に爆撃を発生させる。近距離に秀でる魔法を持つベルリアは間合いを詰めようと地面を蹴る。アルディアルが自ら発生させた爆風を踏んで後方へと高速跳躍。ベルリアが追う。身体能力は純粋な悪魔であるベルリアのほうが高いのだが、爆風を踏んで高速移動するアルディアルにベルリアは追いつけない。つかず離れずの位置をとってアルディアルが逃げる。火薬の爆撃がベルリアを牽制する。滅の魔法は有効範囲が狭い。射程距離の外から攻撃できる薬の魔法とは相性が悪かった。手ごわいと見て、ベルリアは引こうとする。しかし爆風を踏んで高速移動できるアルディアルは、今度は間合いを詰めてくる。距離が詰まらない。また離れない。強引に中距離、薬の魔法の独壇場たる距離が維持される。アルディアルが攻める。ベルリアが守る。この図式が変化しない。
「ワタシが少量の魔力を消費して生み出す爆撃を、あなたは膨大な魔力を消費する経年経過で防がなければならない。これほど勝負の見えた試合が他にあったでしょうか」
アルディアルは呆れたように嘲った。
「大したことねーな。《完全なる者》」
ベルリアが追おうとすれば引き、引こうとすれば追う。爆撃がベルリアを牽制し、そのたびにベルリアは消耗していく。近距離型の悪魔であるベルリアは中距離型の薬の魔法に対して無力。滅の魔法という規格外の破壊力を持つはずの悪魔が、掌のうちで踊るように翻弄される。
「なぜ使わないのですか?」
「……」
「ええ、あなたの“大魔法”がオーバーキルに繋がるものだというのは知っていますよ。しかし四の五の言っている場合でもないでしょう? 死にますよ」
「……」
大魔法。上位の悪魔だけが用いることのできる魔法よりも強力な魔法だ。莫大な魔力を用いて彼らの根元に触れることで発現する。例えばクトゥルユーの根元は巨大な水蛇だ。川の悪魔であるクトゥルユーは自分自身を洪水と化す大魔法を使うことができる。人によって治水が行われるよりも前の、すべてのものを押し流し、飲み込み、奪う、自然のままの川の姿。
「使いましょうよ。カクは躊躇いなく使いましたよ」
「……後悔しろ」
ベルリアは自分の魔法が嫌いだ。花も木も生き物も、鉄や銅といった金属や土、水でさえも腐って落ちる。「終わりの悪魔」。破滅を引き起こす者だという自身の本質を突きつけられるからだ。ベルリアの背負う世界は荒廃に満ちている。怨嗟の声が木霊する。ベルリアがいままで滅ぼしてきたあらゆる存在が彼を恨む声が聞こえる。
ベルリアは自身の根元に触れた。莫大な魔力を代償に大魔法が発現していく。彼を恨む者たちの「声」が召喚される。あまりにも多い、あまりにも大きい、彼らの声は振動波となって効果領域内の物質の分子組成を揺らす。分子が振動し、結合が崩壊する。音波の振動に共振したあらゆる物体が分解され、生きとし生けるものたちの世界が崩れていく。死の世界が現実を侵食する。人はきっとこれを地獄と呼ぶのだろうとベルリアは思う。ベルリアの魔法領域の中では、ベルリア以外のあらゆる生物が生存を許されない。
その中でアルディアルは普通に立っていた。
「なんだと……?」
あらゆるものを分解する振動の力がアルディアルの周辺にだけ届いていない。
「ああ、いま何か言いましたか? レセナという人間が使う音の魔法の力で、ワタシはいま音がまったく聞こえない状態なのですよ。なのでこちらから捲くし立てるように話して強引に会話を成立させている風に見せかけていたのですが、やはり気づいていなかったようですね」
「音は逆位相の音をぶつければ相殺できる」
ベルリアの大魔法を知っていたアルディアルは事前にレセナに頼んで自分の周囲の音を打ち消してもらっていた。他愛のない対策だがこれ以上なく有効な手立てだった。
「大魔法は膨大な量の魔力を消費します。滅の魔法の消費魔力が薬の魔法よりも大きいといっても、《完全なる者》であるあなたの魔力の底がわかりませんでした。なので手っ取り早く自滅してもらうために挑発してみました。あなたってば本当におろかですね」
「き、貴様……」
「聞こえませんね?」
火薬の爆発がベルリアを襲った。




