Soul cradle
ラクシェイムの貫の魔法による一撃を受け止めて、ライベアスが体勢を崩す。足場から転倒し地面に落ちる。挫の魔法で周囲の兵士達は捻じ伏せたが、一拍遅れてヨゼフ、レトレレット、ディベーロの三人の魔法使いが襲い掛かる。ディベーロの放った銀槍の群れに向けて掌を突き出し、挫の魔法を使う。銀の波濤が捻じ伏せられて崩れていく。大熊の手を振りかざすヨゼフを逆の手で、力任せに払う。跳躍気味に繰り出されたレトレレットの横薙ぎの剣を、剣の軌道に逆らわないように上体を倒してかわす。同時に突き上げたつま先がレトの腹を穿った。鎧が砕け、筋肉に爪が食い込む。アドレナリンの過剰分泌によって、レトは痛みを感じなかったが、内臓を押し上げられて肺から空気が漏れる。足だけでレトの巨体を投げ飛ばし、二撃目を繰り出そうとしていたヨフにぶつける。ヨフはどうにか受け止めたが、攻撃の姿勢が崩れる。
挫の魔法を迂回してきた液体の鋼がライベアスを囲んでいた。槍の群れがライベアスに殺到する。ライベアスが手を翳す。挫の魔法が狭い一点に密集されて発動した。超密度の圧力を受けて、地面に穴が開く。引きずられた鋼がそこへ吸い込まれる。ディベーロが鋼を操る力とわずかだけ拮抗するが、人間と悪魔では魔力の量がまるで違う。正面からの衝突に敗北して穴の底に鋼が呑まれる。一番厄介なのはディベーロだと断じたライベアスが地面を蹴る。ディベーロは手元に残していた鋼を使って、筒状の杖に似たものを作り出す。先端をライベアスに向ける。
(なんだ……?)
恐らくは武器。だが初見の物で威力の想像がつかない。あまり大きくはない。あのサイズの武器で致命傷になるか? ライベアスは否だと判断した。足を止めない。ディベーロが引き金を引く。散弾銃が火を噴いた。ライベアスの体が後方に吹き飛ぶ。何をされたのかわからなかった。顔から肩、胸にかけての一帯から出血している。散弾銃は弾が広い面積に散るため高い殺傷能力を持つが、弾が小さいため貫通力は低い。ライベアスの強靭な筋肉を貫くには至っていない。魔法のコントロールを取り戻したディベーロが穴の底から鋼を引きずり出す。ライベアスの真上に跳躍したヨフが踵を落とす。ライベアスはそれを先ほどと同じように弾こうとした。体重の軽いヨフの一撃などどうとでもなると軽視したからだ。空中で象の足に化けたヨフの踵がライベアスに圧し掛かった。
「ぐ、ぅ」
さすがのライベアスもあまりの質量差に呻く。「う……、嘘でしょ……?」だがライベアスは象に変化したヨフの足裏の掴むと、少し持ち上げ、そのまま地面に引き倒した。土煙と轟音が上がる。切りかかろうとしたレトが掌を向けられ、挫の魔法の前に屈する。ディベーロが散弾銃を放つが、寸前で左へ跳んでライベアスが逃げる。引き金を引く指の動きを見て、タイミングを見切ったのだ。
「レト、ヨフ、離れろ。お前達の魔法はこの悪魔に対して有効ではない」
「だからってディー、あなたの魔法だってそんなに有効ってわけでもないじゃないか」
ディーという略称があまり気に入っていないディベーロが苦笑する。
「だがこの悪魔と戦えるのは俺の他にいないだろう。お前達は別の戦場にいるほうが生きる駒だ。こいつは俺が止める」
「……そんなものか、人間共」
「挑発しているのはなるべく多くの魔法使いを自分に引き付けたいからだ。残りの悪魔が何かする前に、行け」
ヨフがこの場を離れる。レトがまだ斬りかかろうとしたが、ディベーロが鎌の形に作った鋼を首に突きつけられて舌打ちする。剣を下げる。ディベーロにはレトが引き下がったことが意外だった。
「俺は敗色の濃い戦いは好きだが勝算がゼロの戦いはしないんだよ。お前とそれを同時に敵に回して勝てるとは思わねえ。それにここじゃなくても暴れれる場所はいくらでもある」
「なるほど、思っていたより使える男のようだ」
もう一度舌打ちしてレトが離れる。ライベアスがそれを追おうとしたが、鋼の魔法が巨大な剣に変わり、遠心力で振り回された剣をかわすために逆方向に跳ぶ。
「一つ聞きたいのだが。貴様は、一対一の戦闘で本気で俺に勝てると思っているほどの間抜けなのか?」
「何?」
ライベアスが強く地面を蹴った。間合いが詰まる。両脇から鋼を繰り出したディベーロがそれを迎撃しようとした。跳躍したライベアスが上空に逃れる。更に追撃しようとしたディベーロに何か重たい物が圧し掛かった。挫の魔法。捻じ伏せられたディベーロの上に、自身の魔法によって加速したライベアスが飛来する。鋼の槍が迎撃しようとしたが、挫の魔法に捻じ伏せられる。それでもどうにか鋼がライベアスとディベーロの間に壁を作った。重い音がした。重力を味方につけて凄まじい速度で着地したライベアスを、粘りのある鋼が受け止めた。ライベアスはディベーロを守る鋼の塊に掌を向けた。べきべきべき。挫の魔法が鋼を叩き折る。露出したディベーロの全身に重圧が圧し掛かる。
「が、ぁ……」
「お前ほどの愚か者は他にいまい。人間は魔法の相性と数の力で悪魔に挑んできた。だがお前はそのどちらも頼みとせずに俺に立ち向かった。それは勇敢だが、同時に無謀だ。舐めるなよ人間の英雄。いいや、違うな。思い上がるなよ?」
ライベアスは手を下げた。貫の魔法を帯びた矢が丁度さきほどまで手のあった場所を通過していった。挫の魔法が途切れたが、ディベーロはもう立ち上がれなかった。
「トドメは刺さん。俺たちは傷つき、倒れ、戦う意思を失ったものに向ける刃を持たないからだ。ただ思い知れ。お前は無力な人間に過ぎない」
ライベアスが次の魔法使いを探そうとして、周囲を見た。
そこへ方向転換を終えて帰ってきた騎兵達が殺到する。先頭の馬には旗振りの魔女、メイデンが威風堂々と風を受けて立っている。メイデンを追い抜いて騎兵が突撃してくる。ライベアスは挫の魔法を繰り出し、先陣を転倒させたが、それを飛び越えた騎兵に上から槍を突き出される。槍を掴んで左に振ると騎兵が空中で大きく振られて、他の馬を巻き込んで倒れる。だがその間に、軍団の規模とは裏腹に複雑怪奇に動く騎兵の群れがライベアスを包囲していく。
「ただの英雄よりもよほどおもしろい」
絶望的なはずの数の差の中でライベアスが微笑する。




