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Soul cradle

少し前、ラクシェイムは廃棄された灯台の中にいた。駆け足で階段を上る。自分が遅れるとその分だけ味方が不利になっていく。ラクシェイムは自分の弓技の価値を正確に知っていた。それが裏目に出た。「止まって」レセナの声が鼓膜に届いた。「上に何かいます。気づきませんでしたごめんなさい。私の失態です」ラクシェイムは舌打ちする。彼は近接格闘がそれほど得意ではない。奇襲ならば一体くらいなんとかなるかもしれないと思っていたが、駆けてきたために足音が響いて、あちらに先に気づかれていた。

「レー、詳しい位置情報を」

 ラクシェイムは真上に向けて弓を構える。

「あなたから四歩左、一歩前の位置です」

「……君は俺の歩幅を正確に把握してるのかい?」

「ええ。知っている人ならば全員わかりますよ」

その気になれば私生活を丸裸にされるんだろうなと思い、複雑な気分になった。

 狙いをつけて、ラクシェイムは貫の魔法を使った。空気抵抗と重力を貫いて最高速を維持したまま、弓矢が空中を疾走。悪魔の居た位置を貫く。「かわされました」同時に天井が砕けた。飛び退いて崩落からは逃れる。落ちてきたのは金色の肌をした雌型の悪魔。バチバチと空気の爆ぜる音がする。

「名前を聞いていいかい?」

「ミグルリ。人の勇者、お前の名前も聞いておく」

「ラクシェイムだ。よろしく」

 ちらりと脇を見る。崩れたのは天井だけ。階段は無事だ。ラクシェイムはあくまで弓を構えた。貫の魔法は発生が遅く、近接戦には向いていない。おまけにこのミグルリという悪魔はアルが言っていた最強格の悪魔の一体。到底ラクシェイム一人の手に負える相手ではない。しかしラクシェイムがこの灯台を放棄すれば多くの悪魔が自由に動ける。それにこの場所に陣取っていたということは恐らく目的はラクシェイムと同じで「高台からの狙撃」だ。放置すれば多大な犠牲が出るだろう。引くわけにはいかなかった。

 ミグルリが踏み出した。「いまです。フォルトルーロさん!」ラクシェイムが言う。ミグルリが躊躇い、半端に体重の乗った一歩を踏み出したまま奇襲に備える。当然この場にフォルトルーロはいない。ミグルリを警戒させるためだけの嘘だった。ラクシェイムは矢を放った。その矢は魔法を帯びていなかったので当たっても致命傷にはならなかったが、先に貫の魔法を見せているのでミグルリは体勢を崩してでも矢を避けざるを得ない。弓を捨てて左手に炸裂弾を握り、右手で剣を抜く。間合いを詰める。貫の魔法を帯びた本命の突きを繰り出す。必殺の間合いに、対応できない体勢。並みの悪魔ならば決着がついたかもしれない。

 ミグルリは痙攣するように体を震わせると、致命のはずの一撃を伏せてかわした。今度は渾身の突きをかわされたラクシェイムが隙を晒している。ラクシェイムは左手に握った炸裂弾を落とした。ミグルリにはかわせない間合いで床に落ち爆裂。ラクシェイム自身も爆風を受ける。足に重度の火傷を負う。

 ミグルリは爆発を受けていなかった。遥か後方に跳躍して壁際にいた。身体能力に特化した悪魔。ラクシェイムとの相性は最悪。ミグルリが再び間合いを詰めようと足を撓めた。瞬間、背後の壁を突き抜けた槍斧がミグルリの胸をぶち抜いた。そのままミグルリの体を宙に浮かせる。当身で壁を崩落させながら現れたのは、ローブを目深に被った長身の男。

「ラーンスロットさん?!」

男はそのまま異様に長い槍を振るい、壁に向かって叩きつける。ミグルリは両手を頭の後ろで組んで後頭部への強打を避ける。ミグルリは打ち付けられた壁を蹴って、胸に槍を押し込むようにしてラーンスロットに近づく。両手でラーンスロットのローブを掴む。バチバチと空気の爆ぜる音がした。

ミグルリは稲妻の悪魔だ。体内の電気信号を自在に操作に、筋肉を電気刺激、神経系を操作、限界を超えた筋力を引き出す。また両手を電極にして掴んだモノに凄まじい電撃の嵐を浴びせることができる。ラクシェイムはその電撃の凄まじさに近接戦をまともできなかったという幸運を感謝した。

ローブが灰になって散っていく。ローブの奥から現れたのは、蜥蜴のような容姿を持つ、壮年のドルラン族だった。ドルランは地上最大の生物である竜の遺伝子を持っている。硬い鱗に守られたその皮膚は、電撃をものともしていない。

「竜種だと……。あのオルガといい、貴様らはなぜ人間に付く?」

「決まっている」

 ラーンスロットは膂力に任せて、ミグルリを床に叩き付けた。

「人の作る酒が格別だからだ。そしてお前達は現状維持に努めるだけ。何も生み出さない」

 ラクシェイムが駆け出して弓を拾う。そのまま階段に向けて疾走する。ミグルリは両手で槍を握り、電撃で鉄を溶断する。「行かせるかっ」ラクシェイムを追おうとしたが、ラーンスロットの拳を受けて吹き飛ぶ。

「追わせぬよ。お前は私と遊んでいてもらおう」

 先端の無くなった槍を昆のように構える。

「図に乗るなよ、竜種」



 屋上に出たラクシェイムはレセナの指示を受けて標的を探す。空中を闊歩しながら兵隊を薙ぎ倒していくライベアスの姿を見つける。ラクシェイムが弓を構える。足元が揺れる。ミグルリとラーンスロットの戦いはずいぶん派手なものになっているようだ。それに自業自得とはいえ、足元で破裂させた炸裂弾での負傷がひどい。脂汗を流す。止血処理を施したものの血溜まりができている。

「ふー……、ふー……」

 息を止める。狙いをつける。貫の魔法を使う。矢を握った右手を離した。空気抵抗を無視して飛翔した矢は一直線にライベアスへと向かう。足場を作るために挫の魔法を使っていたライベアスは自身の魔法で矢を止められなかった。代わりに咄嗟に矢を掴んで止めた。足場の構築に失敗し、体勢を崩して落ちていく。

 呼吸を合わせたようにヨゼフ、レトレレット、ディベーロの三人が襲い掛かる。ライベアスはあの三人に任せておけば大丈夫だろう。自分がやるべきは敵の数を減らすこと。兵隊達の群がっている地点、逆に逃げ惑っている中心、リビトが一人で押さえている悪魔。ラクシェイムはおおよその優先度をつけて、矢を放っていく。

 一体は兵士ごと打ち抜かれ、また別の一体はかわした先にいた兵士の槍に貫かれる。

 悪魔たちがラクシェイムに気づく。だが距離があるので有効な手立てがない。ラクシェイムに注意を払いながら周囲の兵隊や魔法使いに散漫な対応をせざるを得なくなる。

 足からの出血と焼け焦げた匂いがラクシェイムの意識を揺らしていく。あと数分程度なら持つだろうか。意識を失うまでにできるだけ多くを撃ち殺そう。ラクシェイムは緊張を和らげるために笑った。

「貴様らが息をしているだけで虫酸が走る」

 放たれた矢は更に一体の悪魔を射止めた。

 味方の兵士が一緒に貫かれたが、ラクシェイムにはそんなことはどうでもよかった。

 悪魔が死んだので彼はただ幸福だった。



 ミグルリが胸から槍の穂先を引き抜く。傷口から出血したが、シュウシュウと音を立てて直ぐに塞がった。電熱で焼いて塞いだのだ。痛みとはある種の電気信号なので、稲妻の悪魔であるミグルリは痛覚を無視できるのだ。

ラーンスロットが先端部のない槍を突き出す。ミグルリは跳んでかわす。壁に着地。そのまま壁を蹴って再度跳躍し上を目指そうとするが、同じように跳躍したラーンスロットが槍の一撃を下す。空中では回避行動をとれず両腕を交差させて防ぐ。骨の折れた感触があった。ドルランの膂力はドグルのそれさえも遥かに上回っている。床に叩きつけられたミグルリが上体を起こす。ラーンスロットは槍を投げた。ミグルリが転がるようにして逃げる。槍は床を破砕して突き立つ。降りてきたラーンスロットが槍を拾い上げる。ミグルリが後退する。ようやくラーンスロットを無視してラクシェイムを追うのは無理だと判断したらしい。

 ばちばちと空気の爆ぜる音がした。絶縁体である空気が破壊され電気を通すオゾンへと変化していく。ミグルリの魔法は並みの魔法使いを寄せ付けない強力なものだったが、通常の電撃ではラーンスロットに通用しないのは先の攻防で明らか。絡め手が必要だった。

ミグルリの全身から電磁波が発生する。電波の反響から位置情報を完全に把握する。ラーンスロットが前進。槍を突き出す。ミグルリは、ラーンスロットの踏み込み位置からは数ミクロンだけ届かない位置へと後退する。握っていた槍の穂先から手を離し、伸びきった槍を上から押さえた。人間の筋肉の構造上、上から下へ押さえつけられれば拮抗できない。合気道などでよく使われる技術だ。ラーンスロットは槍を脇に挟み奪われることは阻止する。ミグルリが足を振り上げる。思い切り槍を踏みつけた。衝撃が圧し掛かり、ラーンスロットが膝を曲げる。ミグルリは踏みつけたほうと逆の足に、さきほど手放した槍の穂先を磁力で吸い付けた。そのまま回し蹴りを繰り出す。吸い付いた槍の穂が銀色の刃を向けていた。ラーンスロットは頭を下げてそれをかわした。追随したもう片足の蹴りを受けたが、そちらは硬い鱗に守られたドルランの肉体に大した影響は与えなかった。ラーンスロットがミグルリの足首を掴む。掴んだ足首を引き寄せながら肘を繰り出す。ミグルリは肘を掴んで止めたが、ラーンスロットはそのまま押し込んだ。壁と肘の間に挟まれ強く頭を打ちつける。痛覚を遮断できるミグルリにも、脳震盪はどうしようもない。ラーンスロットが穂先のない槍を蹴り上げる。ミグルリは朦朧とする意識の中で槍の穂先を構える。ラーンスロットは自分がミグルリを打つほうが速いと断じて槍を振るう。バチバチと空気の爆ぜる音。一瞬遅れてミグルリの手の中から槍の穂先が消えた。凄まじい速度へと加速した槍が、ラーンスロットの鱗が砕き、筋肉を切り裂き、背面の壁を貫通して遠くへと消えていった。レールガンだった。強力な磁力によって鋼鉄製の槍を弾き出したのだ。ラーンスロットがたたらを踏んで下がる。ミグルリは追撃しようとしたが、まだ脳が揺れていて壁に手をつき立ち上がるのがやっとだった。

「なるほど他の悪魔が人間に手を焼くわけだ……」

 この場にラーンスロットの他に人間が一人でもいれば、ミグルリは敗れていたかもしれない。

 だがこの場にいるのはラーンスロットただ一人だった。

「ああ、そうそう。私は両手を好んで電極として使っていたが、別に電極にするのはこの両手でなくてもかまわんのだ」

 塔の中の壁が電気的な光を放った。ラーンスロットは飛び去って逃げようとしたが、無駄だった。室内がすべて雷の嵐に満たされたからだ。鱗の砕けた部分から稲妻がラーンスロットの体内に侵入し、神経をかき乱し、内臓を沸騰させた。並みの人間ならば絶命していただろうが、ドルランは火山を住処にする熱には滅法強い一族だ。だから死にはしなかった。ただ力なく地面に両膝をつき、天井を見上げるようにして気を失っていた。

 ミグルリはあえてトドメを刺すことはしなかった。ラーンスロットを無視して階段を登り、屋上に出る。そこにはラクシェイムがいたが、こちらも気を失っていた。かろうじて生きているが手当てをしなければこのまま死ぬだろう。少し考えた末にミグルリは放置することにした。目を覚まして襲いかかってきたら殺そう。彼女は悪魔らしい誇りを持った悪魔だったために、戦力を失った人間をわざわざ殺しておこうとは思わなかった。

ミグルリは片手を上げる。

 空は青く、よく晴れていた。それでも散発的に浮かんでいる雲の合間にばちんと稲光が爆ぜた。





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