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Soul cradle

 悪魔の軍団は南から、ゆるやかな速度で北上してきた。人間達が十分に対応する時間のある速さだった。総力戦を望むベルリアの覚悟の表れだったのかもしれない。

「ついに来たな」

「ええ」

 これがこの戦争の最後の戦いになるだろう。

 おそらく人間は勝てる。悪魔の士気の低下はそれほど深刻だからだ。だが“エンテレケイア”と言われるベルリア、ラブルヒルム、クトゥルユーの三体、それにミグルリやイートイース、ライベアスなどの強大な悪魔達を前にして一体どれほどの犠牲が出るだろうか。

「お前が切り札として話さなかった最後の一つ、聞かせてもらうぞ」

「はい、どうぞ」

 へらへらと笑いながらアルが答える。

「悪魔ベルリアの魔法を教えろ」

「滅の魔法。能力は経年経過。魔力の及ぶ範囲のあらゆる存在を腐敗させます」

「腐敗……?」

「ええ。鉄だろうが人だろうが、魔法であろうが、ミスリルすら錆には勝てません」

 ディベーロは以前彼が「ベルリアはミスリルを苦にしない悪魔だ」と言っていたのを思い出した。なるほどミスリルを錆びさせる、つまり酸化ミスリルを作って侵食することができる能力があるならばたしかにミスリル(ちなみに正しくはミスリル化合金)を破壊することはできるだろう。ミスリルと酸化ミスリルはまったく異なる性質を持つ。酸化ミスリルは魔力耐性を持たず、特有の粘りも失った脆い物質だ。

「魔力の及ばない範囲から攻撃すればいいならば、これは俺の出番でしょうか」

 長距離狙撃に秀でたラクシェイムが眠たげに目を擦りながら言う。

あちこちの戦場を歩き回って、仮眠から起きてきたところだった。

 アルは首を横に振る。

「弓矢での攻撃は矢が“滅ぼされる”ため通用しません。魔法での遠隔攻撃も同じことです」

「無敵だということか?」

「いいえ。ところでものは相談なのですが、ベルリアはワタシに任せてくれませんか?」

「お前ならば倒せると?」

「ワタシにしか倒せないでしょう。いえ、訂正します。ワタシ以外があれと戦えば壊滅的な被害を出さなければ勝てないでしょう」

 ディベーロを初めとする多くの魔法使い達はその案に反対だった。やはりアルは不気味で不可思議な存在で信用できなかったからだ。ただ今更アルがベルリアと接触したところでどうなるのかとも思う。アルは既に人間に深く協力しすぎている。ベルリアに取り入ろうとした所で、裏切り者として処刑されるのがオチだろう。

 そして決定権を持つのは魔法使い達ではなく、あくまでラトルレイスだった。

 ラトルレイスは頷いた。

「いいだろう。ベルリアのことはお前に一任する」

「ありがとうございます。それからレセナさん」

この場にいないが、会議の行方を聴いているはずのレセナに呼びかける。

「はい?」

「私の周囲の音を打ち消すことは可能ですか?」

「それは、」

「ああいえ、あなたの魔法が届かないようにしてくれと言っているわけではないのです。ただベルリアの対策にはそれが必要なのですよ」

「……可能です」

「わかりました。ではしかるべき時がくればお願いします」

「では、他の強力な悪魔だが、ラブルヒルム、土の魔法の悪魔、これは……」

「俺ですね」

 ディベーロが名乗りを上げる。

「土の悪魔、火炎や毒ではない、物理攻撃を主体にした悪魔。ならば俺の鋼の魔法ほどこの相手に適した魔法はない」

「ああ」

「クトゥルユーの方は?」

「外から招いた魔法使いに対応してもらう。フォルトルーロという男だ」

「翼の勇者、フォルトルーロか」

 名前を知っていたリビトが頷く。

「問題はイトイーティッド、ミグルリだが。ヨゼフ、ラクシェイム。お前達で一体」

「病み上がりでしんどい仕事だなぁ……」

「わかりました」

「リビト、ラーンスロット。お前達でもう一体を担当してもらう」

「心得た」

「今回僕に仕事回ってきすぎじゃないですか」

 リビトが拗ねた声を出した。

「己れの仕事は?」

 雪見が不満げに言う。

「遊撃だ。斬れるだけ斬ってこい。むしろ作戦の成否はお前に掛かっているといっても過言ではない」

 にんまりと笑みを浮かべる。

「先ずは兵隊を出して悪魔共の出方を見る。概ねの悪魔達の居場所の探索はこのときに行う。雪見、ラクシェイム、お前達は兵隊の進撃に乗じてなるべく多くの悪魔を殺せ。乱戦は得意だろう?」

「そういう割り切った使い方をしていただけると助かります」

「まったくだにゃ」

「大粒の悪魔の居場所を特定できれば他の魔術師を出す。ディベーロ、それにアルディアル、お前達は相手を倒すことは考えなくていい。長く生存して相手を引きつけることを第一に考えろ。元々人間には荷が重い相手だ」

「はっ」

「倒せると思うんですけどねえ」

「ヨゼフ、ラクシェイムの補助が来るまで耐えろ。これはお前の得意分野だろう?」

「うん。まあ、がんばるよ」

「ラクシェイム、ヨゼフを殺すなよ?」

「一応、わかっています」

「重ねて言うが、戦争において魔術師の命の価値は一般の兵と違う。ヨゼフを切り捨てるな。彼は必ずその後にも役に立つ」

「……わかりました」

「リビト、ラーンスロット。お前らはなるべく早く敵を倒し、雪見を援護しろ。できるな?」

「無茶を言いますね。ええ、やりますよ。やりますけど」

「造作もない」

 ローブを目深に被ったラーンスロットがその奥で笑みを漏らす。

「残りの悪魔は?」

「他の街の魔術師達と共同であたる。レイフォール老、頼りにしています」

「ふむ、わしにも他の魔術師達と同じ態度で臨んでくれんかの?」

 急に言われたラトルレイスが戸惑いながら言う。

「え、あ、ああ。レイフォール、頼りにしている」

「もっとドSな感じで」

「さっさと働けこの豚野朗」

 レイフォールは親指をぐっと突き出した。

 心なしか恥ずかしそうにしたラトルレイスが向き直る。

 会議室のドアが開いた。包帯まみれのレトレレットが立っていた。

「おいおい、俺様抜きで楽しそうな話をするんじゃねーよ。殺し合いの話をしてるんだろ? 俺も混ぜろ。俺にやらせろ」

「戦えるのか?」

「愚問だよ馬鹿め。戦えない俺なんてのがありえるかよ」

「レト、いまの君はちょっと変だよ。落ち着いて」

「変じゃねえよ。気分が乗ってるんだよ邪魔するなよ。お前も俺の敵か? あ?」

 リビトが諭したがレトは聞く耳持たない。いつもより三割増しで凶暴だ。常時凶暴だから三割増えたところでどうということもない気がするが。

「いいだろう。遊撃に加われ。雪見、こいつは使い潰しても構わん。そのつもりで戦え」

 雪見は大きく舌打ちした。

「はっ! 話がわかるじゃねえか王様」

「あとは……」

「邪魔ですわよ。退きなさい狼男」

レトが振り返る前に銀色の髪を棚引かせた美しい女がレトを蹴り退けた。

「まったく、この街の手続きはややこしくていけませんわ。ラト姉さま、馬の街の騎兵隊三百騎を連れて、このメイデンがお助けに参りました。感謝しましょう。さあ、しましょう!」

 ラトルレイスが大きな、それはもう大きなため息を吐いた。メイデンと名乗ったその女はラトルレイスがこの世で一番借りを作りたくないと思っている相手だったからだ。

「……アイアンメイデン卿」

「あら、マキナウォール卿ではありませんか。お久しぶりです姉さまにたかる害虫死ね」

 にこやかな笑みを浮かべながら言う。

「え、アイアンメイデン? じゃあこの人が旗振りの魔女? あらゆる街の中で最強の軍隊の指揮官?」

「リビト=マクラース。わたくしその魔女という呼び方は大嫌いですの。聖女とか訂正してくださるとうれしいですわしないなら死んでくださる?」

「う、うん? ご、ごめん。は、旗振りの聖女、さん?」

 きらびやかで優雅にも見える彼女の外見は、あまりにも軍人のイメージにそぐわない。もっとも腕の筋肉の引き締まり方が、貴族の女のそれではないこともわかる。

「先陣はお任せくださる? 私、軍隊を使った集団戦闘では人間の中で一番強いと自負しておりますの」

 一番強いという言葉にレトがぴくりと肩を震わせた。しかし集団戦での強さはレトの求める強さではない。内心の矛を収める。

「……わかった」

 選択肢はなかった。ラトルレイスはこの戦いで最も大きな被害を被るべきなのは王の街だと考えていた。だから他の街の軍隊に被害の大きくなる先陣を任せたくはなかった。しかし騎兵というのはその特性上、助走距離をとっての突撃でこそ真価を発揮する。後陣に配置したところで歩兵が邪魔で突撃に参加できない。

メイデンの指揮する三百騎の騎兵隊。

 これは王の街にとって大きな助力になる。

「指示はレセナを通じて追って出していく。いけ」

 




 すべての魔術師達が出払って、ラトルレイスは一人になった。

 魔法使い達のサポートに追われていて普段は常に警護しているレセナの魔法でさえ、いまラトルレイスの周りにはない。

 本当に一人きりでラトルレイスは脱力し、ただ天井を見る。戦う力を持っていないことがもどかしかった。わかっている。役割の分担は必要だ。ラトルレイスは決定する役割を持っている。無限に存在する選択肢をただ一つに限定する役割だ。その役割は他の誰よりも重大だ。ラトルレイスが一つ間違った選択をすれば、それだけ死体の数が増えていく。無限の損失がラトルレイスを埋め尽くす。だから彼女は間違ってはならない。

 魔法使い達のように、あるいは兵士達のように、なにも考えないにただ戦うだけの剣になれたらよかった。そして上官の決定に不服を飛ばすのだ。その決定が間違っていれば悪態をつく。ほら、みろ! 俺の考えたようにこうしたほうがよかったじゃないか。大抵の場合それは考慮されながらも破棄された作戦で、そうしていた場合でも敗北が間逃れなかったかもしれない。あるいは別の条件が絡んだためにそうすることができなかったのかもしれない。またあるいは上官が現場を知らないがために考慮されなかった本当の上官の失敗かもしれない。

 ラトルレイスは自分が決める立場に立っていることが恐かった。逃げ出してしまいたかった。自分の命令一つで命が一つ消える。ラトルレイスの精神はその重責に耐えるには普通すぎた。

「姉さま。やはり王にはあなたがなるべきだった」

 聡明だった姉のことを思い出す。アルゼティナは神速果断で失敗を恐れない、失態はそれ以上の成功で購う人だった。そうするべきだとラトルレイスも思う。ミスをしない人間など存在しないのだ。失敗に怯えて完全を目指す自分はきっと王として間違っている。

「……、?」

 ラトルレイスは胸の辺りに違和感を覚えた。熱かった。触れてみると赤い液体が掌にべっとりとへばりついていた。血だ。

「な、に……」

 背後からラトルレイスを貫いた指先を、銀髪の老人が引き抜く。

「不意打ちで申し訳ないがね、人の王。お前は我らにとって危険すぎる。お前が生きていることは、この戦の後にも必ず我らに禍根を残す」

 タードナーというその悪魔は哀しい目でラトルレイスを見下ろす。

「かはっ、は……。ベルリアは正々堂々と正面から戦いを、挑んできたぞ。お前は、悪魔として、いや、精霊として、それでいい、のか?」

「本意ではない。だが誰かがやらねば、本当に我々は人に駆逐されるだろう」

「いい、ぞ。それでこそ、ようやく、我らが駆逐すべき存在に、なった。おめでと、う。貴公は精霊で、ある資格を、失った。貴公こそが、真の、悪魔だ」

「……」

 それを最後の言葉にして、皮肉気に笑ったままラトルレイスが死んだ。

タードナーは闇の魔法を使う。あらゆる自分の存在を覆い隠す闇をまとって、タードナーは王の街から消え去る。彼はこの魔法によって姿を消し、門が開いているときに堂々と正面から王の街に入った。

貴公こそが真の悪魔だ。ラトルレイスの放った呪いの言葉がタードナーの心に突き刺さる。タードナーが善だと信じる精神性を頼みとせず、力のみを武器として戦うならば、それは人間のやっていることと変わらない。タードナーは人間を批難する資格を失った。

 それに気づくと彼は自嘲気味な笑みを浮かべた。




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