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Soul cradle

 レトが王の街に帰還する。倒れるように眠りにつく。

「まさか本当に倒すとは」

 アルが火傷まみれで帰ってきたレトを見て驚く。レトの肉体は深部まで焼け爛れていた。最強の悪魔たるカクの『燃の魔法』を生身で受けたのだから当然だった。死んでいないことのほうがおかしい。

「『力の魔法』ですか。身体強化系、他に目立った能力はなし。耐久力の強化、いいや、剣士としての技量のほうですか。素晴らしい」

「治るのか?」

 ラトルレイスが訊ねる。アルがレトと引き合わされたのは、『薬の魔法』による治療を期待してのことだ。一通りの治療を終えて、包帯を巻く。

「ええ。彼自身の魔法による治癒力の強化が始まっています。まったく恐ろしい生命力です。リハビリ次第では元と同じくらいに動けるようになるかもしれません」

「そうか。しかし長期の戦線離脱は避けられないだろうな。最強の悪魔を倒したとはいえ、レトレレットは人間の重要な戦力だった。アハト、リファール、イスナ、そしてなによりヴァストローデの死亡。ヨゼフも回復に少し時間がかかりそうだ。収支としてはマイナスだな……」

「何を言いますか! 相手はカクですよ? “エンテレケイア”、『灰燼ノ子ラ (ヒノカガビコ)』、最初に火を落とした悪魔、人間が撃破に成功したというだけでもワタシにはまるで信じられません! 奇跡に等しい戦果です!」

 興奮した口調でアルは言う。

「エンテレケイア? 哲学用語で“完全なる者”だったか?」

「ええ。ワタシたちは敬意を込めて彼らのことをそう呼んでいます。先に紹介したラブルヒルムとクトゥルユー、そしてベルリアが我々の言うところのエンテレケイアです。人間の中には『最初の悪魔』という伝承が残っていると聞いています」

「最初の悪魔……、ああ、心当たりがある」

 ラトルレイスは王の街に残る古い文献を思い出す。といってもそれは更に古い民族の伝承を下にした戯曲に過ぎず、信憑性は皆無だと思われていた。

世界で最初に落ちた雷の物語。

 悪魔と呼ばれるものが現れる文献の中で最も古いものだ。雷と共に現れたその男は人の宴に混じって酒を飲む。饗宴の中で自分が人間ではないと彼が話すと人々は彼を疑い、嘲り、ならばそれを証明して見せろと言う。男は嵐を呼び、雷を呼び、腰を抜かした人間を前に腹を抱えて笑う。そして一頻り酒を楽しんだあと自分の他に同じような存在が何人かいることを語る。それからは展開は筆者によってまちまちで、人が酔った彼を殺したり、彼の怒りに触れた人々が焼き殺される。あるいは彼は再び雷と共に天に帰る。

「ワタシは生まれてからわずかしか経っていませんから、詳しいところは知りません。彼らはこの星の誕生と同時に在ったといわれています。とても古くから存在する悪魔です。そしてその力は神懸かっています。ワタシはカクが死んだと聞くまで彼らは不死の存在ではないかと考えていましたから」

「最古から存在する最強の悪魔か……」

 ラトルレイスは考え込むような声を出した。

「どうしました?」

「この戦いに勝った先に我々はどこに行き着くのだろうな。最古から存在する最大級の悪魔さえ駆逐して、人のたどり着く未来には何があるんだろう。そこではすべてのモノが駆逐されて、我々しかいなくなるのではないだろうか」

「大丈夫ですよ。そうはなりません。なぜならワタシがあなたたちを絶滅させるからです」

「お前から情報はほぼ取り尽した。お前が生きているのは私の気まぐれに過ぎない」

「その点は大丈夫ですよ。ワタシの生死は既にあまり関係なくなりました。ワタシは既に人類を絶滅させましたから。あとは成功率を上げる作業を行うだけです」

「どういう意味だ?」

「さあ? 考えてみてください」

 乱暴に扉が開かれた。慌ててディベーロが入ってくる。「陛下!」駆け寄ろうとするディベーロをラトルレイスが制する。

「怪我人の前だ。静かに」

「無防備すぎます陛下。少しはわきまえてください」

「お目付け役の爺やのようなことを言うな。王である私が命懸けで戦い帰還した兵を労って何がおかしい?」

「その隣にこいつがいることが問題なのです」

 ディベーロはアルを指差す。

「まったくですよ、ラトルレイスさん。あなたは王族なのですからワタシのようなものを連れ歩くべきではありません」

 おもしろがってアルが言う。

「私もたまには下々の者たちと話がしたいのに。流行のドレスが着たい。年頃の娘がするような恋をしてみたい」

 ラトルレイスが普段絶対に出さないような湿り気のある声を出す。

遊んでいる。そもそもラトルレイスは外見に興味がなかったし、恋をしている女の惚けっぷりと嫉妬の強さをまったく馬鹿にしていた。恋愛は脳みそを溶かす毒だと考えている節さえある。

「茶化さないでください。いまあなたにもしものことがあればこの戦線は大きく傾く」

「そのときはディベーロ、お前が指揮を執ればいい。メイナスなどよりお前のほうがよほどこの戦のことが見えている。魔法使い達もお前を信頼している」

「陛下」

 ディベーロは厳しい声を出した。

 ラトルレイスはうんざりした表情になる。

「ああ、わかったよ。退屈な政務に戻ろう」

 立ち上がる。アルが後ろに続こうとしたが、ディベーロが割り込んだ。

「10歩下がって歩け」

「連れないですねえ。あ、いえ、了解しました」

 喉元に刃を当てられてアルが苦笑する。ディベーロの中で再び「いまこいつを殺しておいたほうがいいのでは?」という思いが鎌首を擡げたが、アルの出した情報を元にした戦果がディベーロを呪縛する。報酬を伴わない戦果などあってはならない。それは軍人であるディベーロにとって絶対の価値観だ。アルは可笑しそうにヘラヘラしている。ディベーロはこいつがもう少しまともな性格であればと思わざるを得ない。

結局刃を引く。彼の内にある価値観は戦功者の暗殺を潔しとしない。

「焦ります」

「本当にそうならば少しは殊勝にしてみせろ」

「そうすればどうなりますか」

「少なくとも俺の溜飲が下がる」

 その答えが可笑しかったのか、アルがクスクスと笑う。

「あ、いえ、失礼。もっと冷たい人かと思っていたものですから」

「お前に言われたくないものだな。『西の毒薬』」

「ご存知でしたか」

「仕事柄有力な悪魔の情報は耳に入ってくる。六つの軍隊を滅ぼしたまことの悪魔に冷酷さを問う時点で無意味だ」

「ああ、自分があなたに警戒されているのはそれが理由でしたか」

「余計なことをしてみろ。俺がその首を刎ねてやる」

「肝に銘じておきます」

 前を歩いていたラトルレイスが振り返る。

「お前達、急に随分仲良くなったな?」

「何を言いますか。我々は元々仲良しですよ!」

「……」

 ディベーロはこいつがもう少し真面目な性格ならなと思い、ため息を吐いた。





 カクを倒した影響はあらゆる戦況に波及していった。先ず悪魔達の戦意が明確に落ちていった。人間の襲撃に、戦わずに逃げ出す者たちが増えた。逃げる悪魔を追うのは難しかったが、相対的に人間側の被害は減っていく。カクの撃破によって悪魔達はこの戦争における勝利の目を失っていった。

 しかし悪魔の頭領たるベルリアは、このまま敗北する訳にはいかないと考えていた。潔く敗北を受け入れてしまえば、散っていった者達に顔向けができない。もし指揮をとっていたのがアルディアルであれば、敗北が決した時点でさっさと引き上げていただろう。彼ならば悪戯に戦力を磨耗することの方が罪だと考える。アルディアルがベルリアのことを侮蔑するのはこういう点から来ている。

 とはいえ人間側も戦力の消耗が大きい。人間はこれまでヴァストローデの「霧」とリビトの「幻」を使って悪魔を攪乱しながら戦ってきた。しかしヴァストローデが死んだことによって、その戦法を取れなくなった。レトレレットとヨフの離脱も、一時的ながら大きく戦力を落とす要因となっている。それでもなお悪魔側の士気の低下は大きかった。

 戦争の継続が難しいと考えたベルリアは未だ士気の高い悪魔達を率いて決戦に臨むことを決意する。アルディアルならば「決断が遅い」と鼻で笑っただろう。ベルリアは同胞を愛していた。だからそうした決断の非情さを持てなかった。以前から決戦を望んでいたライベアスは機を逃したことに焦れていたが、それでも双方の被害を少なく納めようと努力していたベルリアに敬意を持っていた。

 最後の戦いが始まる。





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