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2 獣の街

 宿に行き、許可証を出して部屋に案内してもらう。部屋の中は、それほど他の街と変わっていなかった。というよりもヒュルムや他の種族に向けて、受け入れられやすい様式を取り入れたのかもしれない。

 少し休んでから風呂に向かった。

「どちらへ?」

 すれ違った男が言う。

「お風呂にいこうと思うんだ。大浴場なんだよね?」

「え、あー、そうなんだけど……、ヒュルムにワちょっと受けが悪いんだよなぁ」

 男はしばらく悩んだ。

「じゃあ、案内するよ」

 意を決して男が先導してくれる。

 浴場へのドアを開く。ヨフは不審に思った。風呂ならば当然あるべきものが、そこにはなかった。

 湯気がないのだ。これはおかしいと思い、ヨフは服を脱ぐ前に、水に触れてみた。冷たい。

これは……、風呂ではない! これでは水浴びだ! そして気づく。ドグルには湯につかるという文化がないのだ。そういえばこのへんは気候が温暖で、体を温める意味での風呂は必要ない。そしてドグルには毛皮がある。彼らは寒さに対して滅法強い。元々寒い地方に住んでいたのだが、貿易が活発になり、産業を求めて移住してきた。自然と共生する彼らには林業はぴったりな仕事で、彼らは温暖な土地に居ついてしまった。

 結論、この街に風呂はないのだ!

 ヨフは絶望した!

 異文化の壁に絶望した。

「その顔だとやっぱりお気に召さないか……。どうすればヒュルムの気に入る風呂になるのかねえ」

 案内をしてくれた男は本気で首をかしげているように見えた。根本的に風呂という物への理解が異なっている。なにもかもが違うんだよとヨフは嘆きたかった。男に礼を言って部屋に戻ることにした。

「なにが気にくワないんだい?」

 男が訊ねてくる。

 一応「お湯」のことを話してみた。

「湯? なんで湯につかるのさ? 暑いだろ? ヒュルムの考えてることワよくワからないなぁ」

 やはりというべきか。傾げた首が戻らなくなっているだけだった。

「はぁ……」

 ドグルとヒュルムの違いについては一通り理解していたつもりだった。が、思わぬところでカルチャーショックを受けることになった。これでは旅の疲れを取ることができない。もういい、寝てやる! ヨフは部屋に戻ると、頭から布団を被って不貞寝した。

 そして夜。早い時間に眠ってしまったので深夜に目が覚めてしまった。しかしこんなデリケートな情勢のときに出歩くのもよくないだろう。ヨフは娯楽小説を取り出して、灯りをつけずに読んでいた。

 ふと足音が近づいてくるのに気づく。

 ドグル特有の、爪が床にあたる音。おそらく二人分。

 こんな時間に自分になんの用だろう?

 ヨフが起きていることに気づいた二人のドグルが息をあわせる。ドアが開いた。片方は短槍を。もう片方は双剣を持っている。襲いかかってきた。ヨフが跳ね起きる。老齢と言って差し支えない二人のドグルが尋常ではない脚力で床を蹴る。木製の床が破砕する。間合いが近い。警戒していたので、初撃をかわすのはむつかしくなかった。位置を掴み直す。あちらは武器持ちだ。悪いけど、多少のケガは覚悟してくれ。ヨフは口の中で呟いた。

 ――二人のドグルはヨフの居場所を鼻で掴んでいた。なにせ真っ暗なのだ。彼らの目は薄暗闇が得意だが、本当の闇の中ではそれほど効果を発揮しない。それでも匂いというアドバンテージがある以上、ヒュルムよりはずっと暗闇に強い。はずだった。

不意にヨフの放つ匂いが変わった。ヒュルムのそれではなかった。濃い獣の匂いだ。野生の肉食獣が放つ、血なまぐさいそれ。危機感が背骨を駆け抜けて二人のドグルは咄嗟に身を引いた。ぶちゅりと気持ちの悪い感触がした。激痛が走る指が引きちぎれた。

「不味い……。やっぱり人肉はダメだね」

 少年の声で聞こえるのがひどく不気味だった。指を失って剣が握れなくなっている。短槍を抱えたほうは腕の肉が刮げ落ちていた――。

 ヨフには二人の様子がよく見えていた。二人とも怯えているようだったので、それ以上は攻撃しなかった。ヨフは虐殺者になるつもりはない。

 騒々しい物音に反応した宿の人が駆けてくる。蝋燭の灯りを持っていた。

 二人の惨状をみて悲鳴をあげる。

「えっと、これやっぱり僕が悪いことになるのかな?」

 ヨフは溜め息しか出てこない。

 とりあえずその場を動かないようにと言われ、その通りにした。襲ってきた二人には治療が施される。彼らは「一方的にあいつが襲いかかってきたのだ」と喚き散らした。しかしなぜ武器を持っていたのか? なぜヨフの部屋にいたのか? と訊かれるとすぐに言葉に詰まった。

 ヨフも言い分を訊かれて、面倒ながら答えた。

「夜中に眠れずに起きてたら、二人がきて、襲いかかってきたから反撃したよ」

 宿の人間はどうやらヨフの言うことを信じてくれたらしい。だが現場にいなかった他の人たちには、「ヒュルムが同胞にケガをさせた」としか伝わらなかった。ヨフは居づらかったので、早々に荷物をまとめた。宿の人からも言われた。

「申しワけありません。あなたに落ち度のないことワ、ワかっています。ですが、なにぶんデリケートな時期なのでご配慮願えますか」

 彼らもまた疲れているようだった。きっと噂を正そうとしてくれたのだろう。本来は同胞が理由なく別の種族を襲ったのなら、恥に思うべきだ。正当化しようとしている自分たちの仲間が許せなかったに違いない。

「なんかごめんね。こんな時期にきちゃって」

「それワこちらが言うべきことです。あなたをきちんとおもてなしできずに、ほんとうに申しワけない」

 あまりにも何度も、深く頭を下げるので、かえってヨフのほうが困ってしまった。

 彼らは日持ちするような食べ物を分けてくれた。それから宿賃と馬の飼育料を無料にしてくれた。

 ヨフは石を投げられながら、獣の街を出た。



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