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Soul cradle

「おい、半魔。聞こえてるか?」

 レトはレセナを通じてアルに呼びかける。

「なんでしょう?」

 アルが寝ぼけ眼をこすりながら答えた。

「妙な目と赤い髪とねずみ色の肌の悪魔に追われてる。殺るから対策を寄越せ」

「……、黒目と白目が反転した目ですか?」

「そうだ」

「逃げてください」

「あ?」

「それはカクと言います。最強の悪魔です」

「知るかよ。てめえは馬鹿みてえに悪魔の情報だけ吐いてろ」

「では、とりあえず。名前はカク。災いの悪魔。『燃の魔法』を使います。その能力は半径十メートル以内の物を無条件に燃焼させます」

「無条件?」

 眉間に皺がよる。

「ええ。燃えないものでも燃やせます」

「例えば鉄や、霧もか?」

「はい」

 火炎を苦にしないはずのヴァストローデが瞬殺された理由がこれだった。

「吸石……、失礼、ミスリルならば少しは持ちこたえられるでしょうが、ワタシは怒りに任せたカクがミスリルの壁を燃やし尽くしたところを見たことがあります。人間の戦える相手ではありません。注意すべき悪魔として名前を出さなかったのは、彼はベルリアと折り合いが悪くてこの戦いに参加していないと思っていたからです。不注意でした。謝罪します」

「対策は?」

 あくまで抗戦を主張するレトに、アルはため息をつく。

「アハトと、ヨフはいますか」

「ん、ぐ、い、いるよ」

「俺もいます」

 レトに抱えられていたヨフが獣の魔法の再生能力で回復する。

 『音の魔法』を通じて少し離れた位置からアハトの声。

「アハトの『盾の魔法』ならば燃焼に対抗できるかもしれません。ヨフの『獣の魔法』ならば燃えた先から新しい細胞に回復すれば多少どうにかなるでしょう」

「俺は?」

 レトが不満げに言う

「退いてください。といいたいところです」

 犬歯を剥きだしにしてレトは笑う。敗色の濃い難敵に挑むことこそがレトの渇きを癒す。レトはこの戦争がはじまってから、これまでになく生きている実感を得ていた。身震いするほどの歓喜がレトの脊椎を駆け登る。レトは戦いを求めて流浪の人生を送ってきた。傭兵としてだけではなく、時には犯罪集団や宗教組織にも手を貸した。だがそれらが齎した戦いは決してレトを満足させなかった。

 レトレレット=ウェイバーという絶対的な個人を相手にするには、人間は脆弱すぎるのだ。

 勝利を。あるいは劇的な敗北を求めてレトレレットは足を止めた。

 振り返ると炎の死神が彼の後ろに立っている。



 レトがイスナを投げる。気を失ったままのイスナが地面の上を転がって止まった。

 追ってきたカクが待ち受けるレトと視線を合わせる。十五歩の距離。まだ燃の魔法の間合いの外だがもうわずかで内側に入る。そこへ横合いから飛び出してきたのが、アハトだった。ショートソードを手にした真っ白な髪の少年。幾分不意を打たれたもののカクは燃の魔法で迎撃する。アハトは「盾の魔法」を使った。この魔法の能力はアハトに触れているものの、エネルギーをゼロにする。燃焼とは分子同士がぶつかりエネルギーを放出する現象に他ならず、エネルギーをゼロにされれば燃えない。あらゆるものを燃やすカクの魔法に対してアハトは完全な耐性を持っていた。

 しかしこの魔法には大きな欠点がある。

 それは自分から相手に対して与えるエネルギーさえもゼロになってしまうということだ。刃は通らず、殴っても何の威力もなくなる。アハトの持っているショートソードは、この魔法を使っている限りただのガラクタに過ぎない。が、カクはそれを知らない。繰り出された剣を避ける。体勢を崩した隙をついて側面をとったヨフが強襲する。灰色熊の太い腕がカクに迫る。

 そしてそれが一瞬の内に凄まじい勢いで燃えあがった。熱と痛みに耐えながら腕を振るう。垂直に近い方向から振り下ろされた灰色熊の腕は、カクを叩き潰した。火の粉が散る。経験上この程度では悪魔は死なないと断じたレトとアハトが走る。散った火の粉が集束してカクの形を作っていく。

(身体ごと炎になれるのか?)

 アハトが驚嘆する。いままでにないタイプの悪魔だった。大抵の悪魔は剣が効く。弓も効くし、性質によっては毒や失血も効く。だがこの悪魔に対しては効かないかもしれない。絶望がよぎる。務めてアハトはそれを振り払う。

「うぅぅ……」

近距離にいるヨフが二撃目を繰り出そうとした。が、カクに到達する前に灰色熊の腕が人間の腕に戻っていく。魔力が尽きたのだ。わずか二回の邂逅でヨフは再生のための魔力を使い果たしてしまった。アハトが割り込んで炎を防ぎ、ヨフを連れて10メートルの範囲から脱出する。アハトは自分の『盾の魔法』も長くは持たないことを自覚する。追おうとしたカクに、ミスリルの大剣を盾にしながらレトが接近。剣に隠れていない柄を握っているレトの指が燃え上がる。レトは大剣を手放したが、同時に剣の横腹をカクに向けて蹴り飛ばした。大剣がカクに激突。吹き飛ぶ。レトが大剣を拾う。木立の影にヨフを横たえてアハトが戻る。背面から木に衝突して頭部をぶつけたカクがわずかによろめきながら立ち上がる。後方のヨフを庇うようにアハトが立つ。カクは炎化によって物理攻撃を無効化できるが、完全に無力化できるわけではないようだ。なんらかの制約があるのかもしれない。例えば、魔力消費量? この悪魔は高い再生能力を持つヨフをたった二度の攻撃で焼き払うほどの魔力を放出し続けている。そのコストは莫大なもののはずだ。

 しかしアハトはカクの魔力切れを待てるほど、自分たちの魔力が残っていないことにも気づいていた。特にアハトの魔力は対峙しているだけで削られ続けている。

 大きく息を吐き、少し吸い込む。

 ひどく暑かった。カクの魔法によって森に火がついていた。

 不意に弓矢がカクの頭部に向かって飛来した。カクは無造作に矢を掴んで止める。

 遠くで別の悪魔にあたっていて、ようやくこちらにたどり着いた魔法使い、リファールの「影の魔法」が発動。矢と繋がれた糸の影が大きく膨らんで、カクの身体を駆け上る。首筋に達し、締め上げようとする。「駄目だリフ。逃げろ!」アハトが叫んだ。カクが矢の飛んできた方向へ手を伸ばす。カクが小さな声で何か呟いた。一言を最後に音が消えた。違う。あまりにも大きな音が炸裂したために一時的に聴覚が麻痺したのだ。森が大きく抉られて、その先にいたリファールが燃えているのが見えた。爆撃。急激な燃焼によって、空気を破裂させたのだ。秒速にして7000キロメートルに及ぶ衝撃波と、それから少し遅れてやってきた炎がリファールを殺した。アハト達はカクのことを近距離型の魔法を持つ悪魔だと思っていたが、それすら正確ではなかった。カクはアハトたちに向き直ろうとして、影が自分を離していないことに気づく。もう一撃、とリファールを見たが、リファールはたしかに死んでいる。カクを捉えていたのは別の魔法だった。イスナの「鎖の魔法」だ。

「小細工を」

 カクはその鎖を力任せに引きちぎる。影を装っていたリビトの『偽の魔法』が砕けて本来の鎖が露になる。鎖を握っていたイスナが引きずられ、身体ごと木にあたる。左肩の骨が外れた感触があった。

「イスナっ!」

 駆けつけたリビトが走りながら手を差し出す。

「あたしは残る! そっちのガキだけ連れて行け」

「っ、ごめん」

 力尽きたヨフを背負って、リビトが逃げていく。おそらくレセナからそういう指示が出ているのだろう。リビトの魔法は貴重だ。死なれたら戦況全体に関わる。レトやイスナの魔法はいくらでも代用が効く。この場に残らなかったリビトが悔しそうな顔をしていただけでもアハトは満足だった。リビトはアハト達を見捨てて戦場を離れることに抵抗を感じている。レトのほうはその表情について「大物の悪魔を自分の手で殺せなくて悔しいんだな」と非常に的外れな解釈をした。

「イスナさん、あなたまで貧乏くじを引く必要はないんですよ? 僕らはきっとこの悪魔を倒せない」

「舐めるなよ。ガキが」

 イスナは煙草を取り出す。そこいら中が燃えているので火種には困らない。

「というか足手まといなので出来れば帰っていただきたいかなぁと」

「……」

 イスナが振り回した鎖がアハトの顔面を打ちつけた。物理攻撃を完全無効化できるアハトには当然なんの影響も与えないが。

「来ますね」

 カクが爆撃を放つ。レトが右に、アハトとイスナが左に跳んで逃げる。いかに速い攻撃でも発生より速く逃げれば回避できる。カクは自分と相性の悪いアハトを避けてレトを追う。「はっ」レトは近場にあった木に向けて、大剣を振るった。根元近くを断ち切られてカクへと倒れる。生木は水分を多く含んでいるので簡単には燃え尽きない。それでも燃やせないことはないのだろうが、カクは倒木に対して魔力を割かず、膂力で木を弾きながらレトへ向かう。レトは薙ぎ倒した木によってカクを牽制しながら動き回り、自分に的を絞らせない。

 アハトがレトに向かって走る。イスナの手元から鎖が伸びた。『鎖の魔法』の能力は単調なものだ。鎖の伸長と硬度の強化、巻きついた相手を呪縛する。伸びた鎖がカクを打ち据える。カクは鎖を燃やそうとしたがこれもミスリル製らしく簡単には燃えなかった。代案として鎖を掴んだ。掌が焼ける。悪魔はミスリルに触れると魔力に干渉されて火傷に似た傷が残る。意に介さずに力任せに引いた。膂力差でイスナが引きずりだされる。カクの手元に陽炎が浮かぶ。爆撃。

「イスナさん!」

 アハトは咄嗟に両手を広げ、爆撃とイスナの間に割り込んだ。秒速7000キロメートルを越える衝撃波でさえ、『盾の魔法』の前に沈黙する。アハトは爆炎に包まれて効かない視界の中で、頭上を何かが通り過ぎるのを感じた。「お前はあとだ」カクの声が降ってきた。イスナを振り返るが、もう遅い。10メートルの圏内に踏み込まれたイスナが火炎に包まれる。一刹那あとに飛び込んできたレトがミスリルの大剣を突き出す。予想していたのでカクはあっさりとそれをかわした。レトが急いで大剣を引き戻す。しかし遅い。『燃の魔法』が発生し毛皮に包まれたレトの体表に火をつける。いまさら大剣を盾にしても間に合わない。カクの誤算はレトが引き戻した大剣で『燃の魔法』を防御すると思っていたことだ。レトはわずかに笑みを浮かべると眼球を焼かれないように目を瞑ったまま大剣を振るった。今度は予想していなかったために体勢を崩しながらカクは後方に跳んで剣をかわす。そしてカクの背後にはアハトが立っていた。

 カクはまだ自分が優位だと信じている。アハトの武器はショートソード一つ。火炎になれるカクにとって剣は致命傷をもたらす武器ではない。アハトに向かって『燃の魔法』を使う。『盾の魔法』に守られたアハトは燃えなかったが、『盾』に皹が入るのを感じる。魔力の枯渇が近い。ここで勝負を決められなければ自分たちは敗北する。跳んできたカクを、アハトは両手を広げて抱き止めた。『盾の魔法』がカクの身体からのエネルギーの放出を止める。拘束を脱しようと炎になろうとしたが、エネルギーの放出を止められたカクは炎になれなかった。

「やれ、レト」

「おう」

 大剣を手にしたレトがカクを貫いた。「馬鹿な、真似を……」カクが呟く。『盾の魔法』を自分ではなくカクを制御するために使っていたアハトも、カクごと串刺しになる。突き刺さった大剣は丁度二人の心臓を貫いていた。

「安心しろアハト。お前が盾になることで守れた人間は、俺が敵を斬ることで守ってやる」

 それは剣の街で生きてきたレトなりの死者への手向けだった。

「うん、任せた、よ」

 か細い声で答えてアハトが血の中に沈む。

 まだ少年だったアハトが、カクと共に死んだ。

「おい、終わったぞイスナ」

 レトは振り返って女の名を呼んだが、こちらも既に燃え尽きて、事切れていた。

「はっ。くふっ、かははは。あはははははっ」

 レトは急に可笑しくなって笑い出した。止まらなかった。

 やがてヨフを安全な場所へと引き渡して戻ってきたリビトがその肩を叩くまで、レトレレットは笑い続けていた。リビトが肩に触れた瞬間、レトは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。



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