Soul cradle
悪魔ガルバルーは突然自分を取り巻いた霧に違和感を覚える。視界が効かないほどの濃い霧だ。おそらく魔法による攻撃。そうあたりをつけて、しかし彼は霧の中を進んだ。人間に劣るはずがないという強い自負があったからだ。実際に彼は強力な悪魔だ。
霧の中に人影が浮かぶ。ガルバルーは影に向かって突き進む。しかし影はガルバルーが接触する前に消えた。どこへ? 辺りを見渡すと自分が人影に囲まれていることに気づく。おかしい、これほどの数の人間が進軍してくるのを見逃すはずがない。ゆらりゆらりと人影が近づいてくる。焦りと緊張がガルバルーを支配する。一旦退くべきだ。霧の外に脱出して立て直しを計るべき。ガルバルーは辺りを見渡し、人影の少ない一帯を見つける。そちらに向かって飛び退く。そこへ姿勢を低くして木蔭に待ち伏せていた吾妻雪見の居合いが襲い掛かった。ガルバルーは咄嗟に防ごうとしたが、抵抗は紙切れのように破られた。上半身と下半身を切り離されたガルバルーが地面に落ちる。
雪見の『閃の魔法』は納めた状態の刀に魔力を充填し、“抜刀からの初太刀に限りあらゆる物体を切断できる”という強力なものだ。ガルバルーの位置情報はレセナの『音の魔法』によって完全に雪見の元に届けられていた。
ガルバルーは何が起こったのかもわからないまま死んだ。
その霧はもちろん、ヴァストローデの魔法によるもので、霧の中をゆらりゆらりと動いていた人影はリビトの『偽の魔法』による幻影だ。さらに言えばガルバルーが他の悪魔から孤立していたのは霧によって隠れたジルクリフトの『帳の魔法』によって内と外の遮断が行われていたため。またレイフォールの『屍の魔法』による屍兵の対処のために周辺にいる他の悪魔が忙殺されていたからだ。
「仕留めた」
雪見が言い、そこから霧が晴れていく。
ヴァストローデが霧に他の悪魔を巻き込む。
「よーし、どんどん行こう!」
リビトが霧の中に幻影を発生させる。幻影に混じって屍兵達が進む。更にその中に混じって雪見やヨフが潜む。屍兵の放つ強烈な死臭が雪見達の体臭を覆い隠す。音はレセナの魔法によって封じられている。
視覚と聴覚と嗅覚の効かない戦いの中で、その周辺にいた六体の悪魔は抵抗らしい抵抗を見せることができずに惨殺されていった。
同じ戦法によって、後日人間はさらに五体の悪魔を倒した。分断にさえ成功すれば、悪魔に匹敵する能力を持つディベーロやヴァストローデを有しながら、更に数でも勝る人間のほうが圧倒的に有利だった。悪魔達は戦線を縮小してこれに対抗する。しかしそれでもまだ悪魔は人間を甘くみていた。
レトレレット、リビト、ヨゼフ、アハト、レイフォール、イスナ、ヴァストローデ、リファールの八人の魔法使いが更に三体の悪魔を撃破した。四体目にいままさにトドメを刺そうとしたとき、それが起こった。
霧の中に濁流が押し寄せてきた。山肌を引き剥がして膨大の量の水の波が山中を疾駆する。ありえない光景だった。
「っ……」
レト達は咄嗟に回避する。イスナが飲み込まれて、木に強く背を打ちつける。
濁流に乗ってやってきた一体の悪魔が、人間によって殺されようとしていた気絶した悪魔を抱いている。
「よくもやってくれたね」
静かな怒りを湛えて青い悪魔が言う。
思い直したように首を振って表情を憂いの色に変える。
「いいや、これは戦争なのだからほんとうは君達の手口を賞賛するべきなのだろう。だがここまでだ。この僕、クトゥルユーがこれ以上の君達の暴虐を許さない」
「ふざけるなよ? 怪我人抱いたまま俺とヤろうってのか? 舐めるな。捨てろ。てめえが強いのはわかる。だからそんなハンデ背負って、俺に殺される言い訳を作るな」
レトがミスリルの大剣を鼻先に突きつける。
クトゥルユーはそれを悲しい目で見た。
「そうだね。君の言う通りだ。しかし僕は彼を見捨てることはできない。となれば一先ず退場しよう」
逃がさないとばかりに、クトゥルユーを『霧』が取り巻いた。
霧の中に幻が現れる。それに混じってヨフが仕掛けようとする。
それらが、一刹那の間に一斉に燃え上がった。
「?!」
空気中に浮いていた霧の構成分子が、すべて焼きつくされて消滅する。霧の中に溶けていたヴァストローデが元のオルガ族の女性の姿に戻り、灰になる。人類最強の魔術師、ヴァストローデがいともあっさりと死んだ。焼け焦げたヨフが力尽きて転がっている。レトの判断は速かった。気絶しているイスナとヨフを掴んで後方跳躍、身を翻して逃げる。
潜んでいたもう一体、黒白の反転した瞳に真紅色の長い髪、灰色の肌を持つ悪魔がレトを追う。
「行くな、カク!」
クトゥルユーが叫んだが、カクと呼ばれたその悪魔は止まらなかった。




