Soul cradle
「先ずこちらの手札から明かしておきます」
小さく息を吸い込み、早口で言う。
「一つ、ライベアスの奇襲にワタシは関与していません。
二つ、なぜならワタシから彼に情報を届ける手立てがなく、あちらからもワタシに情報を届ける手立てがないからです。
三つ、その証明として、ワタシの知る限りライベアスはこの戦争を最も実際的に考えている悪魔です。そのライベアスが十人近い魔術師が王の街を留守にしていると知っていれば、兵隊だけの犠牲に納まるはずがありません。彼ならば一撃で盾の街を粉砕することを狙うでしょう。
四つ、そしてライベアスの取った行動があなた方に大した被害を与えていない。これこそ彼が何も知らないまま奇襲に出たという最も確実な証明ではないでしょうか」
「三百人近い兵士の命を失ったことを、大した被害を与えていないだと?」
とある陸軍中佐がアルを睨み付けながら言ったが、ラトルレイスやディベーロ、陸軍大将のメイナスなどは苦い顔をしている。
「言うな」
トラストウェイが悲痛な声を出す。
アルは笑ってそれを踏みにじった。
「あなた方も理解しているはずです。この戦争の当初、あなたがたは人間の戦争でそうするように、魔法使いを後方に置いたまま千人を超える兵隊を展開し悪魔に対して臨みました。しかし結果は惨敗に終わった。仕留められた悪魔はたったの一体。それに対して兵士の損害は六百を超えた」
「っ……」
「これは人間同士の戦で有効な通常の兵隊による人海戦術が、悪魔に対してまったく有効ではないという証明に他なりません。だから現在あなた方は魔法使いを主軸に据えた少数精鋭でことにあたっている。違いますか?」
誰も何も言えなかったのは、まったくもってその通りだったからだ。
王の街にとって多くの兵士はただ兵站を食いつぶすだけの存在に成り果てている。王の街が有する兵士はあくまでも対人間を想定したもので、剣の街が独自に研究しているような対悪魔の専門家ではない。
多種多様な魔法を持つ悪魔に前線を突破される。怯むな、かかれと指揮官ががなりたてる。敵前逃亡は軍事裁判で死刑にかけられる。しかしそれでも恐怖心は抑えきれない。相手は人間ではないのだ。どんな手立てが有効かもわからず、ただ飛び掛るしかない。それにいかに数が多くとも一度に掛かれる人数などたかがしれている。兵士たちは手の中の槍を頼りなく思う。自らを死路へ導く指揮官を憎む。死んでいった味方の屍を前に立ち尽くす。体よりも先に心が負ける。
そうした負の連鎖が呼び起こしたのが六百人の死傷者という大敗北だった。
むしろライベアスが三百もの兵隊を撃破したのは食い扶持が減ったために人間の助けになったと言える。補給に成功したとはいえ、兵站の状況は以前厳しい。さきほどアルがヨフに対して言いよどんだことがこれだった。
「わかった。これから先の話をしよう」
ラトルレイスが言う。
「陛下?! しかし……」
「では聞こう。あれがいったいどのような方法で外部の悪魔と連絡を取れたのだ?」
あれと言うときにアルを指す。
「それは……、悪魔の持つ特異な魔法によって……」
「王の街はミスリル壁の内にある。悪魔の魔法はこの壁を越えられない。仮に越えられたとしても、我らにはそれが伝わるだろう。そして決定的なことが一つ、彼の魔法は『薬の魔法』だ。この魔法が外部と連絡を取るに適しているとは、私にはまったく思えない。この議論は無意味だ」
若い陸軍将校が黙り込む。
「それよりもこれから先の話だ。我々は当面の兵站を確保した。更に外の街々との連携を回復し、兵隊と数人の魔法使いに兵站線の警護について貰っている。今度は我々が攻める番だ」
「街道の奪還ですか? こいつが手薄だといっていた南東の」
「それはおすすめできませんね。北西の街道を奪還できたのは、あれが奇襲だったからでしょう。一つを奪い返されればいかに指揮の下手なベルリアでも少しは考えます。手薄だった場所にもいくらか戦えるものを置いているはずです」
ふとアルはライベアスがなぜこのタイミングで奇襲に出たのだろうと考え付く。リビト達の一段はごく少人数で王の街を出たため、悪魔側はそれを察知できなかったはずだ。よって魔法使いの留守を狙ったわけではないだろう。元々ライベアスは主戦派の悪魔だが、亀のように硬く閉じこもっている人間を、少々の戦力で突破するのが困難なことも理解しているはずだ。本当に攻撃するつもりならばもっと大勢の悪魔を引き連れてこないとおかしい。
「わかっている。手薄と知れた場所が狙われたのだから、悪魔共はむしろ南東側の防備を固めるだろう。ここからの戦争は我々が元より反撃の手立てとして考えていたものとなる」
ラトルレイスはヴァストローデとリビトを見た。
リビトが苦い顔になる。
「そして街道の奪還により、我々は戦力の補充に成功した。レイフォール老がこちらに向かっているそうだ」
「“死霊術士”レイフォール? またずいぶんと悪名高い魔術師を呼んできたね」
何人かがはっきりと嫌悪を表情に出す。レイフォールが使う『屍の魔法』は死者の屍を操る。本来手厚く葬られるべき死後の尊厳を冒涜するものだ。ある意味でラクシェイムよりもさらに恐れられている魔法使いだった。
「ヴァストローデの『霧の魔法』、リビトの『偽の魔法』、ジルクリフトの『帳の魔法』、レイフォールの『屍の魔法』、これらを使って悪魔を陽動、分断、各個撃破する。悪魔が戦力の集中運用を取るまでにどれだけ数を削れるかが勝負になるだろう」
「悪魔の対立? 現状維持派と主戦派。利益の衝突。ライベアスは、孤立している……?」
アルはラトルレイスのまとめ上げた方針を聞こえていないようにブツブツと呟いている。
「どうしたのさ?」
見かねたヨフが訊ねる。
「ふむ、ものは相談なのですが」
「なんだ?」
「ライベアスを集中して叩きませんか?」
「ライベアスとはお前自身が避けるべきだと言っていた悪魔の名ではないのか?」
「はい、そうです」
不可解そうな表情のディベーロの問いにアルが答える。
「人間は兵站の問題を抱えていた。だから悪魔が王の街を包囲し続ければ自壊するはずだった。そうですよね?」
「ああ、そうだ。しかし我々は兵站の補給に成功した」
「はい。で、ライベアスは主戦派の悪魔です。ワタシの知る限りこの方針に同意している悪魔はそれほど多くなかった。悪魔達は街を包囲しているだけで勝てるので、積極的に打って出る必要がなかったからです。ですが兵站の補給に成功したがために悪魔は打って出る必要性が出ました」
頷く。これから戦いは激化するだろう。
「ところでワタシは前々から言っていますが、ベルリアというのは指揮が下手です。なので消極的な包囲戦から積極的な戦闘への方針の転換について、幾分時間が掛かると思われます」
「……つまり方針の転換前に、主戦派の中心であるライベアスを潰せば悪魔たちに大いに打撃を与えることができると?」
「平たく言えばそういうことです。おそらくライベアスは現在、孤立しています。少数で盾の街を襲ったのがその証拠。この機を逃せば元より強力な悪魔のライベアスに取り巻きがついて、更に撃破が困難になるかと」
ラトルレイスは少し考えてから言った。
「却下だな。お前の話には憶測が多すぎる」
「そうですか。まあ言ってみただけですので」
アルはあっさりと引き下がった。
「では、襲撃地点を絞り込む」
地図上の要点を指差し、アルの意見を求める。アルもすべての悪魔の居所について把握しているわけではなかったが、いくつかの情報を提供する。途中でラトルレイスとアル、それから陸軍の将校達とレトだけを残して、魔法使い達を仮眠させた。ここから先は神速の速さで動かなければならない。いざというときに魔法使いが疲労で倒れては話にならない。レトが残ったのはアルの監視とラトルレイスの護衛のためだ。
そうして半日ほどの時間が経ち、起きてきた魔法使い達が揃う。
「さあ、反撃を開始しよう」
ラトルレイスが宣言した。




