Soul cradle
「レセナさん。他の戦場の状況は?」
倒れたヨゼフを抱えてラクシェイムが馬を走らせる。
「みな勝利しました。しかしオルデンと、アストは死にました」
ラクシェイムは少し驚いた。魔法使いといえど悪魔と戦えば一体につき二人は死ぬものだと思っていた。死体が四つなければおかしい。だから一人撃ち殺して一体を殺すラクシェイムが軍事裁判にかけられて処刑されていないのだ。人間の魔法使い一人の犠牲に対して悪魔一体の撃破で済むことなどまずない。それはほとんどの場合、ディベーロやヴァストローデと言った奇跡のような使い手が絡んだときにだけ起こる幸運だ。アルディアルの齎した情報による効果はそれほどに大きかった。
「一番近い拠点を教えてください」
「関所を越えて北へ。ヨゼフさんの容態が悪いのですか?」
「はい。外傷は彼自身の魔法でどうにかしたようなのですが、衰弱が止まりません。なんらかの毒を受けたようです」
レセナはヨフを気遣うラクシェイムを意外に思う。味方殺しのラクシェイムと言われるほど、他の人間を気に留めない戦い方をする彼をレセナはただ冷たい人間だと思っていた。それは間違っている。ラクシェイムは確かに悪魔の撃破を優先的に考えるが、それは“そうしたほうが最終的に被害が少なくなる”からだ。彼自身はきわめて常識的で実際的な人間だった。
「ラクシェイムさんでしたっけ? ヨゼフさんをワタシのところへ連れてきてください」
アルディアルがレセナを通じて言う。
「どうして?」
「いまだから言ってしまいますが、ワタシの魔法は『薬の魔法』といいます。どうにかできるかもしれません。いえ、ワタシにどうにかできないならば他の場所に連れて行っても同じでしょう」
ディベーロ同様に、ラクシェイムは「こいつは信用できるのか?」と考えた。それにラクシェイムは悪魔を嫌っている。その憎悪の対象はアルディアルにも及んでいる。
だがヨフが受けたのは悪魔による毒。人間による治療よりも同じ悪魔のほうがどうにかできる可能性は高いはず。そうでなくても応急処置的な対処しかできない軍事拠点よりも、王の街に連れ帰ったほうがなんとかなる可能性は高いかもしれない。問題は時間だ。こうして迷っている時間さえ惜しい。
引き返して王の街へ戻ることを決める。ただでさえ強行軍のため馬の疲労が心配だった。ラクシェイムは咄嗟に自分の馬を捨てて、ヨフの乗ってきた馬に乗り換える。体重の軽いヨフを乗せていた馬のほうが疲労は少ないと思ったからだ。
しばらく行くとそれでも馬の足に限界が来る。
無理か……。ラクシェイムが諦めかけたそのとき、一体の影がラクシェイムたちが走ってきた方向から降ってきた。悪魔か? とおもって剣を抜きかけたが、降ってきた影はレトレレットだった。
「レセナに聞いていたんだが、乗れよ」
面倒くさそうに言う。
「え」
「早く」
言われるがままに四つんばいになったレトの大きな背中に乗る。『力の魔法』を使ったレトが馬よりも遥かに速い速度で駆け出した。四つ足で大きく撓るその体躯は、狼そのもの。ドグル族が「人狼」と呼ばれることを嫌う理由がわかる気がする。彼らは人よりも狼のほうが近しい存在だと考えている。盾の街に飛び込んだレトはレセナの誘導でアルディアルの部屋までヨフを運び込む。
「ご苦労さまでした。あとはワタシが」
アルディアルはヨフの体をベッドに横たえ、胸に手を当てる。呼吸が止まりかけている。同席していた人間の医師は「手の施しようがない」と言った。
「……ええと見られていると非常にやり辛いのですが」
さっさと出て行ったレトと反対に、ラクシェイムはねめつけるようにアルディアルを見ている。
「お前が俺たちの仲間を殺さないとは限らない」
ラクシェイムが冷たい声で言う。
「それもそうですね。ですが少しショックなものを見ることになるかもしれませんよ?」
あっさりと認めたアルディアルは、確認するように言う。
ラクシェイムは椅子の上に腰を下ろす。
「はい。これなら大丈夫ですね。では……」
アルディアルはヨフの首の後ろを少し持ち上げると、唇に自分の唇をつけた。
シンプルに言えばキスした。




