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Soul cradle


 ヨゼフが軍議に呼ばれ、城の廊下を歩いていると向こう側の通路からディベーロが歩いてきた。二人は一瞬だけ視線を合わせ、それから困ったように顔を逸らす。

「……いや、やめよう。俺が悪かった」

 ディベーロが眉間を押さえながら言う。

「ヨゼフ、君は強い魔術師だ。王の街は戦力を求めている。君がここにいることを俺が苦く思うのは、君が俺たちの力になれないからではない。君がすでに遠征に出たことがあり一体の悪魔を倒した経験があることを俺は知っている。ならばなぜか。君の年齢があまりに幼いからだ。もう少し言うならばこの血生臭い戦いに君を巻き込みたくないと思っている、俺の個人的な感傷からだ」

 ヨフは頷く。ヨフは今年で十二歳になる。まだ手足も伸びきっていない。同様の年齢の子供たちが幼年学校に通っている年頃だ。ディベーロはあの時、あの暗い森の中でヨフを拾い、王の街に帰ったあと親しい貴族であるカッセの養子とした。悪魔狩りを生業にしているディベーロは、あちこちを飛び回る都合上なかなか王の街には帰ってこなかったが、戻った時には必ずヨフの様子を見に来た。ディベーロには妻と娘がいる。遠い街で暮らしている。ヨフのことを自身の娘と同じくらいに大切に思っていた。

 しかし子供は必ず一人立ちするときが来る。

ヨフの場合はそれが幾分他の子供よりも早かったのだ。

「俺は君を侮っていた。どうか許して欲しい。そして俺たちに力を貸してくれ」

 右手を胸に当てて片膝をつく。ディベーロほどの偉丈夫がたった十二歳の子供に対して騎士の誓いのように礼を尽くしている姿は、傍からみれば奇妙に映っただろう。

 ヨフはなんだかそれがおかしくて吹き出してしまった。

「あははっ、なんでディベーロがそんなに下手に出るのさ」

 一通り腹を抱えて笑い転げ、小さく息を吸い込み呼吸を整える。

「わがままを言ってごめんなさい」

「ああ。ほんとうに、不安だったんだ。許してくれ」

 ディベーロは父親の声で言った。

そうしてからその権利を使うことをこれで最後にすることを決めた。

「行こう。みなを待たせている」

「うん」

 足取り軽く自分の後ろを歩くヨフはやはり子供のようで、これは難しい取り決めをしたとディベーロは苦笑する。

 会議室では既に喧騒が始まっていた。ラトルレイスがまだ見えていないため、好き勝手に意見が飛び交っている。隅でアルディアルが楽しそうにあちこちの会話に耳を傾けているのが見えた。ヨフはこの人は蛇のようだと思った。冷たい体と長い舌を持つ、自分の口よりも大きな獲物を容易に飲み込む、とても恐ろしい蛇。

 ラトルレイスがやってきて、全員がぴたりと話すのをやめる。彼女はこの瞬間は少し寂しいものだなと思う。可能なら自分も、あの喧騒の中で自由な意見を飛ばしていたかった。そうするには王族の肩書きは重すぎた。

「はじめよう。今回の議題は彼からどれだけ情報を引き出すかによるだろうが」

「いいですよ。なんでも訊いてください」

 椅子に縛り付けられたアルディアルが、やはり楽しそうにいった。

「主力となっている悪魔の情報を一通りくれ」

 陸軍少佐トラストウェイが言う。

 ちなみにこの頃はまだ禿頭ではない。

「主力、ですか。定義が曖昧で少し困りますね。とりあえずでライベアスにミグルリ、イトイーティッドにラブルヒルム、あとはあまり積極的に動いている悪魔ではありませんが、クトゥルユーですかね。特にライベアスは好戦的な悪魔ですから注意が必要です」

 すらすらと答えてみせる。嘘をついているならば事前によほど考えておかなければ出てこない早さだった。

「それらの魔法は?」

「ライベアスが『クジキ』、ミグルリとイトイーティッドは知りません。ラブルヒルムは『土』。クトゥルユーは『水』です」

「土と水は想像がつくが、“くじき”とはどういう魔法だ?」

「ああ、ええと紙とペンをいただけますか? それとできれば手だけでも縄を解いて欲しいのですが」

 ラトルレイスが許可を出した。どうせアルディアルの後ろにはレトが立っていて、剣の柄に手を当てている。なにかしようとすれば真っ二つだ。

 紙とペンを受け取ったアルディアルは「挫」と書いた。

「『挫』の魔法は相手に重しを載せる魔法だと思ってください。射程距離は手のひらの延長線上で、手のひらから上側には作用しません」

「近接戦闘を拒否するような魔法だな」

「ええ。まったくその通りです。かといって飛び道具も叩き落されるので有効ではありません。強力な魔法です」

 レトがつまらなさそうにあくびをする。

魔法の性質上自分に回ってくる獲物ではないことを察した。

「ところで前々から思っていたのですが、悪魔は吸石にあまり近づかないでしょう? 人間はなにを問題にしているのですか」

「吸石?」

「あの壁の素材のことです」

ミスリルのことだった。悪魔の間では吸石と呼ばれているらしい。

 ディベーロがラトルレイスを伺う。女王はうなずいて返す。

「先ず盾の街は壁の外側にある。壁によって守られてはいない」

「しかしいざとなれば壁の外の人間を中にいれることはできるでしょう?

 微妙な問題だった。王の街はある種の特区だ。貴族たちが高い金を払ってここに住居を構えている。だから平民を入れたがらない。彼らは盾の街が炎上してもそれを高みから見下ろしているだろう。ディベーロはそれには答えず、最初の問いにだけ答えた。

「最大の問題は兵站だ」

「兵站? ああ。食料のことですね。なるほど悪魔と戦争中となれば商人は近づきたがらない。軍隊が輸送しようにも、それは軍事行動の一端なので悪魔は襲撃の言い訳が立つ。ベルリアにしては上手い手ですね」

 アルディアルは少し考えたあと地図上の北西と南東の街道を指した。

「それでしたらこちらとこちらの街道は手薄かと」

 全員が息を呑んだ。

それは紛れもなく、ここにいるすべての人間が最も欲しかった情報に他ならなかった。

「なぜだ?」

「基本的に悪魔は戦地に移動してからも自らの住処に近い環境の場所に身をおいています。ライベアスは荒野の悪魔」

 西の一帯。最も大きく切り開かれた土地を指す。開拓されかけたところにこの戦争が始まり、放棄された地帯だ。

「ラブルヒルムは地層、クトゥルユーは川の悪魔です」

 アルディアルの指が、北東の湖から王の街の内部へと流れていく川と、王の街から真北に位置する周辺の山々をなぞっていく。

「このあたりは最も避けなければなりません。他の悪魔ですが、ベルリアに付き従う悪魔は総数50体程度です。しかしベルリアは指揮が下手だ。よってわりと各々好きな場所に散らばっているとみて間違いないです。それならば避けるべきは南の大森林、身を隠すにはもってこいの森の中、ここは兵隊の運用に向かず連携もとりにくい。単独での戦闘能力が非常に高い悪魔の独壇場です」

「貴様が能力を知らないというミグルリとイトイーティッドという悪魔はどうだ?」

「どちらも森の悪魔ですね。南にいます」

 断言してみせる。

「なぜわかる?」

 ディベーロがいぶかしむ。

「彼らはベルリアと行動を共にしていますから。ワタシもここに来る前はそこにいました」

 またしてもあっさりと、アルディアルは重要な情報を口にする。悪魔の首魁、魔王ベルリアの居場所はこれまで誰も突き止めることができていなかったのだ。

「決まりだな。北西の街道を取り戻し、悪魔たちが次の手を打つ前に物資を補給する」

「陛下。全面的に信用するのは危険です」

「時には賭け金を吊り上げることも必要だ。違うか?」

 ディベーロの制止を振り切る。結局なにもかもアルディアルの掌の上。

「北西の街道付近にいる悪魔は?」

「カーラントに、クロド、アグリシエル。取るに足らない、とまではいいませんが、先に」挙げた悪魔に比べれば遥かに小物です」

「三体か」

 ディベーロを含む将校たちは苦い顔つきになる。どうにかならなくはないが、厳しい数字ではあった。アルディアルがにっこりと微笑む。

「他の街道ならば六体からと戦闘になると思われますが」

 そちらはほぼ絶望的といい数字だった。例え倒せたとしても時間を食う。悪魔側の援軍がやってくる。泥沼の総力戦となれば勝ち目がない。一般の兵士達を投入するしかないが、どれだけの損害を受けるかわからない。電撃戦で突破して速やかに防備を固める必要があった。

「そいつらの魔法は?」

「アグリシエル以外は把握しています」

 軍議はカーラント、クロドについての魔法の講釈から、それらを討伐する魔法使いへの人選へと流れていく。

 最後に魔法の割れていないアグリシエルへ。当然ながら戦法の割れていないアグリシエルへ割り当てられる魔法使いは、最も苦しい戦いとなる。

「僕だね」

 『獣の魔法』を持つヨフが言った。この魔法は攻撃力こそ中の下程度だが、非常に高い再生能力を持つ。初見の敵への当て馬や時間稼ぎとしてこれほど優れた存在は他にいない。

「……ラクシェイム」

「承りました」

 ディベーロの指名を受けて青年が答える。

「ヨゼフ、倒せなくても構わん。なるべく長く引き付けろ。貴様らよりもよほど有利な条件で戦う味方が、早々に悪魔を片付けて増援にくるはずだ」

 カーラントの討伐に割り振られた吾妻雪見、リビト=マクラース、アスト=レイデン、それからクロドの討伐に割り振られたラーンスロット、オルデンがそれぞれ苦い顔をする。同じくクロドの討伐に振られたレトレレットだけは楽しげに笑っている。さっさと自分の相手を片付けてから、意地でも横取りしてやろうと考えていた。全員のバックアップを行うヴァストローデはいつも通り焦点のあわない目で天井を見ていた。

 今回人間側最大の戦力であるディベーロが参加しないのは、王の街の守りを留守にはできないからだ。他にも腕の立つ魔法使いはいるが、さすがにディベーロやヴァストローデほどの戦力は持たない。強力な魔法使いを手元に残しておかなければ、悪魔が大規模な奇襲に出た際、それだけで全滅する恐れがある。

「ラクシェイム、ヨゼフを決して死なせるな」

 念を押すようなそれに、ラクシェイムは返答しなかった。

 代わりにヨフが「信用がないなぁ」と拗ねた声を出す。

 ディベーロはため息を吐きながら「問題はヨゼフ、お前ではなくその男にあるのだ」と答えた。ヨフは小首を傾げる。ここに参加しているのは強力な魔術師や戦士ばかりだ。その中でそれほど問題視される使い手。ふと思い当たる。

「ラクシェイム……。ああ、“味方殺し”のラクシェイムさんか」

「ご存知でしたか」

「知らない人のほうが珍しいよ。悪魔撃破数0体の、最多撃破数記録のホルダーだよね。味方ごと撃ち殺すからあなたに撃破数が付かないんだっけ」

「自分ほどの働き者にボーナスが出ないとは、実に嘆かわしいことです」

 ラクシェイムは白々しく言ってみせる。

無論、露ほどにも彼はそんなことを考えていない。


 ちなみに次のことはこの戦争が終わってから判明するのだが、この戦争に参加した悪魔の数は実に五十五体にも及んだ。そのうちラクシェイムが撃ち殺した悪魔の数は十六体だ。残り三十九体のうち二十体前後はこの戦いを生き延びているため、この戦争に於いて人間が撃破した悪魔の半数近くがラクシェイムによって殺されていた。

 この戦における最大の英雄こそがこの味方の血に染まった男、ラクシェイム=エルス=キルドレインだった。



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