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Soul cradle

「アルゼティナ=ゼファ=オルティオンというのがあなたのお姉さまの名であるならば、おそらくそうですね」

「そうか」

 深いため息と同時に吐き出すような声だった。

「ちなみにどうしてわかったのですか」

「人間と悪魔は生物学的に違う生き物だ。そもそも悪魔というやつはどれもこれもどうして生物として存在できるのかというくらい不思議な体構造をしている。お前たちは人に近い形をした自然物の集積だ。そんな生き物と人間がまぐわっても子は成せない」

「ふむ」

「そして王家の血脈には代々守り続けている魔法がある。『(まじわり)』の魔法と言う。その効果は、あらゆるものとの融和。すなわちお前がここにいることだ」

「素敵な魔法ですね」

「本心からそう言っていそうで困るな貴様は」

「本心ですよ。ワタシが嘘をつく理由がどこにありますか?」

「そうか」

 少し間があった。

とんとんとアルディアルの足が楽しげに床を打つのが聞こえる。

「姉はどうしていた?」

「端的に言ってしまえば壊れていました。あの人は憎悪と復讐の亡霊です。なにがあったのか知りませんが、毎日楽しくすべての人間が滅びることを願ってましたよ」

「それがお前たちが、ベルリアが人間の絶滅を願った理由か?」

「いいえ、それは単に人間による街の開拓や経済活動によって住処を追われ、逼迫した悪魔の事情によるものですよ。一因になっていないかどうか、というのは否定できませんが」

 また少しの沈黙。

「ワタシからも少し訊いてみたいのですが、いいでしょうか」

「ああ、答えよう」

「ワタシの母というのは、人間の傍にいたときはどういう人だったのですか」

「聡明な人だったよ。そして苛烈な人だった。貪るようにあらゆる知識を得て、改革を行ってそれに則さない人間を排除していった。例えば貴族がしこたま溜め込んだ金を、紙幣を大量に刷って流通量を上げて価値を下げ、ゴミクズのように変えた。あのときの父の苦虫を噛み潰した顔ときたら、いま思い出しても溜飲が下がる」

 押し殺した笑い声がした。

「主要な街だけでなく端々の街にまで街道を通したのも姉だった。おそらく狭い範囲の経済活動に限界が来ることをいち早く悟っていたんだろうな。自作の作物を広めて輸出したい農の街や、仕事の受注が欲しい道の街などを味方につけて小規模な街への投資を広く行った。いくつかは失敗したが、いくつかは成功して産業集積が起こり徐々に規模の大きな街へと発展しつつある」

「ワタシの知っている母からは想像もつかない」

 楽しそうな声色でアルティアルが言った。

「母は四六時中人の影に怯えていました。ベルリアは優しい男でしたから、何度か母を人の下へ返そうと試みたのですがそのたびに涙を流して半狂乱になっている母しかワタシは知りません。実に楽しい人でした」

 アルディアルの言葉は冗談を言っているのか本気なのかまったくわからなかった。

 声だけでヨフが一つだけ感じ取ったのは、アルディアルはそれを本当に心の底から楽しそうに話していることだ。

「姉が惜しかったのは理論的な正しさはあったが、政治的手腕がまったく伴わなかったことだ。姉には血脈を含めた自分の正しさの他、頼みとするものがなかった。だから不正と自己の権益を愛するこの王の街に住むほとんどの人々から恨まれ、憎まれ、貶められた。そしてその主導を取ったのが、私の母だった」

「へえ。あなたとアルゼティナは姉妹ですよね? ということはアルゼティナの実母ですか?」

 アルディアルは混同を避けるためにわざと自分の母親の固有名詞で話す。

「いいや、私と姉は異母姉妹だ。姉の母はそれよりもだいぶ昔に亡くなっている」

「人間の親子関係は複雑なのですね」

「王族のそれは特にな」

「続けてください。あなたのお母様はなにをされたんです?」

「第二王女である私に王位継承権を収めさせるために、姉を暗殺した」

「ほう」

「姉は第一王女だったからな。王が崩御すれば王権は姉に渡っていたはずだった。私には『王様はあんたがなれば? あたしはいまの立場が楽しい』と言っていたが、誓約書には残していなかったから誰も信じてはいなかった。書文に王位継承権を放棄すると残さなかったのは、第一王女の肩書きのほうが仕事をしやすかったからだろう。姉も暗殺を防ぐために護衛を立ててこれに対抗はしていたが、動かした人間の規模がまるで違ったからどうしようもなかった。殺されることだけは防いだが、そのまま音沙汰なしだ。風の噂でどこかの貴族に捕まったと聞いた。おそらくそこで、人間すべてを呪わざるを得ないような扱いを受けたんだろう」

「そうですか」

 暢気な声だった。この愉悦の塊のような男は“人間すべてを呪わざるを得ない扱い”にピンときていないようだ。

「ちなみにそのほかの関係者は?」

「私の母を含め王の街の要職から退いていただいた。いまは私が王だからな。それくらいの強権はある」

「魔王とはえらい違いですね」

 くくく、と声に出して笑う。

「ようするに、貴様は私に復讐する権利があるということだ」

「それはいいことを聞きました。今後の参考とさせていただきます」

「奇妙なやつだな貴様は」

「生い立ちからしてそれはもう奇妙ですから」

「一つ頼みがある」

「なんでしょう?」

「お前が人類全部を殺すならば、私を最初に殺しに来い」

「約束しかねますが、心に留めて置きましょう」

 舌打ち。

「甲斐性のないやつめ」

「その点においてはこの天地に及ぶものがないと自負しておりますね。ワタシは徹頭徹尾、頭から尻の先まで自分の楽しみのために生きています。魂の一滴に至るまでワタシの楽しみのために使い尽くして見せますよ」

「他に何か聞きたいことは?」

「いいえ、十分です。実に楽しい話が聞けました」

「部屋を用意させる。好きに使ってくれ。それと念のためにいっておくが、姉の子だということは秘密にしておいて欲しい」

「どうしてですか」

「おそらく政務官共が怒り狂って総力でお前を亡き者にする。王家の血筋というのは奴らや民草にとって侵されてはならない神聖なものらしい」

「わかりました」

 人間が総力をあげて自分を誅殺する、それはそれで楽しそうだなという声色でアルディアルが答えた。

 ラトルレイスが席を立つ。扉のほうに向かって歩く。ヨフは慌てて、足音を立てないようにその場を離れる。見つかる。まずい。そう思った瞬間、「ところでラトルレイスさん」絶妙なタイミングでアルディアルがラトルレイスを呼び止めた。

「なんだ?」

「ワタシは当面縛られたままなのでしょうか」

 あまりにも平然とした態度なのでラトルレイスはすっかり忘れていたが、アルディアルは両手足を椅子に括り付けられたままだったのだ。無言でつかつかと歩み寄り、ラトルレイスは縄と格闘する。縄はレトレレットの剛力によってみっちりと締められていたので、しばらくがんばった末に結局衛兵を呼ぶことなった。ヨフはその合間にそこから離れることができた。



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