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Soul cradle


 ヨフが扉を開けると、王の街の魔法使い達が勢ぞろいしていた。

レトレレット。

 剣の街の出身で「力の魔法」を使い、白兵戦において圧倒的な戦力を誇る。ドグル族という種族で、ヒュルム族とは比較にならないほど筋肉が発達している。

 ヴァストローデ。

 失われた種族と言われるオルガ族の末裔で青白い肌をしている。戦闘中以外は焦点のあわない目でいつもぼーっと上を見ている。いつも歪なにやけかたをしていて、何を考えているのかさっぱりわからない。しかし人間の有する魔術師の中で最高の戦力と言われている。

 ディベーロ=ウルエルガ=マキナウォール。

 数々の強大な悪魔を打ち倒してきた英雄。「鋼の魔法」は近、中距離では圧倒的な攻防力を誇る。青銅色の髪が目立つ。ヨフと目が合い、逸らされる。どうやらこの戦いに志願したことをまだ許してもらえない。

 それから最後に、ニコニコと楽しそうな顔つきで椅子に縛られている男がいた。針金のように細い足が、足首だけでトントンとリズムを刻む。彼は悪魔だ。「人間と話がしたいから両手足を縛っていいので、偉い人のところに連れて行ってください」と言いノコノコ乗り込んできたのだ。本来は即座に殺すべきなのだが、その“えらい人”がその気になってしまい、こうして身動きを取れなくしている。

 ヨフの後ろをついてきていた美しい女が、悪魔の前に歩み出る。突然の行動に慌てつつディベーロが、二人の間に入る。

「あなたが人間のえらい人ですか? はじめまして。ワタシはアルディアル。悪魔です。あなたのお名前を教えてください」

 実に楽しそうに言う。

 女はディベーロを弱く押しのけ、アルディアルと名乗った悪魔を見下ろした。

「わたしはラトルレイス=マナ=オルティオン。人間の王族だ」

「王族! 実にえらそうでいい響きだ」

「無礼な口を叩くな。殺すぞ」

 ディベーロが冷たい殺意をアルディアルに向ける。鋼の魔法が大鎌を作る。一秒もあればアルディアルの首は地面に落ちているだろう。この悪魔がどんな魔法を使うにしても、レトレレット、ヴァストローデ、そしてディベーロの三人に近距離に立たれては成す術はない。

「無礼? それを言うならそもそもワタシを簀巻きにしているのはどうなのですか。ワタシはベルリアの息子です。言うならば悪魔の王子ですよ? あなたがたこそ無礼なのでは? 頭が高いですねえ」

 けたけたとおかしそうに笑う。本気で殺そうとしかけたディベーロをラトルレイスが手を上げて制する。

「アルディアル。わたしは建前を好まない。話とはなんだ?」

「いいですね。単刀直入だ。好感が持てます。ではこちらも率直に言いましょう。ワタシを仲間に入れてください」

「あ?」

 レトレレットがしかめつらを作る。

ヴァストローデが「くひひっ」と表情を変えずに声を上げる。

「ワタシの知っている幾らかの悪魔の情報を教えます。で、ワタシの望みは人間がワタシを殺さないこと、自由を奪わないこと、衣食住に困らない環境を用意すること、この三つです。約束していただけますか?」

「閣下。やはりこいつはこの場で殺しましょう」

 ディベーロが鋼色の目で言う。ディベーロからすれば信用できない味方など論外だった。戦力に困った王の街の軍隊は、ゼラという盗賊紛いの傭兵や、怪しげな暗殺者まで雇い入れている。これ以上そんな連中が増えることは好ましくない。

 しかし実際に現場に立つディベーロの考えは、指揮官であるラトルレイスには届かなかった。ラトルレイスは使えるものならばなんでも使う。

「いくつか訊く」

「どうぞ」

「お前の目的は?」

「決まっているじゃないですか。人類の絶滅ですよ」

 殺気立つディベーロをラトルレイスが制する。続きを促す。

「現在悪魔たちがとっている方法では人類の絶滅は不可能です。おそらく最初からやる気がないんでしょう。悪魔の多くは逃げる人間の兵を追わない。また兵士以外の民を手にかけません。ベルリアが謳う“人類の絶滅”というのは、人間に対する威嚇と自分たちの士気を保つための詭弁に他なりません。ですがワタシは本当に人類を絶滅させたいのです」

「それだけか」

「まあ人間の側に立つという発想があったのは、ワタシが半魔だからでしょうか」

「ぁんだと?」

 興味がなさそうに聞いていたレトが眉間に皺を寄せる。

「半魔。人間の間では“デミゴッド”として伝承が残っていると聞きましたが、人間と悪魔の混血ですよ。ワタシの母は人間です。つまりベルリアと人間の間に産まれた子なのですワタシは」

「これは興味本位で訊くが、歳はいくつになる?」

「十四です」

 ヨフ以外の全員が息を呑んだ。悪魔の生態にはわからない部分が圧倒的に多い。既に手足の伸びきり、青年の風格のあるアルディアルを目の前にして十四歳の少年だとは誰も思っていなかった。ヨフは、へえ自分とそんなに変わらない年齢なのかこの人は、と思った。そしてラトルレイスがわずかに青ざめたが、アルディアル以外の誰もそれに気づいた様子はなかった。ラトルレイスが小さく息を吸い込み、どうにか普段の気勢を取り戻す。

「とりあえずお前の言う悪魔の情報とやらを寄越せ。すべて話せとは言わない。いまはまだ出し惜しみして構わん。役に立つと判断すれば、お前の条件を飲む。そのとき残りを話してくれ」

「いいですよ。なんでも聞いてください」

 ラトルレイスはディベーロを見る。悪魔のことであれば専門家であるディベーロに任せるべきだと判断したのだろう。

「……悪魔の中に長距離狙撃が可能な火炎系の魔法を使う者はいるか?」

 こう訊ねたのは、先日仲間の魔法使いが何の前触れもなく体に穴が開き、燃え上がったからだ。近くに敵の気配はなかった。それから数十人の兵士が同じように焼かれた。その不可視の死神は、なまじ正面から強力な悪魔よりも大きく軍の士気を乱している。何せいつ死ぬか、どうやって死ぬかわからないのだ。

「長距離狙撃の火炎系ですか。炎系統の魔法を使うカクという悪魔はいますがおそらく違いますね。他に特徴はありますか?」

「夜襲を行わない」

 悪魔達は夜に活動することが少なくない。

 だがその突如燃え上がる現象は、夜間だけは起こらなかった。

「雨の日にはありましたか?」

「わからないが、俺の記憶する限りなかったように思う」

「ああ、わかりました。それはガルトルイでしょう。『束の魔法』を使います。長距離狙撃の正体は日光を“束ねた”ものです。だから夜襲を行いないのだと思います。火力の高い悪魔ですね。天気の悪い日は光が弱く、水分が光を乱反射して威力が弱まるので出てこないのでしょう。集束に時間が掛かるので接近してしまえば攻略できるかと思われますが、するまでに何人か死ぬでしょうね」

 すらすらと答える。とりあえずの矛盾もない。嘘をついているような様子はなかった。が、100%信用するのは危険だとディベーロは心に留めておく。

「対策は可能か?」

 ラトルレイスが訊ねる。

「ええ。いまこいつが言ったことが本当ならば可能です。丁度そこに相性のいい魔法使いがいますから」

 ヴァストローデを指す。「けひっ」当のヴァストローデは無機質な目をディベーロに、そしてアルディアルに向ける。

「オルガ族、とお見受けしましたが」

「くけ?」

「ああ、ええと、クエ、イ、クキキ、キヒ、ヒ。イイア、イ、クケキキ?」

「クケ、ケ、アイナヒ、イ。アイザイ、ア、イヒ」

 ヴァストローデがわずかに口元を笑みの形に変える。

「お前、オルガ語がわかるのか?」

 ディベーロが驚いて訊ねた。オルガ族自体が絶滅寸前の少数民族なのだ。鬼神に連なるといわれているオルガは恐れられ、それゆえに弾圧され、数を減らしてきた。いまでもオルガと悪魔を混同するヒュルムやドグルは多い。

「まあ少しですが」

「何を話した?」

「“あまり話さないようですが、もしやヒュルム語がわからないのですか? 通訳しましょうか?”と言ったのですが、“いいえ、大丈夫。ただ発音が苦手なだけなの”と」

「……、ちょっと待て。ヴァストローデ。そもそもお前女だったのか?」

「けひっ」

「いまのは何と言った」

「ゴミめ、です」

 鋼の魔法を動かしてアルディアルの首を刈ろうとする。

「あの、一応言っておきますが、ワタシは通訳しただけですよ?」

「……ああ、そうだったな」

 ラトルレイスが冷めた目でディベーロをにらんでいることを確認して、刃を収める。

「時間が惜しいな。さっさと始めよう。こいつの見張りは」

 適当な人選を思い描いたディベーロをラトルレイスが制した。

「いや、いい。こいつに戦力を割いている余裕はない。件の悪魔の撃退に向かってくれ。出現地点のおおよその目安はついているのだろう」

 ディベーロは鋭い目つきでアルディアルを見る。信用できるかどうか決めかねている。ラトルレイスの命に背いてでも彼の首を刎ねるべきではないか?

「ディベーロ」

 促されて、やむなく重い息を吐いた。

「ヴァストローデ。来い。お前を中心に対策を組む」

「くひっ」

 ディベーロは努めてヨフを無視するようにして、その隣を通り過ぎた。ヨフもどことなく気まずくて顔を背ける。

 ヴァストローデの口元が歪に笑んだ。楽しげにアルディアルに顔を向ける。「カッ、グイ、アレミ、レリ、ア」アルディアルは笑みを返して「エッ、クキキ、ケレヒ、アザ」と言った。「くひっ。キッ」それからディベーロに続いて部屋を出て行く。

「……」

「ああ、ええっと」

「いや、わかっている。『楽しい人ね。一目ぼれしちゃった』と言ったのだろう? それに対してお前は『よろしければ今夜寝室へどうぞ』と言った。ヴァストローデは『ええ、きっと』と答えた」

「オルガ語がお分かりになるのですか?」

「これでも王族なのでな。勉強した」

「素晴らしい! これだから人間は素敵です! 悪魔ときたら生まれつきの能力にかまけて努力というやつを知らない。行わない」

 アルディアルは本当にうれしそうな顔で言う。傍で会話を聞いていたレトレレットが理解不能な顔つきで彼らを見ている。というかレトレレットにはヴァストローデがそんなキャラクターだったとは思いもしなかった。

「レト。すまないが部屋から出ていてくれ。ヨゼフ。君もだ」

「いいのかい?」

 大剣を手にしているレトはアルディアルがもし何かしようとすれば即座に殺すことができる。ラトルレイスの傍にいるヨフはアルディアルが何かしようとすれば即座に守ることができる。護衛を遠ざけてまで悪魔と話す内容。思いもつかないがラトルレイスは王族としての真摯な視線でそれを求めている。

「レセナ、『音』の魔法を解いてくれ」

 返事はなかったが、魔法使いであるヨフやレトには魔力の気配が引いていくのがわかった。レセナの『音』の魔法の効果範囲に設定した場所の音を完全に拾い上げる。その気になれば街一つの音を完全に把握することもできる。さらにこの魔法は遠話の能力も持っている。人間側の切り札の一つだった。彼女の力なしでは魔法の力で圧倒的に劣る人間は悪魔に抗し得なかったかもしれない。

 この魔法を使っていたのもまたアルディアルが何かしようとしたときに迅速に動けるための備えだ。

「ま、いいならいくけどよ」

 レトがヨフを促して部屋を出る。ヨフはちらりとアルディアルを見た。アルディアルはやはり笑みで応えた。扉が閉まり、部屋の中のアルディアルとラトルレイスが視界の中から消える。

「妙なやつだな。いけすかねえ」

 退屈だったらしいレトは早足で外に出て行った。ヨフは一人残されて、少し悪戯を思いつく。ヨフは聞き耳を立てた。獣の魔法を使い、耳を梟のそれに変化させる。梟は聴力が人間の三倍以上あり、遠くを駆け回るネズミの足音さえも聞くことができる。最初のうちは可聴範囲の調整に少し手間取い、人間の耳との聞こえ方の違いに戸惑ったが、ヨフは何度かこの魔法を使ってのいたずらを楽しんでいたので魔法を構築するのは早かった。

「お前は」

 わずかに震えているラトルレイスの声が聞こえた。

「お前は姉の子か?」


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