2 獣の街
それからそんなに時間が掛からずに、獣の街に辿り着く。
「旅人だけど、入れる?」
ヨフが訊ねると、管理所の人は難色を示す。彼もドグルだった。
「あなたが銃の街の者でないという証明ワ可能ですか?」
青年からもらった腕章を見せる。
「レックさんからこれをもらったんだけど」
腕章を取り出したときに、一瞬目つきが恐くなった。ヨフがレックを殺して奪い取ったのではないかと思ったようだ。しかしそれなら名前を知っているはずがないので、すぐに誤解は解けた。元々険しい顔つきながら、表情が柔らかくなった気がする。
他の種族の表情というのはどうもわかり辛い。
「ああ、たしかに彼の物ですね。申し訳ありませんが、荷物のチェックだけさせていただいても、構いませんか? 問題がなければ、許可証をだします」
「うん、いいよ」
ヨフは自分の持っていた荷物を手渡す。
管理所の人は中身を一つずつ取り出し、慎重に検分していく。武器らしき物はなにもない。火薬なども持っていない。
そもそも大半が食料と水だった。日持ちのする干し肉や缶詰が中心だ。さまざまな作業のために持ち歩いていたナイフは、武器としてはみなされなかったらしい。それから持ち歩いているぶんのお金が入っているくらいだ。しばらくしたあと、ヨフは名前を訊かれ、許可証をだしてくれた。荷物も返される。
「旅人さんの食料って大豆や米粉を練って作ったような味気のなさそうなものが多いのですが、そういうものワ少ないのですね」
「あっはっは……。食い意地が張ってるんだ」
ヨフは力なく笑った。
「家名を持っているということワ、あなたワ魔道士さんですか?」
「う……、そうなんだけど」
入街に対して不利かなと思い、歯切れが悪くなる。魔道士は武器を持たなくとも人を殺せるからだ。しかし隠しておくのもなんだか嫌だった。
「銃の街に魔術師ワいません。彼らワ魔術師もまた、忌み嫌っています。許可証を撤回ワしませんよ」
「よかった」
「ところで下世話な趣味からの質問なのですが、旅人たちがそういった米粉や大豆の食料を持つのワ、彼らが貧乏だからと聞いたことがあります。ですがあなたワどうやらお金をたくさん持っているようだ。でも貴族でワないと言う」
答えづらい内容だった。
「ちなみにお身内の方に『二十七人の英傑』ワいますか?」
言葉に詰まった。ヨフがなにも言わないので、彼のほうが切り出した。
「意味がワからないなら、聞き流してください。この街に、レイフォールがいます」
ヨフは思わず息を呑んだ。
「でワ、ルーレイスのご加護があなたにもあることを」
彼は言い、にやりと笑って門を開いた。
化かされたような気持ちで、ヨフは街に入る。さっき言われたことを反芻する。『二十七人の英傑』の一人。“死神”レイフォール=エルスバーク=アギドルク。
二十七人の英傑とは、かつて一人の強大な悪魔が人類を駆逐しようと乗り出した。それを止めるために戦い、勝利したときに生き残っていた二十七人のことを言う。ヨフは溜め息を吐く。ヨフは少なからず、銃の街にこの街が滅ぼされてしまうのではないかと思っていた。が、その心配はなさそうだ。
聞かなかったことにしよう。
ヨフは思い、地図を見ながら宿を探す。
獣の街は街全体が森の中にあった。そういえば林業で生計を立てている街だと聞いた事がある。家屋などもすべて木の幹をくりぬいて住居にしていたり、木材を組み上げたりしていた。通りかかる人々に、ヨフは白い目で見られる。戦時にあっては当然のことなので、あまり気にしないことにする。
あたりまえかもしれないが、市場には肉が多かった。ドグルは肉を好んで食べる。果実類などは少ないし、安かった。あまり売れないんだろうなと思う。買ってみたが、美味しくはなかった。農の街のような専門にしている場所から輸入したものではなく、森で採ったものなのだろう。品種改良がされていないのだ。あるいはそもそもドグルとは味覚が違うのかもしれない。
「食べすぎワ体に悪いよ。他の国のと違って、農薬を使ってないからね」
と、商人さんは言っていた。
「農薬を使ってないからって、どういうこと?」
ヨフは首を傾げる。
農薬って体に悪いんじゃないだろうか?
「使い過ぎなけりゃそんなにワるいもんじゃないんだよ。農の国なんかワ審査基準が厳しいからね。農薬の毒より虫や鳥なんかから身を守るために、植物自体のだす毒のほうが強いくらいさ。ダメな薬品は、あっちじゃ軒並み規制されてるらしいよ」
「へえ……」
初めて知った。ヨフはそれほど野菜が好きではないから、元から気にしてはいなかったけど。
「うワさだけどさ、森で食った果実から寄生虫に感染して、腹の中で育ったそいつが中身を食い破って外にでてきた。って話があるらしいよ」
ヨフは食べていた果実を落としそうになった。
「おっと、ごめんごめん。あんたがヒュルムだから、つい意地ワるしちまった」
もう一つつけるから許してくれよ。
と、店主さんが言ったが、ヨフはそれを受け取れなかった。




