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10 機械の街

 ばちんと電気的な光が爆ぜた。続けてぎちぎちとゼラの内部で配線が無理やり繋がれていく。魔力によって。

「な、おまえ、いつのまに、どうやって?!」

 一際大きな電光のあとにゼラは自分の首から脇差を引き抜く。

「どうやって、って、私は“心”の悪魔ですから。肉体は私にとって媒介の一つに過ぎません。クトゥルユーが水になれるように私が“心”になれることはそう不思議なことではない気がしますが。むしろ特定の電気信号の配置に過ぎない心への変化は他の悪魔の行う変化に比べて常識的ではありませんか?」

 ゼラの目が、絶望で濁った気だるいまなざしでヨフとルピーを見る。

「あら、ヨゼフさん。よく会いますね」

「ディア、ルラ……?」

 心の魔法が周囲を包んだ。即座に戦闘態勢に戻ったルピーが構える。ヨフも獣の魔法を使い、前回ディアルラを破った昆虫への変化を行おうとした。瞬間、ヨフは凄まじい飢餓に襲われた。空腹で堪らない。なにかを口に入れないと気が狂いそうだった。ふと目の前に美味しそうなものがあることに気づく。自分の手だ。ヨフにはそれがたまらなく美味なものに見えた。ヨフは自分の手を口の中につっこんだ。「?!」そのままがりがりと噛み砕く。痛い。血の味と肉の味がする。美味しい。本当はあまり美味しくないのだろうけど、飢餓状態のヨゼフはそれを美味だと錯覚する。美味しい。止まらない。ヨフは再生する自分の腕を貪り続ける。がりがりと肉を千切り、骨を噛み砕く。

「侮らないでください。自殺に効果がないなら、こういうことも可能なんですよ。私の魔法は」

「死ね」

 ルピーが刀を振るう。ディアルラは心の魔法の心理操作でそれを止めようとした。しかし斬撃は止まらなかった。ディアルラが後方へ跳んで刀をかわす。

「……哀れな人。あなたには私たちを見ると殺す以外の選択肢がない。他のことが考えられないほどの憎しみに囚われている。あなたは狂気の虜囚。さみしかったでしょう?」

 ルピーは問答無用にディアルラを殺そうとした。ディアルラの心理操作はわずかな心の動きを増幅させるものだ。兵士達を自殺させて殺すのもここに起因している。武器を持って戦い、相手を殺すことへの罪悪感を煽り立てる。だから殺す一択の思考しかないルピーには強く影響できない。そのはずだった。だがルピーは刃を止めてしまった。どうして? ルピーは自問する。答えはすぐに見つかった。悪魔を見れば殺すとしか考えていなかったルピーは過去のものだったからだ。ヨフの価値観、ヨフの考え方がわずかにルピーの中に根を張っていた。過去の穏やかだったディアルラの偶像が焼きついていて手を鈍らせる。

例えばディアルラがルピーやヨフに対して何か危害を加えようとすれば、ルピーも「殺す一択の思考」に戻れたのだろう。だがディアルラはそのままルピーとヨフに背を向けた。

「戦わないのかよ?」

「ええ。自分で戦うには、あなたたちは恐ろしいですから」

 ディアルラは憎悪を剥き出しにして、本当にうれしそうに、童女のように笑った。

「心の悪魔らしく、誰かの心を操ってあなたたちを殺させることとしますね。私は人間を滅ぼします。だって私、悪魔ですから」

幽鬼のようなディアルラが笑っている。彼女は自分が泣いていることに気づいていなかった。心の壊れた心の悪魔が、頼りない足取りで歩いていった。ルピーもヨフもそれをただ見送ることしかできなかった。見送ることしかできない心理操作を受けていた。

彼女はきっと破滅するだろう。ただし取り返しのつかないほど多くの命を巻き込んで。何もかもを噛み砕いて圧倒的に破滅する。

 ようやく飢餓の呪縛の解けたヨフが口から自分の肉を吐き出す。ヨフの腕はすぐに元に戻る。

 ルピーが刃を納める。

「大丈夫か?」

「うん。だけど」

「忘れちまえ。時々いるもんさ、ああいうやつは」

「……うん」

「これからどうする?」

「とりあえず、これの中身を見てみようか」

 ヨフはゼラの残したビデオテープに視線を落とした。

「王の街まで戻ろう」


 ヨフは一度学の街に戻り、盾の街へ行くための飛行機に乗り込んだ。戦争の影響で盾の街行きの便はこれが最後らしい。ぎりぎりで間に合った。

 ヨフは夢を見た。

 豪奢の廊下を歩いている。後ろには女性がいる。扉がある。ヨフはそれに手をかける。

 ああ、これは三年前の戦いの時の夢だなと気がついた。

 楽しい記憶ではなかったけれど、懐かしい夢だ。

 目覚めようと思えばできただろう。だけど記憶の中のディベーロに、ラクシェイムに、雪見に、リビトに、レトレレットに、アルディアルに、ゼラに、無性に会いたくなってヨフはそのまま眠ることに決めた。

 ヨフは扉を開いた。

 



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