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10 機械の街

 街道を行くと壁の残骸が見えてきた。きっとあれが機械の街の跡地だろう。「わお……」壊れた壁の内側には、なんに使うのかわからない鉄材が山のように転がっている。あまりにも優れた機械の街は、他の街に攻め込まれて敗北するとき、その優れた技術が悪用されることを恐れて自分達の街を破壊したんだそうだ。だから機械の街は無事な物のほうが少ない。工場や研究所だけでなく民家からなにから何まで破壊されている。雨晒しになって腐食してきている。

これらは王の街の主導で発掘、補修がされている。しかしあまりにも技術力に差がありすぎて、掘り出されたものが何に使うものなのかさえわからないんだそうだ。

 歩くのも困難な瓦礫の山の中で、ヨフは血の匂いを嗅ぎ取った。

「ルピー」

「ああ、用心しろ」

 そこら中が瓦礫だらけなので視界が悪い。ヨフはゆっくりと歩みを進める。死体を見つける。王の街の発掘員かと思ったが、どうやら盗賊の類らしい。瓦礫の中から金目の物を掘り出して売りつけることを生業にしているものがいるというのは聞いたことがあった。

「……ヨゼフか」

 聞き覚えのある声がヨフを迎えた。

 闇に溶ける黒い衣装を纏って、短く太い曲刀を片手にぶらりと下げた軽剣士。

 ゼラ=クロンフェットだ。

「ようきたな。俺の死神はお前やったか」

 呟くように言う。曲刀の切っ先を向ける。

「ゼラ、僕は別に君と戦おうとは思ってないよ?」

「お前、まだ金もっとるよな?」

「英傑の報酬のこと? たしかに残ってるけど」

「十分や。お前を殺して奪いとる。それが俺のやり方や。構えろ」

 ヨフは戸惑う。たしかにゼラにはそういう側面もあった。だが基本的に彼のことを、余裕と遊び心のある自由人だと理解していた。いまのゼラにはあまりにも余裕がない。

 ヨフの肩から降りたルピーが人の姿に戻った。

「下がってろヨフ、こいつの相手はあたしがする」

「ルピー」

 ルピーが身の丈の二倍はある長い刀を構える。ゼラが嗤う。

「kulghreghu.eshgne.aigarihgyrevbj」

 ルピーがドグル語で何か言った。ドグル語のわからないヨフには聞き取れない。ゼラもまたドグル語で返答する。二人が笑う。戦士だけが浮かべる凶悪な笑みだった。ルピーが地面を蹴り、横薙ぎに剣を振るった。前回の攻防で振り下ろしが容易に受けられたから角度を変えたのだ。曲刀の丸みを利用した衝撃の受け流しは、横薙ぎの斬撃には通用しない。ゼラは左手に握る刀の腹に右手を沿えて剣を受ける。高い金属音。ルピーはバックステップしながら刀を引く。

(二撃目、速い! しかも引きながら器用に片足だけで体重乗っけて威力を出しとる。距離が詰まらん。しかも刀が長いからこっちの剣は届かん)

この犬混じりの女は広い場所での対人戦闘ならばアルディアルやディベーロに匹敵する使い手かもしれない。英傑達の他にもまだこんな人間がいたのかとゼラが舌を巻く。右手で炸裂弾を掴む。二撃目を剣で受け、今度は右手ではなく足を添えて衝撃を流す。右手に掴んだ炸裂弾を投げようとした手が中途半端に止まる。そのまま刃を滑らせたルピーが間合いを詰めてきた。ルピーは左手を剣から離し、代わりに脇差を抜く。「くっ……」ゼラは装甲で斬撃を受け止め、反撃することを考えた。初手として炸裂弾を投げる。加速したルピーの後方で爆発。ルピーは脇差を振るわずに体当たりするように体を押し付けてきた。すれ違いざま、心臓や頭部といった急所を狙わなかった。ただゼラの首の付け根部分に差し込むように脇差をつきこんだ。そこは人間ならば重要な血管が集中こそしているが、本来刺しても必殺が狙える場所ではないはずだった。

「……なんでわかったんや?」

 しかしゼラにとっては違った。機械兵であるゼラの、首を動かすための関節部分と装甲の隙間。そして脳から首、その下へと動力を伝えるための重要な配線が存在する、ほんのわずかな急所だ。ショートした配線が煙を噴き上げる。電動筋肉がエラーを起こして痙攣する。

「お前のドグル語は完璧すぎたんだよ」

ドグルがヒュルム語のワを正確に発音できないのと同じように、ヒュルムにはドグル語のウとオを正確に発音できない。だがゼラのドグル語は完璧だった。発声と発音に機械のサポートを得られるからだ。プログラムを走らせてドグル語を使っているためゼラのドグル語は滑らかだった。それが最初の違和感だった。

とはいえドグル語のウやオを正確に発音できるヒュルムもいる。ヒュルム語とドグル語を同時に学んだ人間や、ドグルの中でよほど長く暮らした人間ならば発音の違和感は薄れていく。

 当初はルピーも、ゼラがそうしたドグルの中で暮らしていたのかと考えた。が、そのうち思い直した。ゼラが粛清教に協力していたからだ。正式なドグル語が身につくほど長くドグルの中で暮らしていた人間が、ドグルの絶滅を謳う粛清教に協力するとは思えなかった。そして学の街で機械兵士の標本を見つけ、ゼラがこの機械の街にいたことで線が繋がった。

「なんやそんなことで気づかれたんか」

「まあ前回の戦いのときに、靴を噛み破ったはずなのに牙が刺さらなかったのも気づけたもう一因だな。そのときは靴に鉄板でも仕込んでるのかと思ったんだが、軽剣士の類のお前がそんな重い靴を履いてるわけもないからよ」

「はっ。勝てんかったか。まあこんなもんやろ。おい、ヨゼフ」

「なんだい?」

「おもろいもん見つけたんや。やるわ。王の街に再生機があるはずやから、中身見てみ」

 ゼラは黒い板を放り投げた。ヨフはとくに警戒もせずにそれを掴む。歯車のようなものに黒褐色のテープが何重にも巻きついている。

「なにこれ」

「ビデオテープいうもんや。クアトヴィラあたりやったら再生機持っとるやろ」

「よくわからないけど、ありがとう」

 ゼラは寂しそうな笑みを見せる。首に刺さった脇差がばちんと電気の光を上げる。

 礼を言うべきなのは自分のほうだろうとゼラは思う。自分は停止するまでの時間を恐怖に呑まれて無為に過ごさずに済んだ。悔いはない、というと微妙に語弊はあるけれど、ゼラは概ね自分の生き方に満足できた。


 ――なんだ。もういらないんですか?


「な、に?」


 ――だったらいただきますよ。便利そうなその体。



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