9 学の街
朝になり、外出の準備を整えて外に出る。あちこちを案内して貰う。
美術や音楽、それからある研究棟に差し掛かった時、不意に周囲に“帳”が下りた。一面が薄い闇に包まれる。咄嗟にクーレンが構える。なんらかの魔法攻撃を受けたらしい。
「あー、大丈夫だよ。この魔法攻撃能力ゼロだから」
ヨフが言う。
「知っていますの?」
「うん。ジルクリフトの帳の魔法だ。能力は内と外の遮断。結界系の魔法の中では弱いほうだけど、それでも人間の魔力量では破ることは困難だ」
「……ずいぶんと魔法に関する知識がおありですのね。前日はお姉さまに夢中で特に気にしませんでしたが、あなたはいったい何者ですか?」
「ラクシェイムと同じだよ」
「え、英傑? あなたが?」
自分より年下に見えるヨフに驚いている。
「そんなことはおいといて、ジルクリフトに会いにいこうよ。魔法使わないとできないことしてるみたいだし」
「は、はぁ……」
帳の中心――ある学校の体育館に入っていく。
そこには聴衆が少し。壇上には白髪の壮年男性、ジルクリフト=イーバ=アズグロウンだ。
「本日はお集まりいただきまことにありがとうございます。識者たるあなたがたは事前通達に目を通していただいていますでしょうが、ここにあらためて本日の公演課題を発表させていただきます。“魔法の起源と理不尽な研究禁止について”。王の街より研究禁止命令が発せられている魔法に対する議題のため、このように外からの侵入者を阻んでの開催とさせていただきました」
ジルの目がヨフのほうを見て、少しだけ笑ったように見えた。
「魔法は基本的に遺伝的性質を持っています。例えば私の帳の魔法は、息子が生まれればそちらに遺伝し、次第に私から魔法の性質が抜けていくことになります。やがて私は魔法を使えなくなり、息子が代わりにこの帳の魔法を身に付けます。まあこの年まで独身を通してしまった私に、いまさら伴侶は現れないでしょうがね!」
会場が失笑に包まれる。
ジルは表情を作り直して続ける。
「では魔法は誰から始まったのか? この世界では毎年25万人の子供が生まれてくると言われていますが、彼らに自然的に魔法が宿ることはありません。魔法を使えるようになるのは、魔法使いの子供だけです。しかし私は近年、稀有な例外を発見しました」
静かなざわめきが起こる。
ここに集まった人々は魔法についての知識を多少なりとも持っているものばかりだ。
それがどんなに希少な存在であるか理解していた。
「私は多くの魔法使いの出自を調べてきました。魔法使いの多くは家名を持つ貴族ですから、それはそう難しいことではありません。彼もまた家名を持っていましたが、それは養子として育てられた家のもので本来の血筋のものではありませんでした。彼は孤児だったのです。彼は悪魔が住んでいたある森の中で拾われたそうな」
「……」
ヨフはようやく自分のことを言っていることに気が付いた。
カッセはディベーロの別荘を管理している庭師の家名だ。
「その森に住む悪魔を倒した勇者から話しを聞くことができました。少年の魔法は悪魔のものと同一だったそうです。これに基づく仮説を幾つか立ててみましょうか。一つ、少年は悪魔の血縁者であった。二つ、悪魔が死ねば近くに存在する人間に魔法が遺留する。三つ、悪魔は任意の人間に魔法を譲り渡すことができる。四つ、悪魔と少年の父母がたまたま同じ魔法を持っており、父母から遺伝しただけ」
一度言葉を切り、小さく息を吸い込む。
「一つ目、少年は混血ではなく完全に純血のヒュルムでした。とはいえ元々悪魔と人間の間に子供ができることはありえません。生物学的にまったく異なる生き物ですから」
アルディアルという例外を知っていながらジルは断言する。
「二つ目、これは三年前我々は多くの悪魔を打ち倒しましたが、そんな現象は起こりませんでした。人類史の中で数多くの悪魔が倒されたにもかかわらず、観測されていないのでこの現象もまた起こりえないのでしょう」
指で机を叩く。唇を舌で濡らす。
「三つ目、私の本命の主張はこれです。悪魔は任意の人間に魔法を譲り渡すことができ、魔法使いとはその先祖がことごとく悪魔となんらかの関係があった一族である。古来から魔法の語源とは“悪魔法”、つまり悪魔の使う独自の法則だという説があります。つまり神話の時代、悪魔は精霊と呼ばれていて人間と手を取り合って暮らしていた、という学会ではお花畑扱いされているあの伝説が真実だったのではないかと主張したいわけです。どううぞお笑いください」
会場がどっと笑声に包まれる。
邪悪で凶暴な悪魔 (というのがこの世界における常識である) と知性的な生き物である人間がともに暮らしていた時代などありえないからだ。
ジル自身が言ったようにその説は笑いものにされている。
「四つ目、まず同一の魔法はこの世に二つ存在しないといわれていますが、証明されているわけではありません。よって限りなく低い確率ではあるものの否定できない以上、私は少年の父母を探してみました。そうして見つけました」
「……え?」
「貧しい女と貧しい男でした。どちらも魔法を使う素養はありませんでした。子供を捨てたことさえほとんど忘れ去っており、現在の彼が魔法使いだと言うと功績に対する分け前はないのか? 言っていました。どうでもいいことですね。
本題に入りましょう。ここからは悪魔は任意の人間に魔法を譲り渡すことができることが前提とした話になります。興味が失せた方は、帳を緩めますので、どうぞお帰り下さい。内から外へ出ることは可能にしておきます」
ヨフはよろめきながら、帳の外へ出た。
「あの、大丈夫ですか、顔色真っ青ですわよ?!」
クーレンが追いかけてくる。背後からはジルの通りの声が「王の街が魔法に関する研究を規制するのは、我々の正当性を貶める行為があきらかになることで経済の停滞が」と講義を続けている。
「大丈夫、ちょっと気分が悪くなっただけ。すぐに治るよ」
ヨフはクーレンの手を振り払う。
「そんなふらふらで言われても説得力皆無ですわ」
多少強引に手を掴んで、近くにあったベンチに無理矢理座らせる。
実際ヨフは大丈夫なのだ。意識を少し回復にまわせば、獣の魔法がヨフの異常を取り除いてくれる。そう思っていたのに、一度座ったら手足を放り出して何もしたくなくなってしまった。肩からルピーが飛び立つ。
なんとなく察しのついたルピーが、人の姿に戻る。溜め息を一つ吐いた。それからヨフをゆるく抱きしめる。「なっ、なっ」クーレンが自分を抱きしめて震えている。
「うぅ……」
「まあしんどいときは泣け。お前の事情はさっぱりわからんがな。たまには人を頼れ。お前まだ十歳そこらだろ?」
「一生の不覚だ……」
ずびび。
「あ、こらてめえ鼻水拭くな?!」
離れようとしたが、大熊の膂力でルピーを掴んだヨフは簡単には剥がれない。後ろでクーレンが「まさかお姉さまはショタ趣味?! 禁断の愛?!」などどわけのわからないことをぬかしている。あとで殺そう。
「ちょっと落ち着いた」
ルピーの服で涙を拭いたヨフが、体を離す。
人に抱いてもらって泣いたらストレスが八割減るという雑学を思い出す。
「なんていうか、ルピーって意外と面倒見がいいよね」
「出欠大サービスな。次は金取るぞ」
「君、いま僕に養われてる状態じゃない?」
「知らん」
不機嫌そうにルピーが鳥に戻る。
後ろから抱き着こうと飛びついたクーレンの腕が空ぶって盛大に転倒した。
工科大学の方を見て回る。機械の街の遺産を研究している大学があり、興味本位で目を通したが、ちんぷんかんぷんだった。張り出されていた機械兵士の設計思想をルピーがじっと見つめている。
機械の街では少数ではあるが、これが実用化されていたらしい。あらゆる技術を詰め込んで人間を機械化し、脳からの電気信号で鋼の肉体を動かす。精神操作系の魔法に対して非常に強い耐性を得る。人工筋肉の補佐を得ることで人間より高い運動機能を得る。それに電気信号のパターンで剣技や体術を仕込む。潜入工作のために多言語を使わせるソフトも開発されていた。
攻防ともに完全な兵隊。
「……」
とはいえ完全な成功ではなかったそうだ。動力がまるで足りておらず、定期的な充電や、給油が必要となる。部品の損耗も激しく、すぐに交換が必要になる。そもそも機械部分が人間部分と定着せず壊死することがほとんどだったらしい。材料の入手が困難なこともあって、数体しか製作されなかった。
そのうち一体を再現した模型が飾られている。それは外見上ほんとうにただの人間にしか見えなかった。皮膚の感触、肉体の凹凸、死体を思わせる。機械の街で発掘された報告書と設計思想を元に再現されたものだ。
(実用化されていた、ねえ)
この調子ではいつか戦争はすべて機械が行うようになるんじゃないか。
ルピーはおかしくなって少し笑った。そうなればよかった。少なくとも人は死なない。
果てしなく金はかかるのだろうが。
「ねえ、ルピー。そろそろ調理学校のほうへ戻ろうか」
「飽きたのか?」
「というかお腹が空いた」




