9 学の街
医務室のベッドにクーレンを放り投げる。「あんっ」と悲鳴だか嬌声だかわからない声を出す。ルピーは溜息を吐く。
「なあ解説やってたのって」
「ええ、剣の街の誇る弓使いにして最低最悪の英傑、“射手”ラクシェイム=エルス=キルドレインですわ……」
「あいつもこの街にいたのかよ」
男子実戦剣道優勝者とか紹介されていたことを思い出す。剣の街では弓手を務めていたが、剣術の基礎くらいはかじっていた。それを独力で伸ばして頂点に立ったのだから彼のセンスには驚嘆せざるを得ない。
「あの、お姉さま。剣の街はやはり噂通り……」
「ああ、滅んだ。そのとき街にいたやつらは全滅した。非戦闘員には逃げ出せたやつもいたが、戦闘員はたぶん一人も残ってない」
「それでも、お姉さまが生きていてよかったと思いますわ!」
泣きそうだったクーレンの顔がパッと明るくなる。
無理をしているのはわかっていたが、ルピーは嘘をつけるほど気遣いができなかった。
「厳密にはあたしも死んだんだがな」
「え? あの、それはどういう……?」
「魔法で生かされてるのさ。解けたら死ぬらしい」
「え、う……、うぐ」
「泣くな。大丈夫さ、それなりに楽しくやってるよ」
わずらわしく思いながらも、髪を撫でてやる。けれどそれくらいで涙は止まらない。
クーレンは戦士としては純すぎると感じる。しかし仲間が死んで涙を流すというのは、普通に考えれば至極真っ当なことだった。ルピーのほうがおかしいのだ。いまさらそんなことに気付いて浅く舌打ちする。以前はそんなこと考えもしなかった。ルピーはただ一振りの剣のように生きていた。このところの彼女はヨフに引き摺られている。
面倒だが、同じことをラクシェイムにも話してやらないといけない。剣の街がどうなったのか、あいつも引っかかっているだろう。
すがりつくように泣くクーレンの頭を撫でているうちに、ラクシェイムの名が呼ばれた。次の試合に出るようだ。クーレンを女学生に任せ、試合会場のほうを覗くと、向かい側の控え室からラクシェイムが出てくるところだった。丁度いい。あちらに回って待ち伏せしてやろう。
「あっ、お姉さまっ」
クーレンが後ろをついてくる。何を言うのでもなく、ただ歩く。
ラクシェイムが出てきたほうの控え室の前に、ヨフがいた。なにやら揉めているらしい。
「よお」
「あ、ルピー」
「なにやってるんだ?」
「部外者は入るなー、って入れてくれないんだよ」
「ああ、あたしら参加者だから入っていいよな?」
え? と気をとられて受付の女がリストに視線を落とす。その拍子にルピーは扉を開けた。ついでにヨフとクーレンも部屋に入ってしまう。止める間もなかった。
そこへ、試合を終えたラクシェイムが帰ってくる。
「あ」
ルピーとヨフを見て、口角を上げて、元々細い目を細める。気まずさと可笑しさを混ぜたような顔をした。
「やあやあ懐かしい顔がおそろいで」
防具を外す。木剣を放り投げる。かすかに濡れた汗を拭う。
肉の付き方はリビトやルピーに近い。ぴったりと沿う黒の肌着の下に筋肉の線が浮かんでいる。弓使いが闇に忍ぶための闘衣を嫌味にも剣道大会に着てきている。
「やあ、“射手”……いや、“味方殺し”」
ヨフが皮肉たっぷりの口調で言ったが、「そういう獣王さまはなんのごようで?」別にどうでもよさそうに受け流す。
「そういえば君を一発殴るのを忘れてたなぁと思って。ほら、君って散々僕ごと敵を撃ち殺したじゃないか」
二十七人の英傑の一人、“射手”ラクシェイム=エルス=キルドレインは非公式の悪魔最多撃破数を誇る。公式にはディベーロのほうが多いとされているが、ラクシェイムが倒した数のほうが多いことは英傑達にとって周知の事実だった。彼の『貫の魔法』は、超速度、超貫通力の弓矢という形で発現する。それによって味方ごと敵を打ち抜くのが彼の戦術だった。再生能力を持つヨフとは滅法相性がよく、ヨフが前衛を務め足止めしているうちに彼が打ち抜いた悪魔は両の指を超える。さらに都合よくヨフがいる戦場ばかりではなかった。だからラクシェイムは多くの機会に兵士たちを貫いて悪魔を打ち抜いた。彼の撃破数は前衛を務めて死んだ戦士たちにつけられた。
よってついた通り名が“味方殺しのラクシェイム”だった。
悠々と水を飲んだあと、急に神妙な顔をして「一発くらいは甘んじて受けましょうか」と言った。
「ああ、よかった。手加減はしておくね!」
ヨフは獣の魔法を使い、自分の右腕を灰色熊のそれへと変える。
「え、あ、あの……、手加減……?」
風を薙いで、ヨフの腕がラクシェイムの頬を叩いた。
ラクシェイムは医務室送りになり、剣道大会は強制的に棄権することになった。
余談だが、このことのとばっちりを食ったのは、「ヨフの知り合いやラクシェイムが出るにゃらば、児戯のような大会にも参加してみようかにゃー」と気まぐれに参加登録したアガツマ=ユキミであった。クーレン、ルピー、ラクシェイムと有力な選手が一身上の都合でいなくなり、彼女は期待していた強敵に一切あたることなく優勝した。
そしてその後、まったく興味のない部活剣道の勧誘をうんざりするほど受けて、ほとぼりが冷めるまで寮に引きこもるハメになる。
気を失ったラクシェイムが目を覚ますまで二時間ほどかかった。文化祭は昼のピークをすぎて宿のほうへ人が流れていく。大食い大会を逃したことを残念に思う。
ルピーが簡単に剣の街のことを説明する。飄々とした性格のラクシェイムもさすがに少しは痛そうな顔をした。なんだかそれで溜飲が下がったヨフがいた。
(あれ? 僕って性格悪くないよね?)
「そうですか。剣の街を滅ぼしたのは銃の街ですか。ではやはり今度の収集は銃の街との全面戦争に備えてのことか」
「わかんないけどね。いま王の街は悪魔とも揉めてるから」
「悪魔と? 初耳ですね」
「あれ? リビトが死んでレトとアルが行方不明になったことは知ってるんだよね?」
「はい、そちらは報告を受けています。まさか彼らは悪魔と戦って?」
「うん、ライベアスとクトュルユーが王の街にきたんだ」
「え……、あのクトゥルユーが?」
クトゥルユーはあまり積極的に表舞台には立たなかった悪魔だ。殺し合いを一歩引いた立ち位置から眺めて、牽制や仲間の救出にだけ散発的に現れた。なまじ出現が散発的だっただけに対策を立てても無駄になりやすく、結果的に非常に厄介な立ち回りをとっていた。
「よりによってクトゥルユーですか。彼らの中にもなにか大きな動きがあるようですね」
「だろうね。まずいことになるかもしれない」
「ヨゼフは戦争になればどうするんですか?」
「わからない」
ヨフは人間のことをいろいろと正しくないと思った。たくさんの身勝手の上に立っている。そして悪魔たちはそれに反発している。戦争とはそれを力で押さえつけるやり方だ。命を賭け金にして、敗者を屈服させて、無理を強いる。勝者に利益を積み上げるために敗者を搾取する。そんな戦争に参加したくはなかった。
ただ戦うのはヨフの友達だ。一緒に戦った仲間達。共に敗北して辛酸を舐め、勝利して美酒に酔った。自分が共に戦うことで彼らのうちの一人でも助けられるかもしれない。こと戦闘となればヨフは強い。
なんとなくルピーを見た。ルピーは我関せずといった顔をしている。
自分のことは自分で考えろ。と言われているようだった。それが少し心地よかった。
「ライはそうなったらどうするの?」
「もちろん悪魔共を皆殺しにしますよ。自分はそのために生きてきましたから」
ルピーは自分もこうだったなぁと思った。悪魔を殺すことが人々の救済になると信じた。殺戮の化身たる悪魔を殺せばそれによって多くの人々が生きることができる。必要な仕事だから高い報酬を受け取れる。そのために剣の腕を磨き上げた。本来ならルピーの剣は、父と母を殺した人間と法に向かうべきだったのだ。ドグルとヒュルム――異種族と交わったからといって理不尽に殺された哀れな男と女。けれどそれを理解するにはルピーは幼すぎて、レトとの訓練の日々は考える時間をくれなかった。そして戦いを重ねる内に、人間に銃で撃ち殺された。
そして奇妙な偶然で命を拾い、流浪の日々の中でルピーはディアルラと会ってしまった。
ルピーは剣の街で依頼を受けて、これまでに六体の悪魔を倒してきた。六体の悪魔のどれともまともに対話をしたことはなかった。穏やかで理性的なディアルラの前で、ルピーの常識は音を立てて崩れた。そしてヨフの価値観が彼女を侵食した。
悪魔は別に人間を殺そうなんて思っておらず、ただ自分達の仲間と住処を守るために必死だっただけだ。報酬が高いのは致死率の高い対悪魔戦闘なんてやりたがる人間が少なかったからというだけの理由だった。別に兵士は切迫して必要だったわけではなかった。悪魔は滅多に自分から人間を襲わないのだから。
(くだらねーな……)
ルピーと同じ理由に追加して、ラクシェイムが悪魔を殺そうとするのは単なる私怨だ。剣の街で生まれた彼の両親は兵士で、とある悪魔の討伐依頼を受けて遠征に出向いた。そこで殺された。弓兵として参加していたラクシェイムは両親が殺されるところを自分の眼で見ていた。そして壊れた。
病的に悪魔を殺すことに執着するようになった。
味方の兵士を殺してでも。
かつてアルディアルが言ったように、対悪魔戦闘では死者が出ないことのほうが少ない。一匹の悪魔を殺すために出る損害は十や二十では利かず、ラクシェイムが味方ごと悪魔を殺したほうが被害は遥かに少なかった。が、どんなに効率がよくても感情面では抑えきれるものではない。ラクシェイムは恐れられ、疎まれた。それを糧にするかのように、悪魔を殺した。
そもそもヨフと同じ戦いを乗り越えたラクシェイムは、悪魔が我欲や理不尽な殺意で戦っているのではないことに気付いているだろう。ルピルルーレとラクシェイムの違いはその根源だ。
ほんとうにくだらなかった。
隣でヨフが席を立った。
「ぼくはそろそろ行くよ。あ、どこかに見て回っておもしろそうな場所ないかな?」
「研究畑のほうは回りましたか? 工科学校の方の“失われた機械科学について”などの研究発表なんかはなかなか興味深かったですよ。それから明日の昼頃に私立第十一工科大でジルのやつが英傑の軽犯罪不逮捕特権を使ってゲリラ的に何かやると言っていました。わざわざ五流大学を選んで人を避けるあたり、なにかしら物騒なことをやるつもりなんでしょうが」
「ジルクリフト=イーバかい? 最近英傑の知り合いによく会うなぁ。さっきもユキにあったんだよ」
「アガツマですか? へえ、この街にいたんですね。知らなかった」
え、知らなかったのか。
ヨフは口を滑らせたかなと思った。ラクシェイムのほうは剣道大会の解説者をやってるくらいだから、英傑であることは隠しているにしても表立って動いている。当然ユキミはラクシェイムのことを知っていただろう。なのにコンタクトを取らなかったということは意図的にこの街にいることを隠したかったのかもしれない。前述の理由でラクシェイムは前衛系の戦士には嫌われている。ユキミもラクシェイムが嫌いだったに違いない。
「そうですかー、また会いにいってみましょうかねえ」
そしてラクシェイムは基本的にドSである。
他人の嫌がることは大好きだ。
「じゃ、じゃあまたね! ユキにはくれぐれも僕から聞いたって言わないようにね!」
「ええ、心得ています。それでは」
医務室を出る。
地図を見て宿に向けて歩いているうちに、ルピーが小鳥の姿に戻り、付いてきていたクーレンが唖然とする。
「お、おおおおおお姉さま?! そそそそのお姿はいったい?!」
「ああ、説明してなかっ」
「かわいいいいいいいいいいいお持ち帰りいいいいいいいいい」
飛び掛られたヨフが咄嗟にクーレンを突き飛ばす。すさまじい反射神経で跳躍し回避、逆さになってクーレンがルピーを掴む。蹴の魔法で空中を蹴って超速度で着地する。更に多重に地面を蹴ってヨフから離れようとしたが、転倒した。別にヨフが何かしたわけではない。ただ蹴の魔法の使いすぎに足の筋肉がついていかなくなったのだ。太股が内出血で腫れ上がっている。
「おい、ヨフ」
「ん、いいよー。ぼくって優しいから」
ヨフが自分と同じくらいの体格のクーレンを、担ぎ上げた。
「え、えぇっ?!」
「あんまり無理しないほうがいいよ。足、相当痛いでしょ?」
クーレンがじたばたしている。ちょんとヨフが太股に触れただけで、悲鳴を挙げた。
「どうする?」
「こいつの家に放り込んどけ。たぶん学生寮だろ」
「……」
住所を答えないことでクーレンが精一杯の抵抗をする。
「言わないなら医務室で充分だろ」
「そんな……、お姉さま……」
「あのさ、おもしろそうだから宿に連れて行っていい?」
泣く寸前だったクーレンの目に光が戻る。
「だめ、ぜったい」
「じゃあ一緒にいこうか。できたら明日、街を案内してよ」
「はい! 是非お供させてくださいっ」
ルピーが大きく溜め息を吐いた。
それから宿の中では、ルピーにとって大変居心地の悪い空間が形成されていった。
「ねえねえ、昔のルピーってどんなだったの?」
「お姉さまはですねえ、いわゆるガキ大将でしたわ。昔っから腕っ節が滅法強くて、気に食わないことがあれば男の子だろうと竹刀一つで叩き伏せていました。あんまり真っ赤になって怒るものですから、近所では赤鬼って呼ばれててですねえ」
「あかおにっ」
ヨフが吹き出す。
ルピーはクーレンを殺したかったが、ヨフから元の姿に戻る許可が出ない。
小鳥の姿ではなにもできずに、うなだれて諦めている。
「剣の街は戦士の街でしたから、性格も荒いのが集まっていましたけれどお姉さまは群を抜いていらっしゃいました。すべての女性剣士の憧れの的。蝶のように舞い、蜂のように刺す華麗にして鮮烈に殿方を叩きのめすそのお姿にクーレンはもう……」
頬を赤らめてびくんびくんと震えだす。
うぜえ、とルピーがこぼす。ヨフは楽しい人だなぁと思った。
「ただぶっちゃけ性格は悪かったですね」
「そのへん詳しくお願い」
「なんといいますか、男女関係に対する認識が壊滅しておりました。恋愛潰しがご趣味でして、他の方が気にかけているような男性を狙ってあえて落としたり。彼女持ちの殿方を篭絡してみたりと。それから避妊に対する意識が低いのだと伺いました。女性の方と体を重ねることもあったそうです。まあクーレンはそんなところもすべてひっくるめてお姉さまをお慕い申し上げているのですが」
「へえ、意外。そういうの全然興味ないのかと思ってたや」
クーレンとヨフは知るよしもなかったが。ドグルとヒュルムは生物学的に違う生き物で本来は子供ができるはずがない。しかしそれでも生まれてしまったルピーの体は、異種交配と同じ性質を持っている。つまりルピーには子供を産む機能がない。だからルピーにとってセックスとは孤独を紛らし温もりと快楽を得る以上の意味を持っていなかった。
まあ若さゆえの暴走だったよなーとルピーは額を押さえる。
「そういった他人への嫌がらせには容赦がないくせに、自分に対する嫌がらせには嬉々として報復するさまなどまさしく鬼のようでございました。竹刀片手に凄む凄む」
「クーレン、お前あとで殺すからな? わかってるよな?」
「おおおお姉さまに殺していただけるのですか?」
「あ、だめだこいつ頭おかしい……」
そうしてルピーのことを根掘り葉掘り聞いているうちに、やがて夜になり三人は眠りについた。




