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9 学の街





 そこそこ腹が満ちてきたあたりで、丁度いい時間になった。ルピーは人間の姿に戻り、剣道大会の会場へと向かった。中に入り、ルピーは選手だけが入れる控え室に。ヨフは観客席に移動する。木剣が渡される。控え室はそれなりに広かったので、開けた位置で普段と違う得物を数度振り回し、重さや間合いを確認する。感覚というのはそれほど短時間で修正できるものではないが、まあ大丈夫だろう。

「お、お、お……」

 誰かが飛び掛ってきて、ルピーは反射的に身をかわした。

「お姉さ、ばっ」

 飛び掛ってきた誰か――クーレン=ライカー――は壁に額をぶつけた。即座に振り向いてルピーの腕を掴む。額を押し付けて、泣いた。

「わ、わだし、剣の街、滅び、お姉ざま、心配で……」

「あーあー、わかったわかった。落ち着け」

 溜息をつきながら、頭を撫でてやる。後ろで一括りにされた栗色の髪の毛が力なく揺れている。百七十センチ近いルピーと違って、クーレンは小柄だ。ルピーの肩程度の背丈しかない。しがみついて泣きじゃくるクーレンの処理に困っているうちに、ドローの発表があった。全五回戦のうち、クーレンと当たるのは三回戦らしい。

 それまでに別に障害はないだろうなーとルピーは適当に考える。

「お姉さま……、よくご無事で……」

「いや、まあ話せば長くなるんだが無事じゃないんだわ」

「こうしてお話しできるだけでもクーレンは嬉しく思います」

 ぐりぐりと鼻水と涙をルピーの服に押し付けてくる。

「つーかあたし、呼ばれてるんだが。このままだと不戦敗になっちまう」

「え、ああ! ごめんなさい」

 あわてて飛び退く。

「話しはまたあとでな。いろいろ言わないといけないことがあるんだ」

 控え室を出るルピーを、クーレンはとろんと蕩けた目で見送る。


 実戦剣道の大会は男女混合である。

 戦場において、男しかいない場はあれど、女しかいない場はありえないからだ。加えてヒュルム同士ならば筋力やスタミナ、身長の面で男性が圧倒的に有利だが、ドグルやキャルトならば女性特有のメリットも存在する。関節の稼動域と身長の低さだ。一般的に女性のほうが稼動域は広い。身長が低ければ「上から打ち下ろされる」という欠点ともなりえるが、攻撃が当たる範囲が狭いとも取れる。回避の手段に屈むという方法が追加される。身の軽さを生かした軽剣士であれば、ユキミやルピーのように男性を超越する場合もある。

 ……というのはまあ“少数ながらもこういった例は存在する”だけに過ぎないわけで。

「それまで! ルピルルーレ選手の勝ち」

 ルピーの一回戦の相手は、“部活で剣道をやっている女学生”の域を出ないものだった。

 当然、実際に戦場で戦ってきたルピーに敵うはずもない。試合は一瞬で終わった。わずかにフェイントを入れたルピーが相手の空振りを誘い、直後に相手の喉に向けて軽く剣を突き出した。真剣であれば喉元を切り裂かれた相手から盛大に血液が噴出したことだろう。ルピーからすれば欠伸の出るような試合だった。

 対戦相手は何が起こったのかわからずにきょとんとしている。かなり優しく突いたので、“実戦ならば自分が殺されていた”という自覚に乏しいらしい。審判に抗議しているが当然のように認められない。まあ抗議が認められたところで、視界の邪魔になるほどに髪を伸ばしているような人間にルピーは負けないが。

 控え室に戻ると、未だに泣きじゃくっているクーレンが別の女学生に慰められている。

 ルピーを見るとクーレンは駆け寄ろうとしたが、次の試合のためにクーレンの名前が呼ばれてしぶしぶ出て行く。女子実戦剣道の優勝者であるクーレンは、控え室まで届く拍手と歓声で以て出迎えられた。

「あの」

「あん?」

 声のしたほうを見るとクーレンと一緒にいた女学生がいた。

 しかし緊張しているのか所在なく視線をさまよわせる。

「なんだよ?」

「えっと、クーレンとはどういう仲なんですか?」

「先輩と後輩」

「それだけですか? 私、あの子があんなに取り乱すの、はじめて見ました」

「へえ」

 あいつも立派になったもんだなぁとなんとなく思う。ルピーの知っているクーレンは痛みに弱くてすぐに取り乱す、強いわりには他者を労わるあまりに気を使いすぎる、バランスの悪い少女だった。純粋な才能だけで言えばルピーを遥かに上回っていた。

「じゃあ……、弟子、かな?」

「なるほど少し合点が行きました。あともう一つ質問なんですけど」

「どーぞ」

「どれだけ鍛錬を積めばあなたみたいな動きができるんですか?」

「とりあえず千回死に掛けるところから始めたらいいと思うぜ」

「……ありがとうございます」

 試合が終わり、クーレンが戻ってきた。ルピーに飛びついてくる。ルピーは反射で足を突き出してしまい、クーレンの無防備な腹につま先が突き刺さる。うずくまって悶絶している。

「あー悪い」

 あまり悪びれていない様子でルピーが言う。

「お互い順当にいけば、お前と当たるのは三回戦だな」

「はい、手加減なしでお願いします」

「当然だろ、お前も本気だせよ?」

「もちろんです。……それであの、剣の街のお話なのですが」

「大会終わったあとにしようぜ。変に集中が切れたらつまらないだろ」

「はい」

 適当に当たり障りのない会話をして過ごし、運営委員にルピーの名が呼ばれる。

 試合場に出て行く。大柄な男が長槍を持って立っていた。

「……ふむ」

 木剣に目を落とす。いつもならばルピーの刀の長さは槍に劣らない。だから槍を苦にすることはあまりない。むしろ刃渡りの長さでルピーのほうが有利と言える。もちろんそのぶん重量もあるのだが。しかし今度の大会で貸し出された木剣の長さは、約九十センチほどである。百五十センチほどある槍とは相性が悪い。

(まあそのあたりは、短剣のほうの使い方次第か)

 気楽に考えてルピーは右手に長剣を構え、左手をだらりと垂らす。長剣の両手持ちと左手に短剣とを瞬時に切り替えるためだ。

 試合開始の合図が掛かった。男が槍を短く突き出す。ルピーが穂先を剣の腹で防ぐ。男は瞬時に槍を引き、二撃、三撃と突く。小さい突きを連続して繰り出す男にはまったく隙がない。反撃に移る切っ掛けが必要だった。ルピーの左手が短剣の柄に掛かる。男は見越して片手になった長剣では防げない払いを加える。すぐさま翻った左手が長剣を握る。短剣を握る動作はフェイント。両手持ちになった長剣で槍の柄を打ち下ろす。男が衝撃に堪え切れず槍を落とす。武器を払われてなお動揺を見せない男が、ルピーに組み付こうとする。足首に下段蹴りを叩き込んで動きを止め、首筋に長剣を這わせる。男が頭を下げて長剣をかわすが、そこへ待ち受けていたようにスイッチして右手に握られた短剣が男の額に触れた。

「それまで、ルピルルーレ選手の勝ち」

 二人の攻防を正確に理解していた人間は、会場の中に何人もいなかった。

 しかし男のほうが「クーレン=ライカーを破るなら彼だろう」と目されたこの大会の優勝候補である、学校の槍術講師であることはよく知られていた。

「いやあ、参りました。どこかの軍人の方ですか?」

 男が気さくに話しかけてくる。

「いいや、剣の街の戦士さ。あんたもいい腕してるな」

「自分より小柄で体重のない相手に劣るようでは、まだまだですよ」

「まあ、それもそうだな」

 性質の悪い笑みを浮かべながら、男が差し出した手を握る。

 互いの健闘を適当に称えあって、控え室に戻る。

「かかかか華麗でしたわお姉さまっ!」

 飛びついてきたクーレンをかわして同時に襟を掴み、会場のほうに放り投げる。丁度クーレンの名前が呼ばれる。イスに座って一息つく。

「クーレンの試合は、見ないんですか?」

「手の内が割れてないほうがおもしろいだろ」

「クーレンはあなたの試合、ガン見してましたよ。おおお姉さま、美しすぎてクーレンはもうここがこんなに……、とか言ってました」

「あいつ……」

 なんでこう、あたしは同性にはモテるのかね。と一人ごちる。

 いや、理由はわかっているのだが。男を叩きのめし過ぎたのだ。

「解説を交代しまして、ここからはラクシェイムがお送りします」

 アナウンスの声が変わる。

 ルピーが怪訝そうな顔をする。「どうしたのですか?」と女学生。

「いや、ちょっと聞きたくない声が……」 

 クーレンが戻ってきた。再び飛びついてこようとする。ルピーは反射で迎撃しようとしたが、無理矢理こらえた。次の対戦相手にダメージを残すのは、なんだか悪い気がしたからだ。頬ずりするクーレンをされるがままにしていると、服の中に手が伸びる。「あっ、こらってめえ……っ!」「お、お姉さまっ、ハア、ハアッ」結局ルピーは、クーレンの頭に思いっきり肘を落とすことになった。

三回戦ともなると試合もだいぶ進んでおり、ルピーとクーレンの名前はすぐに呼ばれた。

「さて、やるか」

「はいっ!」

 二人は試合場に出る。

 向かい合う。武器を構える。二人共長剣だ。ルピーは左手にしっかりと短剣を握った。そうでなければ、クーレンのスピードに対応できないからだ。

 試合開始の合図。

 同時に二人の姿がぶれた。小柄なクーレンが姿勢を低く保ちながら横薙ぎの斬撃、ルピーは長剣の腹を足に沿わせて受ける。左手の短剣を振るう。躍るようなステップで右手側に回ったクーレンが動きながら剣を繰り出す。ルピーが下がりながら剣を受ける。

 防戦一方。に見えた。

 しかしルピーは最小限かつ的確な防御を行っている。対してクーレンの動作は非常に大きい。隙は小さいが存在し、いまは様子見に徹しているルピーが隙を捉えたときに勝敗は決するだろう。さらにこのまま続けば疲労もクーレンのほうが大きくなる。いずれ動きは止まる。

 クーレンの動きを先回りしたルピーの剣がクーレンの肩口で止まる。クーレンは大きく飛びのいてかわした。

「……おいおい、あたしは本気を出せって言ったんだぜ? つまらねえルールなんかどうでもいいじゃねーか」

「……」

 クーレンは長い息を吐いたあと、呟くような小さな声で言った。

『蹴の魔法』

 瞬間、クーレンの姿が消えた。否、消えたと錯覚するほどの速度で肉薄した。

 一撃を受け止めて返し刃で剣を振るうが、すでにそこにクーレンの姿はない。クーレンはルピーの頭上にいた。咄嗟に短剣を掲げて受ける。空をすべるように跳んだ。ルピーの背中側から一撃。転がるようにして避ける。

「クーレン選手による魔法使用のルール違反により、ルピルルーレ選手の勝ち。」

 審判によって宣告がなされる。しかしクーレンもルピーも止まらない。閃光のような剣を振るわせて、超高速で立ち位置を入れ替えて戦い続けている。あまりに二人の剣が速く、二人の間に割り込んで試合を止めることができない。

 クーレンの猛攻が続く。何もない宙空を足場にして飛翔する。「蹴の魔法」の能力は「足場を重ねる」ことだ。一回の蹴りで複数回地面を蹴ったのと同じ跳躍を発揮する。応用すれば、空気を踏み固めて蹴ることができる。

 スピードの強化、本来ありえない頭上からの攻撃。

 こと白兵戦においては非常に強力な魔法だった。

 縦横無尽に動き回るクーレンを、ルピーは捌き続ける。

「いや驚きましたね。クーレン=ライカー選手が魔法使いだとは」

「ええ、しかし真に驚くべきは対戦相手のあの女性でしょう」

「というと?」

「あれほどのスピードで動くクーレン選手にまだ致命傷を貰っていないのです。私ならば十秒と持ちませんよ、あれ」

 聞こえていたルピーは内心で毒づく。そりゃお前は戦士じゃなくて弓手だからな!

「男子実戦剣道王者のラクシェイムさんが、ですか?」

「はい。尋常な使い手では対処できないでしょう」

「はぁ……、彼女はいったい何者なのでしょう」

「さあ、わかりません。ただヒュルムの動きではないですね。容姿がヒュルムに似ているところを見ると、犬混じりですかね」

「ラクシェイムさん、いまのは差別用語ですので」

「ああ、失礼。少し嫉妬が出てしまいました」

「嫉妬ですか」

「はい。ドグル族の特徴として、筋肉の強靭さ、関節の柔らかさ、視野の広さがあります。二人の戦いをよく見てください」

 クーレンの剣が右背面から首を断ち掛ける。ルピーは肩で剣をカチ上げる。同時に肘を突き出す。茶色の髪が左へ尾を引いて逃げる。軽く足を突き出して、足を引っ掛けようとする。わずかに跳んだクーレンが跳躍で回避、間髪いれずに繰り出された斬撃を、クーレンは空中でさらに蹴って飛び、回避する。上空で逆さになり、空を蹴って稲妻のように地面に落ちたクーレンが姿勢を低くして迫る。風のような速さでしなやかに疾走する。横薙ぎに繰り出された剣に、ルピーは肘を落とした。剣が落ちる。連動した蹴りが繰り出されるが、即座に剣を拾って離脱したクーレンの影を追うだけ。

「ルピルルーレ選手の反応速度は人間の反射限界を超えています。平たく言えば人間業じゃないですよあれ。彼女が魔法を使っていないだなんて、にわかには信じがたいです」

「はぁ……」

 もう一人の解説者は、二人の動きを目でも追えていないらしいらしい。

 気のない言葉を返していた。

 クーレンは少し間合いを置いて呼吸を整えようとする。だが突進するルピーがそれを許さない。縦横無尽に動くことのできる蹴の魔法だが、単純に運動量が多く体力の消耗が激しい。正面から戦えば分が悪いことを承知の上で、ルピーは回復を許さないことを選ぶ。

 乱れた呼吸のまま、クーレンが応戦する。ルピーは二刀で防御に徹しながら、最小の動作で蹴りや肘、短剣をわずかに突き出すなどの攻撃を繰り出してクーレンのリズムを崩す。

 そしてついに、クーレンの動きがわずかに鈍った。ルピーが軽く突き出した肘が運悪く肺の近くに入る。酸素が抜ける。その一瞬をルピーは決して見逃さなかった。ルピーの剣がクーレンの首を断った。

「……ふぅ」

 力の抜けた二人がその場にへたれこむ。

 審判が再び勝者をコールしようとしたが、それよりも先にルピーが「あー審判、あたし棄権するわ。クーレンも医務室いかないといけないだろうから、引き分けで」と言った。

「おーい、クーレン立てるか? あ? 立てない? おんぶ? ……仕方ねーな」

 ルピーがクーレンを背負いあげる。クーレンの大腿から腑にかけては内出血による痣で真っ赤に染まっていた。蹴の魔法は著しく足に負担を掛けるのだ。本人はそれよりも「ルピーに背負われている」という状況にご満悦らしい。「お、お姉さまのお背中が、ここここんなに近くに」だとかほざいていた。



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