表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/96

9 学の街


 しばらく歩いていると「実戦剣道大会会場」と書いた横断幕が吊り下がっている。受付時刻は十時からとあった。「早めに済ませておこうか」ヨフが言い、受付に歩いていく。参加人数はそれなりに多いらしい。数えてみると十一人が列を作っていた。退屈だったのでパンフレットを眺める。剣道大会以外にも様々なものがある。陸上競技や、球技、水泳、射撃、それから学術系統の研究発表など。その中には機械研究もあった。むしろないものといえば魔法研究くらいだ。そういえば王の街は、王の街以外で魔法技能を研究することを禁止していた。狙いは戦力の独占だろう。一日ではとても見て回れない量の中で、ヨフの目を引いたのは大食い大会だった。賞金、及びに商品も出ると書かれている。時間も夕方の少し前からで、剣道大会が終わってからでも間に合いそうだ。

「ねえルピー、剣道大会が終わったらこれ行ってもいいかな」

「別に終わらなくても行ってこいよ。そもそも主導権はあたしにないだろうが」

「いいや、離れすぎたら魔法が解けちゃうんだよ」

「解けたらどうなる?」

「……言いづらいけど、死ぬ」

 予想はしていたので、ルピーは大して驚かなかった。

「ごめん」

「なんで謝る? 元々妙な形で拾った命だからな。かまわねーさ」

「ルピーはそういうところ、淡々としてるよね」

「そうか?」

「うん」

「だって僕は死ぬのが恐いよ。獣の魔法じゃなかったら、絶対に戦場になんて立てなかったと思う。隅っこに隠れて震えてたよ。少し慣れたけどね」

「じゃあ簡単じゃねーか。あたしはお前よりずっと慣れたのさ」

 ヨフにはわからなかった。

 並んでいた人々が減っていく。そのうちヨフの順番がやってきた。

 適当に説明を受けて書類に記入していく。性別欄に女と書く。

 受付の女性がヨフと書類を何度か見比べて「あなたが出場なさるんですか?」と訊ねた。

「いいや、知り合いの代わりに書類だけ書いてるんだ」

「んー……申し訳ありませんが、本人以外が書いたものは受け取れないことになってるんです」

「え、そうなの? えっと、じゃあ」

 ルピーの方を見る。ルピーは頷いて肩から少し離れて、人間の姿に戻った。受付の女性が目を丸くする。背後から「魔法使い?」「魔法使いだ……」と囁き声。

「これ書けばいいんだな」

 ルピーはまったく意に介さず、さらさらと書類に記入していく。使用武器欄に目を落とす。模造刀を貸し出してそれで試合を行うらしい。長剣、短剣、長槍、短槍、薙刀、弓の六つから選べるようになっていた。魔法は使用禁止らしい。背後からの声にヨフは居心地悪そうにしている。

「二刀ってできるか? 長いのと短いのと」

 不意の質問に、女性は唾を飲んだあとに「で、できますよ」と答えた。回答に満足してルピーはさらさらと書く。受付の女性が目を通す。

「はい、受領しました」

 それから好奇心と粘りのある視線を向ける。

「ヨフ」

「うん」

短い受け答えのあと、小鳥の姿に戻る。それから足早に去る。

しばらく黙ったままで距離が離れてから口を開く。

「魔法を見せたら、憧憬されるか怯えられるのがほとんどなんだけど。なんだかどっちも違ったね」

「嫉妬してるって感じだったかな」

 頷く。

「まああたしには少しわかる気がするな」

「嫉妬?」

「ああ。魔法を持ってないやつにとって、魔法持ちってのはある種の才能の限界を突き抜けた存在なんだわ」

 例えば人間がどれだけ鍛えようとも、ヨフの獣の魔法が生み出す象の重量を超えることはできない。チーターよりも速く走ることはできないし、昆虫の外骨格ほど皮膚を硬くすることもできない。

 いまいちピンときていない表情をする。生まれつき持っている人間にはわからないのだ。ルピーだってその嫉妬には多少なりとも晒されてきた。ドグルの血が混じっているルピーはヒュルムよりも遥かに高い身体能力を得ている。ドグルとヒュルムの差は筋力だけに留まらない。関節の稼動粋、重心の位置、歯や爪の鋭さ。ルピーは単なる筋力では純粋なドグルには劣るが、ドグルの剛性と柔性、ヒュルムの器用さと学習性を兼ね備えた“犬混じり”はドグルよりもむしろ戦闘に向いているかもしれない。

 ルピーがその嫉妬を知っているのは、自身もまた嫉妬しているからだ。ヨゼフの獣の魔法、レトレレットの力の魔法、あんな力があれば仲間を死なせることはなかったかもしれない。しかしレトの参加した戦いがルピーの参加した戦いよりもさらに激化したものであることを考えるに、どちらにしろ戦死者は出ただろう。そもそも嘆いてもルピーには力の魔法は手に入らない。「もしも」を考えることは意味のないことだった。ルピーはそれを仕方のないことだと割り切れるだけの自分を築くことができた。だが大勢の兵士、戦士にとってはそうではなかった。

「ねえ、時間までどうしようか」

「散策しながらもう少しなんか食おうぜ」

「うん。それがいいね。じゃあチョウリガッコウのほうに行ってみようか」

 地図を広げて歩き出す。網の目上になっている道を、地図と見比べながら進む。

 幾つかの通りを抜けたところで調理専門学校を見つける。そこには野外店舗が並んでいた。祭の入り口近くにあったものと違い、席が用意され、本格的な料理が提供されている。出店形式の販売もされていて、手軽に食べ歩きもできるようになっていた。

「ねえルピー」

「あん?」

「文化祭って、楽しいかもしれない」

 ヨフは代表的なパン料理をはじめとして、パスタや魚の揚げ物、ピザやドリアなどを金に糸目をつけずに買いまくった。

「お前、よく食うな」

「僕の魔法って燃費が悪いんだよ。どこかでカロリーを溜めておかないといけないなーと思ってたところだったんだ。」

 満足げに言う。

 さて、アズマ料理研究会を訪ねようとしたところで、こちらを見て固まっている女に気がついた。

「ヨゼフ=イトイーティッド……、だニャ?」

 呟くように名を呼ばれて、ヨフが彼女を見る。身長は百五十センチ程度だった。ゆとりのある和装で腰に刀を差している。皮膚は体毛に覆われていて、頭の上にぴょこんとかわいらしい耳が生えている。キャルト族と呼ばれる種族の特徴だ。そしてヨゼフ以上に両手に食べ物を抱えていた。

「ユキミじゃないか」

 二十七人の英傑の一人、「殺陣」アガツマ=ユキミだった。腰の刀が示す通りに前衛の一人で、三年前の戦争の際には主力となった人間の一人である。

「ずいぶん久しぶりだニャ? いきニャり所在知れずにニャったから心配してた。主に過保護のディベーロが」

 ドグル族がヒュルム語の「わ」を上手く発音できないのと同様に、キャルト族はヒュルム語の「な」をうまく発音できない。どうしても「ニャ」になってしまうらしい。それに緊張感に欠ける、どこか間延びした話し方をする。釣られてヨフも間延びした話し方になる。

「あはは。ディベーロにもあったよ。あんまりいい形でじゃなかったけど」

「うん。あちらから届いた手紙によると王の街を裏切ったんだそうだニャ。しかし裏切ったという表現もおかしニャはニャしだ。己らは悪魔に対抗するために力を貸しただけで、別に王の街の陸軍に下ったわけではニャいというのに」

 言いながらユキミは手にした食べ物を口に運ぶ。口の周りを雑に汚して手の甲で拭う。キャルトはヒュルムよりも指が発達していないのもあるが、単純にユキミは行儀が良くない。ふとヨフはユキミが持っているものが見慣れない食べ物ばかりなことに気がつく。焼き鳥の串と、寿司だけはわかった。

「それ、アズマ料理かい?」

「ん、よくわかったニャ? 己の故郷ニャんだが、マイニャーだから口に出来る機会に乏しいんだニャン」

 目を細めて笑みになる。

「あ、そうなんだ。美味しいもの紹介してよ」

「百聞は一見にしかず。ニャンでも食べてみるがいいニャン。アズマの料理はクセが強いものが多いから好みの個人差が大きいニャン。だからどれがいいとは一概には言い切れニャいんだニャン」

「ちぇっ。わかったよ」

「ところで貴様、犬の匂いがするニャ?」

「あー……ちょっと訳ありでね」

 ヨフはキャルト族とドグル族が、絶望的に仲が悪いことを思い出す。

 ドグル族は群れで行動し、キャルト族は単独での行動を好む。街が発展するよりも昔、ドグルとキャルトは縄張りの取り合いを行っていた。集団で獲物を狩るドグルは、一匹で動くキャルトを自分達の領域から駆逐した。キャルトは条件の悪い土地へ追いやられ、数を減らしていった。彼らは互いに差別意識を持っているが、キャルトのドグル嫌いは特にひどい。逆にドグルの若い世代はキャルトに対してそれほど関心を払っていないらしいが。

「人狼ニャどとニャかよくするものじゃニャい」

 吐き捨てるように言う。

 半分はドグルのルピーが聞いているところで、あまり話したいことではなかった。無理矢理話題を逸らそうとした。

「王の街から手紙が届いたのかい?」

「ああ、リビトが死んで、レトとアルが失踪したらしい。それで己、ラクシェイム、フィーリア、カイセル、ラーンスロットに招集がかかった。五人も招集されるのは異例だ。最近悪い噂も聞くが、また戦争でも始まるのか? まったく面倒だ。ヨゼフ、貴様も見つかったら連れてこいと書いてあった」

「僕も? 英傑の称号を剥奪されるって言われてるんだけど……」

「貴様ほど便利ニャ魔術師をやつらがそうそう手ばニャすとは思えニャいが」

「それもそうだねえ。……あの、カイセルって戦えるのかい? だいぶ深刻な感じだったと思うんだけど」

「己も知らニャい。使い物にニャらニャいとは思うけどニャア」

 カイセル=カトリクス=ベルフェーは操の魔法を使う強力な魔法使いだったが、戦争で精神を病んだ。

 元は軍人だが、殺気や血、刃物を極端に恐れるようになり退役したはずだ。王の街の軍人達もそれを知っているはずなので、いまさらカイセルに招集をかける意義がわからなかった。

「ふうん……」

「ところで貴様はこの街には観光かニャン?」

 あまり騒々しい話ばかりしたくはなかったのか、ユキミは話題を変えた。

「うん。そうだよ。ユキミもそうでしょ」

「いいや、己はいま学生をやってる」

「ええ……?!」

「そう驚くことでもニャいだろうに? 己はまだ十九だ。年齢的には妥当ニャところだ」

「でも、なんか、イメージと違って……」

 ユキミに対するヨフのイメージは戦時中の物だ。ユキミは東方の“軍人”に位置する“サムライ”と呼ばれる戦士だそうだ。彼女の放つ殺気は、レトレレットやディベーロのそれすら凌駕する。攻撃力だけなら英傑の中でも最強を誇る。こと一対一の戦闘においては誰も敵わないだろう。ただしリビトとは極端に相性が悪いが。

「そうか。やはり似合わニャいか」

「や、ごめん。そうじゃないんだ」

 弁明はどこか言い訳がましく聞こえた。実際似合わないと思っているヨフが少なからずいるのだ。

「いや、いい。己はいま己の人生を取り戻してるんだ」

「取り戻す?」

「ああ。己は生まれたときからサムライと育てられた。から剣の道以外を知らなかった。年頃のおんニャがどのようにして暮らしているのか、知ってみたかったんだ。結局己はこれを手ばニャせずにいるから、ニャ染めているのかもよくわからニャいけどニャ」

 “これ”といったところでユキミは刀を示した。

刃渡り九十センチ前後の標準的なアズマ刀だ。

「……うん、でもなんだか、いまのユキミはすごくいいと思うよ」

「そうかニャ?」

「ぶっちゃけ戦争の時のユキミって、恐くて近寄りがたかったんだよ。それがいまはやわらかい感じがする」

「ありがとう」

 ユキミは心底うれしそうだった。

「ところで君も剣道大会に出るのかい?」

「いいや、あんニャ子供騙しに興味はニャい」

「そっか」

「貴様、“君も出るのか?”と言ったがあいつが出ることは知ってたのか」

「あいつ?」

 誰かもう一人、ヨフの知り合いがいるのだろうか。

「まあせっかくだし会っていけばいいニャ」

「なんだか知らないけどわかったよ。あとせっかくだしいろいろ案内してくれないかな。ここの学生なんだったら、ユキミは街のことに詳しいんだよね?」

「んー……」

 だいぶ躊躇ったあとに、言う。

「悪いが、ニャんていうか、その……、犬の匂いがダメだ」

「あ、そっか。いや、無理言ってごめん」

「こちらこそ済まニャい。どうしてだろう」

 ドグルと一緒なのだから、ユキミが嫌がるのは当然だった。

「じゃあ僕はアズマ料理を堪能してくるよ」

「ああ。機会があればまた」

 別々のほうへ歩いていく。

ルピーが「悪いな」と言う。

「いいや、人と一緒にいるって、自分の都合を人と摺り合わせることでしょう? だからこれくらいは全然構わないよ。それに僕だって、彼女のことがすごく好きだったわけでもないし」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ