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9 学の街

 大きく何かが揺れたような感覚で、ようやくヨフは目を覚ました。

「ん? ……んん?」

 きょろきょろと辺りを見回す。無骨な鉄筋の中、振動、小鳥の姿のルピー、空席の少ない座席。ヨフは寝ぼけ眼を擦る。

「ここ、どこ……? あれ?」

「飛行機の中だ。ついたから降りるぞ」

 乗客達がぞろぞろと飛行機から降りていく。ルピーとヨフはその最後尾について歩く。ヨフが大きな欠伸をする。外に出るとやわらかい日差しが二人を包む。時間の感覚が曖昧だったが、どうやら朝のようだ。

「いま何時かな」

「十時半だ。飛行機の中に時計あったぞ」

「ルピーはずっと起きてたの?」

「いいや、むしろお前よりぐーすか寝てたよ。レトとやりあったせいで腹の傷が開いたからな……。血が足りねーわ。なんか食おうぜ。肉がいいな」

「缶詰だったらたくさんあるけど」

「あーえー、いや、その手のものは食い飽きた」

「そっか、じゃあ僕は先にちょっと食べようかな」

 ヨフは荷物を開けた。そこには、すでに空になっている缶詰があった。十数個あった缶詰はほとんど食べつくされていた。玉葱を使ったものが二つだけ残っている。ヨフがじっとりとした目でルピーを見る。ルピーは顔を逸らした。

「食べたの?」

「……」

「食べたんだね」

「……はい」

「なんで勝手に食べたの?」

「お腹が空いたからです」

「一言欲しかったな」

「あの、寝てたので、起こすのも悪いなぁと思って」

「勝手に食べるのは悪くないの?」

「悪いです」

「悪いことしたら?」

「……ごめんなさい」

「よろしい」

 ルピーをやり込めることができて、ご満悦な表情のヨフ。怪我をして血が足りなかったという事情も考慮してお仕置きはしない。ルピーはヨフの肩の上で長い息を吐く。飛行機を降りる。長い滑走路を歩いて、入街管理所で地図と許可証、それからパンフレットを貰った。

「これって?」

 ヨフが訊ねると、衛兵は人懐っこい笑顔で「いま学の街は文化祭の真っ最中なんですよ。楽しいですよ。いろいろ見ていってください」と言った。ルピーが何気なく「実戦剣道部ってなんか出し物やってるか?」と訊く。

「ええ。一般参加も可能な剣道大会が開催されています。十二時半からですね」

衛兵は声がどこから聞こえてきたのかを疑問に思いながらも答えてくれた。

不思議そうにしている衛兵を置いて、二人は街に入った。

「実戦剣道部?」

「剣の街からこっちに来た奴が入ってるんだと。名前はクーレン=ライカー。妙に懐かれてて、定期的に手紙寄越してたんだわ。あんまりあたしは会いたくないんだが、さすがに剣の街があんなことになったからその説明くらいはしないといけないなと思ってよ」

 ヨフがパンフレットを開ける。

「……実戦剣道女子部門覇者、クーレン=ライカー選手も参加します。って書いてあるよ」

「そりゃうちは剣の街だぜ? 外のレベルで優勝できなきゃ沽券に関わるさ」

 少し自慢げに、少し痛みを堪えるように言う。他の仲間はみんな死んで、自分だけがこうして偽りだろうが生きていることを悔いているのかもしれない。

「とりあえず行ってみようか」

「飯が先だろ。さっきも言ったが、あたしはあんまりクーレンに会いたくないんだよ。嫌いなわけじゃないんだが、ちょっと苦手なんだわ」

「どうしてさ? 同じ街の仲間なんでしょう」

「なんていうか……、お前とアルディアルみたいなもんだ」

 ヨフはなるべくリアルにアルディアルのことを思い出す。すぐに抱きつく。感情に正直。なんでも楽しめる。辛いことだろうが死ぬような目に会おうが。アルはいつも楽しいと言っていた。とはいえ一番楽しそうだったのは、ヨフに嫌がらせをしているときだったが。本人には悪意がないから始末が悪い。アルはいつだって、自分がやっていることが嫌がらせだという自覚がなかった。つまりは「自分がどうしたいか」が大切であって、ヨフがどう思っているかなどどうでもよかったのだ。とはいえヨフはアルのことが苦手ではあるが、嫌いではない。そういった「自分の都合」を押し通す人は、どこか眩しく魅力的に見える。だから嫌いにはなりきれない。

「腑に落ちた気がする」

「伝わったようで嬉しいよ」

「ちなみにルピーは剣道大会に出るのかい?」

「んー……あんまり興味ないな。まあ久々にクーレンとは手合わせしてみたい気もするが」

「少しでもそう思うなら出てみなよ」

「腹に穴が空いてなきゃ暇つぶしに出るんだがな」

「あ、そっか」

 ルピーは自分の腹部に触れる。鳥のままだと感触がわかり辛かったが、痛みは鈍かった。それほど派手に動かなければなんとかなるだろう。

「まあ学生の大会くらいどうにかとかなるだろ。せっかくだし出てみるか」

 他流の剣術に興味もあった。剣の街は技術に対して開放的で、外の流派を取り入れたり、逆に内の流派を外に指導することを積極的に行っていた。とはいっても「剣術を突き詰めて商業にまで発展させた」剣の街の技術を越える技はなかなか存在しなかったし、常人の限界を軽々しく求める技術は簡単には定着しなかったが。

 独裁の街で会ったゼラが見せた技が初見であったことが、ルピーを外の剣術への興味に駆り立てている。とはいえあの技術は短い曲刀の湾曲を利用した受け流しなので、直刀使いのルピーにはあまり縁がなかった。

 ともかくお腹が空いたので、ヨフは街の中に向けて歩く。すぐに露店があった。朝早いというのに、活気を持って二人を迎える。タレのこげるいい匂いが漂ってきて、ヨフはすぐ近くの露店に近づく。

「いらっしゃい。いかがですか? 三本で百ウェンになりますが。試食もやってますよ」

 鉢巻を額に締めた少年が、串に刺さった鶏肉をヨフに差し出す。

ヨフよりも少し年上なくらいだろう。学生らしい。

「これ、なんて料理?」

「焼き鳥です。東のほうに伝わる“醤油”って調味料で味付けしてあります。知名度ないせいかあんまり売れないんですよねえ」

 受け取ったヨフに苦味の混ざる笑みを見せる。

「あ、熱いから気をつけて」

「うん」

 串の先についた鶏肉をぱくりと咥えた。香ばしいタレの風味と鶏肉の持つ甘みが口の中に広がる。やらわかい鶏肉をかみ締める度に旨みが溢れる。

「……すっごく美味しい」

「でしょう?」

「なんで売れないんだろ。美味しいのに。三百ウェン分お願い」

「毎度あり。あ、よければ本館のほうも訪ねてください。ツジノ調理専門学校のアズマ料理研究会です」

「アズマ料理ね。わかった」

「匂いじゃねーの?」

 不意にルピーが言った。

「え、なんですか?」

「そこの換気扇で煙を全部吸い上げて上にやってるだろ? それが客こない理由なんじゃねーの? 近くに来るまでこいつもこれの匂いに気付かなかったくらいだし」

 姿の見えない声を不思議そうにしながらも、学生店主は得心が言ったように拍手を打った。

「あー、でもこれ切っちゃうと煙が舞って他の人に迷惑が……」

「他人の迷惑考えて売れなくていいのか? 注意されたらそのときはそのときでいいんじゃね?」

 暴論だった。

「それもそうかもしれませんね!」

 学生店主が若者特有の暴走で乗っかり、換気扇を切った。

「アドバイスしてやったんだからもう一本くらいサービスしようぜ?」

「わ、わかりました」

 十本の焼き鳥をせしめることに成功して、ヨフは露店を離れた。

「ルピーがあんな悪い子だったなんて……、知らなかった」

「戦場で剣振り回してるようなやつが尋常な精神持ってるわけねーだろ」

 戦場で魔法を以て素手で悪魔を殺していたヨフは少し俯いた。

「まあ元に戻れるやつはまだいい方さ。レトなんてアドレナリン中毒でぶっ壊れてたからな。あいつがあたしを育てた理由、知ってるか? 自分と対等に戦える壊れない玩具が欲しかったんだとさ」

「ははっ。レトらしいや」

「笑い事じゃねーよ」

「……ねえ、ルピー」

「あん?」

「ぼくは戻れてるのかな。おかしくなってないかな?」

 ルピーは一瞬口ごもった。

 それはヨフの内面に触れる何か重要な、心の深い部分だと感じとった。

 だから慎重に言葉を選んで、言った。

「あたしは昔のお前を知らないからはっきりしたことは言えないが、大丈夫だと思うぜ。お前は戻れてるよ」

「そっか、よかった」

 どう受け取った末にそう言ったのか、ルピーにはわからなかった。

 ヨフはディベーロのことを考えていた。

ディベーロは孤児だったヨフを王の街にある自分の家に連れ帰り、ある程度の一般常識を教えてくれた。身を立てるすべの多くなかったヨフに魔法という才能を生かした兵士としての道を示してくれた。そしてあの戦争を共に戦った。ディベーロの家族はヨフに戦争に行くなと言った。家族を失いたくないと言った。だけどヨフはディベーロの隣に立ちたかった。彼が命の危険に晒されているときに、何もせずにいるなんて嫌だった。どうしても聞き入れてもらえなくて、二度と家の敷居を跨がないことを条件にヨフは戦場に出た。そこは正しく地獄だった。なんの意味もなく人が死んだ。そして王の街の嫌な側面を見た。軍備のために外周部に住む商人達から税を搾り取り、払えなくなった人々を街から放り出した。治安を悪化させる可能性がある人間の存在を、王の街は認めなかった。戦争で出た難民でさえ受け入れなかった。ヨフはいっぺんにあの街が嫌いになった。いっそ悪魔達が王の街を滅ぼせばよかったのにとさえ思った。だから戦いが終わり、報酬を受け取ったあと逃げるように王の街を去った。

 王の街に行った際に、ヨフはディベーロの家族を訪ねなかった。いまになって行ってみればよかったかなと思う。絶縁だと言われたけれども、優しいあの人たちはきっと快く迎えてくれただろう。ヨフがおかしくなっていなければ。

「おい、焼き鳥寄越せよ」

「あ、うん」

 ルピーが鳥肉を啄ばむ。

 なんとなく共食いだなーとヨフは思う。


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