Judgement days
ゼラが銃の街に駆けつけた時、すでに悪魔による粛清教の攻略はすでに最終段階に入っていた。兵士達は六割が死ぬか負傷し、残りは散開し逃げ惑っている。間に合わなかった。別にゼラとしては依頼主が死に絶えようが構わない。だが報酬が支払われないなら困る。本部に向かって金目の物を片っ端から略奪して離脱してこようと考えた。
どうせ負けるならば別に戦わなくても構わないだろう。ゼラは粛清教の一員だが、彼らとは金銭だけの繋がりで思想的に共感したわけではない。
戦場を迂回して、森の中を通る。ゼラは悪路に慣れている。ゼラの歩いてきた道に平坦な道など一つもなかった。
影の濃い森の中をしばらくいくと、真っ白な髪をした女がゆっくりと歩いていた。
(悪魔やな。運が悪い。こんなとこでぶつかるとは)
気配を潜めて木陰に隠れる。様子を伺う。こちらには気づいていないようだった。
奇襲をかけるか?
距離的に避けては通れないだろう。おそらくあの白い悪魔の目標は正面で戦う他の悪魔から逃げてきた兵士だ。通常、悪魔達は逃亡兵を追わないが、そう言っていられる段階ではなくなったのか。あるいは単にあの女が人間に対する私怨で全滅を狙っているのか。
ゼラは深く息を吐きだし、吸い込む。新鮮な酸素を肺に貯める。
正体不明の魔法に飛び込むのは危険だ。ゼラの強さはアルディアルや、レトレレット、ディべーロとは根本的に異なる。まともな殴り合いで魔法使いには勝てない。徹底した事前調査と対策を打った上での暗殺こそがゼラの本領だ。
せめて魔法を把握しておきたい。
ゼラは運の悪い兵士が犠牲になるのを待とうと考えた。慎重にあとをつけ、見張り、逃亡兵が彼女の前に現れる。次に「死にたい」と呟いて、自分の口の中に銃口を突っ込んだ。
(精神操作系っ!)
いける。確信したゼラが奇襲を実行に移そうと一歩踏み出したとき、突然彼の脇に現れた銀髪の老人に右腕の関節を絡め取られた。
老人は折るつもりで間接を捻った。
「!?」
折れなかった。肩関節を捻ろうとした方向に動かしながら体を浮かせたゼラが、老人の顔に向けて剣を突き出す。老人が反射で切っ先を躱す。腕を離して距離をとる。
老人――悪魔タードナーは違和感を覚えた。ゼラの関節は人間の骨ではありえない強度だった。魔法を使った気配もない。ではなぜ折れなかったのか。
タードナーは幾つかの可能性を考える。
例えば関節に金属を埋め込んで強化している。身体の組織を丸事変換している。なんらかの特異体質、または恒常発動型の魔法でタードナーが見逃した。
彼は攻撃力に欠ける悪魔だ。『闇の魔法』は奇襲、及びに逃走には非常に便利な魔法だが攻撃には不意打ち程度にしか使えない。手練を相手には一度見せれば警戒されて、継続して戦うことは難しくなる。離脱するべきというのが彼の出した結論だった。
『闇の魔法』を使い、タードナーが視覚、聴覚、嗅覚の認識から外れる。
ゼラはにいと笑った。地面を蹴った。当てずっぽうで突撃をかけていると判断したタードナーが横に跳ぶ。それを正確に追尾したゼラが剣を突き出した。剣はタードナーの頬骨を砕いて侵入し、食道の後ろを突き抜けた。ゼラは跳躍気味に、剣を上方に思い切り引き上げた。脳髄を斜めに割いて剣が頭蓋骨を割る。なにが起こったのか理解できないままタードナーが倒れる。異変に気づいた白い悪魔が振り返る。舌打ちしながらゼラが疾走。できれば奇襲で仕留めたいところだった。いくら相手が雄型よりも筋力の低い雌型といえど、悪魔と白兵戦はできるだけやりたくない。
白い悪魔が魔法を使う。ゼラは無視して間合いを詰めた。
「え……?」
驚いた声。剣の間合いに入る。白い悪魔がゼラを振り払おうと腕を伸ばした。半月の軌道を描いた片手剣がその腕を撥ね飛ばす。ゼラは逆の剣を胸の前に構えたまま体ごと突っ込む。左に飛んでかわそうとした白い悪魔に、神速で反射したゼラが左足を差し出す。足をかけられて白い悪魔が転倒する。倒れた悪魔の肩に剣を突き刺し、地面に縫い止める。
「両方とも格闘向けの魔法とちゃうかって助かったわ」
剣を構え直したゼラが白い悪魔の頭に向けて、切っ先を向ける。
「ど、どうして、心の魔法が効かない……?」
「さあ? 心がないんとちゃうか」
剣を突き出す。縫い止められた剣を白い悪魔は強引に抜けた。肉が裂けて白い骨が割れる。痛みに耐えながらなんとか死を凌ぐ。転がるようにして逃げる。ゼラが炸裂弾を放る。悲鳴を挙げて白い悪魔が動きを止める。
「んーな芋虫みたいな逃げ方してらんと、おとなしく俺に殺されろ」
低く構え、横薙に払った剣が白い悪魔の頭から背骨を裂いた。死んだことを確認する。
ゼラは周囲を警戒しつつ、素早くその場を去る。二体ともゼラと相性のいい悪魔で助かった。ゼラは森を抜ける。銃の街の本拠があるはずの土地。そこに平常通りの工場が立ち並ぶ光景はなかった。炎に包まれていた。
「っ……」
まだ周り始めで遠くからではわからなかった。だがすでにそれなりの火勢を得ようとしている。誰かが走ってくる。兵士らしい。ゼラの前で止まり、息を切らしながら
「お待ちしておりました。こちらへ!」
請われるがままについていくと奥地にある洞窟にトラストウェイの他数人がいた。
「なんやここ?」
「非常時に備えて作られた隠れ家だ。幹部しかこの場所は知らん」
「なんや、えらいことになっとるみたいやな」
「ああ。現在までに確認された悪魔は七体。東側にライベアスとディアルラの姿があった。西側に待ち受けるように他の悪魔が逃亡兵を狩っている。逃げるに任せていた昔とは違うらしい。我々を殲滅するつもりのようだ」
「へえ」
臆病な悪魔達にしては随分大胆な行動に出たものだ。ゼラは三年前のベルリアの時を思い出す。あれはいい仕事だった。いい金になった。
「悪魔達と王の街の軍隊をぶつけて漁夫の利を得るつもりが、悪魔の矛先が我々に向いた。クアトヴィラにまんまといっぱい食わされた」
ちなみにトラストウェイはクアトヴィラが粛清教に参加していたことを知らない。幹部はみんなぶかぶかのローブと仮面で顔を明かさないようにしているからだ。逆にクアトヴィラがトラストウェイのことを知っていたのは、銃兵達の指揮を取れる人材が他におらずトラストウェイが前面に出ざるを得なかったからだ。
トラストウェイは一月前にライベアスとディアルラが王の街を訪れた時、盾の街に入った瞬間に強襲をかけることを提案した。しかしクアトヴィラが交渉に持ち込んで油断を誘ってからの奇襲をごり押した。
「くそ……、悪魔共とも対等にたたかえるだけの力をつけたと思っていたのに連中が少し本気になればこれか。獣の街を滅ぼしレイフォールを殺した銃の威力も、やつらには通用せんのか」
「あほか。この程度やったらレイフォールにも通じへんわ」
「……なんだと?」
「レイフォールの『屍の魔法』は死体を操る魔法や。ただ波長の合う死体しか魔法に反応せーへん。あのじいさん、三年前に六百二十体の屍兵を全部使い尽くして引退したんや。いまの手持ちはせいぜい五、六体やろ」
そういえばレイフォールはヨゼフの肉体が『屍の魔法』の魔法との相性が凄まじくいいとかで、ヨゼフに死んでみないかとずっと勧めていた。そのせいでヨゼフはレイフォールをひどく避けていた。
どうでもいいことなのですぐに忘れる。
「それよりいまどーするん? ここにもそのうちくるで」
「……ああ、速やかに離脱する。ゼラ、お前には我々が離脱するまでの時間稼ぎを頼む」
「あん?」
ゼラは間の抜けた声を出した。
「ジブン、まだ俺の依頼人のつもりでおったん? 報酬は? 金全部燃えて残ってないやろ。契約解消に決まっとるやん?」
「な……」
「ボランティアちゃうんやで? ビジネスや。ビジネス。わかる? ギブアンドテイクや。払えるもんないのに宗教法人の手伝うなんかやるかい。ジブンらでなんとかせーや」
トラストウェイは一気に青ざめた。ゼラの協力が得られなければ、脱出の可能性は限りなく低くなる。いまのライベアスは敗残兵や逃亡兵を見逃していたころの彼とは違う。確実に殺される。
「ま、待て。払う。たしかにこの街にあった金は燃えただろうが、盾の街にある自宅を抵当にいれて……」
「足らん」
ゼラは切って捨てた。
「それだけやったら俺はもう行くで?」
「待てっ。ゼラっ。俺を! 俺たちを見捨てるのか?!」
「見捨てる……? あんまねむたいこと言うなよ? 俺の仲間はもう全員墓の下じゃ」
ゼラは外へ出た。火勢が強まっている。早めに脱出したほうがよさそうだ。
まだ焼けていない建物もあったが、満足できるだけの荷物を持って、帰ってくる余裕はないだろう。
「……ふぅ」
金が得られなかった。
ああ、終わったんだなと思った。
ゼラの肉体はおおよそ三分の二が機械で出来ている。だから関節技など効かないし、精神操作系の魔法は効果が薄い。すぐに修正プログラムが働くからだ。『闇の魔法』の認識阻害も熱源探知には影響しない。
彼の発明は機械の街で行われたが、すでに機械の街は滅びている。文明力が違いすぎて数々のオーパーツとも言える武器や機器を産み出し、それを狙った他の街から侵略されて滅びた。
「飛行機」、「録音機」、「銃」、「通信機」、「壁」
これらはすべて機械の街で理論が提唱され、作られたものだ。
ゼラは「機械兵士」の試作型として生み出された。材料は死にかけた人間だ。機械の街の技術ならば、頭と心臓さえ無事なら他はすべて人工臓器で対応できた。
機械の街が滅び、ゼラは流出した。はじめはこれで自由になったとせいぜいしたものだが、徐々に体が動かなくなっていった。機械の体を維持するには定期的なメンテナンスが必須だったのだ。
現在、学の街に機械の街の技術を発掘し、再現している研究機関がある。その利用には多額の資金が必要で、ゼラの稼いだ金はほとんどがそちらに回っていた。
これまでは「二十七人の英傑」に与えられた賞金を使ってどうにかこうにか凌いできたが、すでに底をついている。大口の顧客である銃の街には期待していた。だが結局無駄になった。これから別の顧客獲得することは難しいだろう。
仕方ない。覚悟はしていた。
元々死ぬはずだったところを無理矢理拾った命なのだ。それでも死ぬのは恐ろしかったが、残りの短い生涯を楽しむことに費やそう。
ゼラは無理矢理笑った。そうすることがなにより自分らしいと思ったからだ。
彼らしい劇的な最後を求めて、ゼラは歩き出した。




