2 獣の街
馬に乗って街道をしばらく行くと、ドグル族の青年を見つけた。ドグル族は全身が石灰色の毛並みで覆われている。下半身が太く強靭で、上半身は細くしなやかだ。速く走るために体重は軽い。足の爪は長いが、手の爪は短い。足は地面をより強く掴むために、手は道具を持ちやすいように進化したのだ。頭から背中のほうへ炎が燃えているような長い髪を垂らしている。腰に提げた剣と布でできた軽装。腰のポーチはカーキ色で軍用のそれに見えた。青年は灰青色の瞳がこちらをみた。睨むように見えてしまう顔つきは、ドグルの特徴だ。ヨフは馬を降りて、軽く頭を下げた。青年もヨフと同じようにした。
「こんにちは」
「こんにちワ」
「この近くの街の人かな?」
尋ねると、青年が頷く。
「君ワこの先の街にいこうとしているのですか?」
そういえばドグル族はワをうまく発音できない。まあ気に止めるようなことでもない。
「うん、そうだよ」
ヨフが答えると、青年は険しく見える顔をさらにしかめた。
「やめておいてほうがいいです」
「え、どうして?」
「獣の街ワこれから戦争をするからです」
「戦争? どうして? どこと?」
「銃の街です。ドグルのことが気に食ワないらしい。一方的に宣戦布告をしてきました」
銃の街。
聞いた事がある。最近できた街だ。工業の街でかなり進歩した技術を持っているらしい。街の半分が工場でできていて、鉄鋼を輸入し、加工して売り出して差額で利益を得ていたはずだ。他の街で使われている工業製品や、槍や剣などの武器も、銃の街で作られているものであることが多い。街の名前になっている銃に関しては、まだ他の街には出回っていないようだけど。
「銃の街がかなり過激な言葉を使ったので、ワれワれはいま非常に敏感になっています。きっとあなたワ不快な思いをします」
人狼。と忌々しそうに彼は言った。
「彼らワ人狼をはじめとする亜人を駆逐するための聖なる戦いであると考えているようです。純人族は高潔な一族で、世界に純人しかいなくなれば争いワなくなるんだとか」
「はっきりいってアホだね。ドグルの身体能力は僕らのようなヒュルム族……彼らのいうところの純人族より高い。知能にも大差はない。学の街にもドグルはたくさんいて優秀な論文を発表してる。一部の学派が主張しているドグルやキャルトみたいな種族が悪魔の血を引いているってのも、遺伝子工学で否定されたのに」
「ええ、そしてワたしたちは、狼の血族であることをなによりも誇りに思っている。だから“人狼”や“亜人”という呼ばれ方が許せないのです」
ヨフは頷いた。
「亜人なんてのはヒュルムを思考の中心に置いたいかにも差別的な言葉だよねえ。僕らと君たちは、まったく別の進化過程を辿って結果的に二足歩行で頭がでかくなっただけなのに。で、二足歩行で頭がでかくて言葉を話せる生き物を、便宜的に人って呼んでるだけなのにさ。だいたい純人ってなんだよ」
「まったくです」
僕らは呆れてため息を吐いた。
「あの、君はもしかして軍隊の斥候に出てるのかい? 引き止めたら悪かったかな?」
「いいえ、大丈夫ですよ。武力においてヒュルムがワれワれに勝てるわけがありませんから」
それは……。
楽観視しすぎではないだろうか? ヨフはほかにも攻め滅ぼされた街のことを聞いている。たしかにドグル族は武力に優れている。だが争いを好んではいない。武力に優れているが、武力による支配を否定してきた。拳法や剣道が文化として残っている程度だ。
対して銃の街は争いを好んた。憎しみではなく、土地と金と人が欲しいから他の街に攻め込んだ。欲望の力は強い。なにかが欲しいから人は文明を発達させてきた。
「他の滅びた街の話は聞いた?」
「はい。知ってます。しかし人狼と罵られたまま引き下がればルーレイスに言い訳が立たない」
ルーレイスとは彼らの信仰する神だ。
たしか彼らの偉大な先祖の名前だったはずだ。
「とりあえずお風呂と食べ物が欲しいから、いってみていいかな?」
「武器を持っていないなら、なんとかならないことワないと思うますが……」
苦い表情で付け足す。
「やはりおすすめしません。ワかい世代はともかく老齢の世代ワ、やはりヒュルムに対する拒絶感が強い」
三十年ほど前。「アルバーパラス粛清教」という宗教団体によってドグルは悪魔の使いとされていた。その宗教の信者がヒュルムの中で相当に数が増えてしまい、戦争に発展したことがある。他のヒュルム達が教祖に停戦を呼びかけ、応じなかったのでヒュルム同士の戦いに発展した。正式な謝罪と賠償は行ったものの、いまだにその事件は両者の大きな溝となっている。
「……んー、でもお風呂が恋しいなぁ」
ヨフがあまりにも呑気な声をだしてので、青年は吹き出してしまった。そして自分の身につけていた腕章をヨフに握らせる。
「これをお持ちください。それと街でワたしの名前をだしてください。レックと言います。少し態度が変ワるかもしれません」
「え、いいの? これ大事なんじゃない?」
「ドグル族ワ形式を大事にしません。現実を好みます」
レックはドグルであることに誇りを持っているようだった。ヒュルムであることに特別誇れる点を持たないヨフは、少しだけ彼が羨ましくなった。
「それでワ、ワたしワそろそろ行かせてもらいます」
「ありがとう。じゃあ僕もいくよ」
レックが片手を差し出してくる。ヨフは自分の手を軽く服で拭ってから、その手を握り返した。固くてゴツゴツしている。肉球だけが柔らかい。感触が気持ちよくて反射的にぷにぷにしてしまう。「あ」爪が出てきて、ヨフの手に触れた。皮膚がわずかに破れる。
「ご、ごめんなさい」
「や、完璧な自業自得だから、気にしないで」
今度はヨフが苦笑する番だった。
謝り倒すレックを受け流しながら、馬に乗る。それから彼と別れ、街道を緩やかに走る。ぽたりと一雫、血の玉が垂れる。
「……おっと、忘れるところだった」
すっと手を這わせると、ヨフの手の傷がなくなった。




