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Judgement days

「ああ、くそ……。負けた」

 ルピーが目を開けた。

「大丈夫かい?」

「一応な。意識はあったんだよ。てめえとトラストウェイ達の会話も一応聞こえてた。ていうかよかったのかよ?」

「よかったって何が?」

「優男と師匠はお前の仲間なんだろ? 悪魔と戦わせたら死ぬかもしれないぜ。ついていかなくていいのか?」

「うん。僕にとってあの二人は大事な友達だけど、友達のせいで利用されるのはたくさんだ。それに二人とも自分で納得して軍人って道を選んだんだ。僕は納得できなかったら軍には入らなかった。それだけのことだよ」

「そういうとこ結構ドライだよな」

「軽蔑したかい?」

「いいや、全面的にお前が正しい」

「ありがとう」

「……あと聞いておきたいんだが、あのアリスって女何者だ?」

「暗殺者だよ。噂では軍の誰かが孤児を拾って、殺しを仕込んだって言われてる。三年前はもっと荒んだ目をしてた」

「“毒の蝶”、とか呼ばれてなかったか?」

「そういえばそんな異名もあったかも」

 こんこんと控えめなノックの音が響く。

「どーぞ」

 ヨフがいい加減な返事をする。

 扉が開いて女が一人入ってくる。腕や顔に擦り傷のようなものがある。

「どうしたの?」

「手を貸してください」

「トラストウェイ絡みの頼みごとならごめんだよ。他をあたってよ」

「違うんです。あの、アリスさんが……」

「アリス?」

「とにかく来てください」

 要領を得ない説明を聞きながら医務室に向かうと、数人の男女がアリスを取り押さえていた。アリス本人は奇声をあげながら暴れている。『心の魔法』の影響で精神のバランスを崩していた。アリスは魔法使いではないが、それなりに鍛えている。数人でも時折引き剥がされかねないような力を見せていた。

「あー……なるほど」

「あの私たちではどうにもならず……」

「ん、わかった。どうにかするから、僕が彼女を押さえたらみんな離れて」

 ヨフは無造作に彼女のベッドに近づいて、そのまま抱きしめた。

「アリス、ねえ、アリス」

 優しく呼びかける。手足を押さえつけていた何人かが離れる。アリスの爪がヨフの服や首に食い込む。

「大丈夫だよ。辛かったね。ずっと悩んでたんだね。気づいてあげられなくてごめんね」

 まるで恋人みたいな言い回しにルピーがおかしくて、小さく吹き出す。アリスはそれから小一時間ほどヨフの体に爪や歯を立て続けた。ヨフは黙ってされるがままにして、時折優しく呼びかける。やがてアリスが力尽きて、眠りに落ちた。

 ヨフが周囲に人がいないことを確認する。

「ねえ、ルピー」

「あん?」

「僕も一歩も間違えばこうなってたのかなぁ」

「なってなかっただろうな。戦争のときにお前が殺してきたのは誰だよ?」

「……悪魔だね」

「そいつは人間を殺してきたさ。自分と同じ人間を」

「それはなにか違うのかな?」

「剣の街で最初に教えるのさ。悪魔は化け物だ。人間のような形をしているけどそれだけだ。間違っても自分たちと近いものだと思うな。あれはただの化物だ。ってな。近いことはお前も思ってたんじゃないか。形は違うだろうが、自分よりも優れている種族だ。程度のことは」

 そうかもしれない。とヨフは思った。

「その女は人間を人間のまま殺してきたんだ。心をどうにか凍らせて、命令だから仕方ないって言い訳して。

それであの白い悪魔の魔法を受けて罪悪感が吹き出した。大勢の人間を殺しておきながら平穏に暮らしているいまの自分が許せなくなった。女中なんだろ? その女は。   

今回のは、たぶんいまの就職の世話になったやつから脅されたんだろうな。相手が男なら肉体関係も強要されてるんじゃねーの?」

「そうなのかな……」

 生まれた時点で人は大きく違う。

 独力の才覚で登っていけるものはいるのかもしれないが、やはりそんなものは一握りしかいない。暗殺者としてしか人並みの生活を得る方法のなかったアリスを、ヨフは哀れに思った。泣き疲れて眠るその顔は、年頃の少女と何も変わらない。

「なぁ、ヨゼフ。お前は人間を殺したことがあるか?」

「ないよ」

「そうか。そりゃいいことだな。もし万が一、お前が人を殺さないといけなくなったときは代わりにあたしがそいつを殺してやるよ」

「こんなに嬉しくない申し出は生まれてはじめてだ」

「そうだな。そんな日がこなけりゃいい」


 それからあまり時間を置かずに、修理の終わった飛行機に乗ってヨフは王の街を出た。飛行機の中でヨフは落ち着かなさそうに窓の外を見ていたが、やがて眠りについた。少しだけ夢を見た。その中でヨフはまだ赤子で、母親の手に抱かれていた。ヨフは何かを待っていた。お腹が空いたのかもしれない。排泄物が気持ち悪かったのかもしれない。泣きながらただ自分を助けてくれる無償の存在を待っていた。ヨフを見る母親には顔がなく、それはヨフが自分の両親のことを完全に忘却していることを示していた。

 目を覚ましてしばらくすると、飛行機は学の街に降りる。



 

 






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