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Judgement days


 ディべーロが去ったあと、アルディアルとライベアスが叩き潰された場所に一人の男が立っていた。

 水色の髪に青い皮膚。服は女物のワンピースのような服を着ている。服からは常に水が滴り落ちている。

「ああ、ライベアス。君だってこの結果を知っていただろうに。ぼくが止めるのも聞かずに君はぼくらのために一人で力を尽くして、君はついに力尽きてしまった。

 しかしぼくはそんな君を誇りに思うよ。さあ、ムルブル、君は彼とディアルラを連れて逃げるんだ。追撃の手はぼくが抑えよう。決して振り返ってはいけないよ」

「……言われなくてもあなたの心配なんてしていないなの」

 ディアルラを背負ったムルブルは冷たく言い「これはどうするなの?」とアルディアルを指差す。

「どうもこんにちは、久しぶりですねクトゥルユー」

「アルディアル、そんな状態でも意識を保てるなんて君は本当に強い子だね。ぼくはその強さと聡さがいつか「全身麻酔で痛みを麻痺させているから意識は保てているだけですし、あなたのその芝居がかった口調を長々と聞いているのは精神衛生上あまりよくない」

 クトゥルユーが口を尖らせる。割り込まれて不機嫌になったらしい。

「ワタシをどうするつもりで?」

「一緒に逃げよう。君は汚らわしい人間とは違う。ぼくらと一緒に行く資格を持っている。それにぼくには君が必要だ「これ連れて行かないといけないなの? あたしは反対なの」

 再び割り込まれたクトゥルユーがしょげた顔になる。

「ク、トゥル、ユゥ」

 息も絶え絶えにライベアスが目を開けた。

「起きていたのかい? 大丈夫、ぼくに任せて君は休「殺す、な」

 ついにライベアスにまで割り込まれたクトゥルユーが絶望的な顔つきをする。

大分無理をしたらしい。ライベアスはすぐに再び目を閉じた。

「あー、すいません。ワタシも連れて行ってください。このままだったら人間に解剖されます」

「……頼まれたなら仕方ないなの」

 クトゥルユーが何か言おうとしたが、ムルブルはさっさとアルとライベアスの手を掴んでさっさと魔法を使った。

『光の魔法』

 ムルブルの体が光の粒になる。それがアルとディアルラ、ライベアスに伝染。光子となった四人の体が光の筋になって壁の上部でしばらく停止する。ミスリル製の壁が放つ魔力と激突し、少しして壁の外へと消えていった。

「騒ぎを聞きつけてやってきてみたら、随分久しい顔を見たのう? どこから入ってきた。ねずみめ」

 フォルトルーロが槍を構えて背後に立っていた。逆側からレトが歩いてくる。

「どこ? どこだって? 君たちはあんな大きな通路を開け放しておいて、このぼくにどこから入ってきたかと問うのかい? そんなくだらないことはどうでもいい」

 クトゥルユーは芝居がかった口調で言う。

「傷つき倒れたライベアスに変わって、この舞台はぼくが引き受けた。さぁ、踊ろうじゃないか。ぼくはライベアスほど優しくない。君たちが容赦に値する存在だとも思わない。“十六振りの魔剣”たるこのクトゥルユーが、造作もなく君たちを捻り潰」

「てめえの口上は聞いててイライラする」

 レトが突っ込んでいく。

 ため息をこぼしたクトゥルユーの足元がごぽごぽと音を立てて盛り上がった。

『水の魔法』

 川から引いてきたらしい水が地上に溢れ出す。間合いを詰めようとするレトの腹に向けて水流が殺到する。レトが大剣を掲げてそれを受ける。ミスリル製の剣は水流を受けきったが、大きく吹き飛ばされる。フォルが単槍を抱えて疾走。こちらにも水流が向くが、『流の魔法』が水の向きを変える。四方に散った水を抜けて槍をつき出すが、易々とそれを回避したクトゥルユーがフォルの手を掴む。身体能力において悪魔は人間を容易く上回る。

「かつては素晴らしい勇者だったが、君も老いたものだね……」

「貴様のほうは随分な間抜けと化したものだな?」

 クトゥルユーの周囲にある水がことごとく弾かれる。『流の魔法』が向きを変えて、クトゥルユーは水のコントロールを失う。

 体勢を立て直したレトが迫る。クトゥルユーはフォルを投げ飛ばす。クトゥルユーが水のコントロールを取り戻すが、レトが間合いを詰める方が速い。

「るうおああああああっ」

 裂帛の気合と共に斬撃が繰り出される。クトゥルユーが後方に跳んで斬撃を躱す。レトがさらに間合いを詰める。レトの魔法は『力の魔法』という。筋力、速力、回復力、おおよその力と名のついたものをことごとく強化できる。これにより身体能力においてレトは悪魔を凌駕する。

 突き出された大剣を、寸前で水が叩き落とす。右側から迂回した水流がレトの脇腹を捉えた。鎧が砕け、吹き飛びながら地面に叩きつけられる。途中でフォルが割って入り、『流の魔法』が水流を遮断する。

 レトがすぐに立ち上がる。

「通常ならいまので五体が粉々に砕け散るのだけれど、やはり君は恐ろしい」

 クトゥルユーの周囲に膨大な量の水が浮かんでいる。

「正面からあれを突破するのは厳しいのう」

「いいじゃねえか。敗色が濃い方が勝負ってのは楽しいだろ」

「しかし現状では手が足るまい。どうする?」

「お前が崩して俺がトドメ、シンプルだろうが。何が難しい?」

 肉食獣の笑みでレトが笑う。

「簡単に言ってくれるのう」

 フォルは呆れかえる。

 レトはクトゥルユーに身体能力でついていけるが、フォルのほうはそうではない。だが水流を防御できるのはフォルのほうだけだ。攻撃力が足りなかった。

「なんだか面倒なことになってるみたいだね」

 ふと二人の後ろから声がした。

 軍服を着た軽剣士が立っていた。軍人に似つかわしくない優男だった。

 リビト=マクラース。

「事情はあとで聞かせてもらうよ。いまはとりあえず加勢する」

 ショートソードを構える。リビトの姿がブレる。偽の魔法が発動しようとしていたが、それよりも速く水流がリビトに向かう。

「リビト、ぼくは君を高く評価している。だから真っ先に君を潰そう」

「……ありがたいね」

 クトゥルユーの背後からその声は聞こえた。リビトはクトゥルユーの真後ろに立っていた。レトやフォルの背後にいたリビトの姿が、水流を受けてバラバラになって消える。同時にレトが走り出す。

 レトたちの傍に立っていたリビトは『偽の魔法』で作り出された幻だった。リビトの魔法は自分自身か手元にある物体の幻影を創りだすことができる。

 声までは作り出せないが、それは盾の街での仕事中にあったフォルに、録音機を渡すことで解決できた。だからリビトはさきほど表面をなぞるようなことしか話していない。

 まんまと背後をとったリビトが、クトゥルユーの首筋を切り裂いた。そしてその手応えの異常さに、咄嗟に背後に跳んだ。切ったはずの首からは水滴が飛んだだけだった。ダメージがなかったわけではないらしく、クトゥルユーは首を押さえている。リビトに向けて水流を繰り出す。リビトは避けられない。レトが跳躍。

 クトゥルユーを飛び越えたレトがリビトと水流の前に大剣を突き立てた。ミスリルに弾かれて水流が割れる。

「いまのは迂闊だろうがリビトッ」

「……ごめん、殺れると思ったんだけどなぁ」

 斬撃が通用しない。

 ヨフのような不死身の能力かと思ったが、おそらくは違う。体を完全に水に化けさせることができるのならば、レトを恐る必要はまったくない。レトとリビトには同じような魔法を持つ悪魔に出会ったことがあった。ヨフのような細胞の種類を変えるような変化ではなく、体細胞をまるごと水に変えるのは魔力の消費量が大きい。使えて十数回。というのが二人の出した結論だった。

 リビトの姿がブレる。何人かのリビトの姿をした幻影が出現する。左右に別れて幻影が散開する。リビト自身も幻影の中に混じる。クトゥルユーにはどれが本体かわからず、幻影の攻撃を防ぐために水を散らさざるを得ない。そうして生まれた水流の隙間にレトが突っ込む。水で迎撃しようとしたが、吠え声を上げたレトは水を大剣で叩き切った。

「っ……」

 単純に水量が足りないのだ。クトゥルユーは幻影に回していた水をレトのほうへ回そうとするが、リビトの影がちらついて邪魔をする。喉を切り裂いたリビトの大胆な初手は、恐怖となってクトゥルユーの脳裏に刷り込まれていた。十中八九は幻影だとわかっているリビトの影に対して注意を割り振らざるを得ない。

 結果としてレトに接近を許す。大剣を再び垂直の水流で叩き落とす。レトはわざと大剣を手放して、クトゥルユーに肉薄する。別の水流がレトの右脇腹を狙う。フォルがそれを流の魔法で妨害。組み付いたレトがクトゥルユーの腕を取る。骨が壊れる寸前で肩から先が水に変化。瞬時に間接技から投げ技に以降したレトが、そのままクトゥルユーの足を刈った。バランスを崩したクトゥルユーに左から水流が接近。レトは大剣をとってそれに備えたが、水流は全身を水と化したクトゥルユーを押し流していく。向かう先は。

「フォルっ!」

 レトが叫んだ。数人のリビトの幻影が、クトゥルユーのほうへ向かうが水によって蹴散らされる。フォルの目の前で、クトゥルユーは水化を解いた。流の魔法で水は威力を失うが、流の魔法はそれ単体では生物の体に影響を及ぼすことはできない。

 クトゥルユーの手刀がフォルの右肺をぶち抜いた。引き抜く。同時に迫っていたリビトに蹴りを繰り出す。それは幻影で蹴りは空振りした。しかしそのすぐ下に這うような低い姿勢で走っていたリビトがその足を切り裂く。同時に逆の手から、小さく黒い物体が放たれた。炸裂弾だった。フォルの意識は既に落ちている。流の魔法の干渉が途切れた水を引き戻そうとするが、到底間に合わなかった。リビトが飛び退く。爆発。クトゥルユーはまともに受けた。

 クトゥルユーの側面に回ったリビトがナイフを投げる。リビト自身も接近する。この機を逃せば、フォルを失ったリビト達に勝機はないと考えての行動だった。レトも同様の考えで間合いを詰める。

 しかしナイフはクトゥルユーの体を貫通した。水流が水化したクトゥルユーごと持ち上がり、空中を凄まじい速度で抜けていった。

「待てっ。てめえ逃げるのかよ?!」

 レトが追いかけていく。到底追いつける速さではなかったが、それでもレトは追い続ける。市街地に出られたらまずい。が、そんなことはしないだろうとリビトは思っていた。

「僕らの足止めは果たしたから、逃げるのに邪魔なフォルだけ倒して逃げたってところかな……?」

 追撃に出るよりもまずは、フォルの治療を。

 リビトがわずかに迷った末に判断を下す。しかし城から出てきた衛生兵がフォルを取り囲むほうが早い。不意に彼らはフォルを見殺しにするのではないかと思った。

 ここでフォルを殺せば悪魔による被害として、王の街は軍隊の主力を動かす大義名分を得る。治療を見届けるべきだ。リビトは少し迷い、衛生兵達に向けて近づく。

「大丈夫です。フォルトルーロ様は助かると確約します! あなたは悪魔を追ってください」

 衛兵は断言してみせた。

 リビトは自分の考えを恥じた。駆け出そうとしたとき、上から怒鳴り声が響いた。

「リビト!」

 トラストウェイだった。

「レトを連れ戻せ!」

 予想外の命令に驚く。どうして?! と問い返そうとしてリビトは咳き込んだ。

「疲労した貴様らなど糞の役にも立たん! レト共々一度戻って休め!」

 言われてから疲労に気づく。複数の幻影を人間のように動かして戦う『偽の魔法』は、脳を酷使する。加えて盾の街で起こっている暴動と散々格闘してきたあとだ。

「……了解」

 リビトはおとなしく従った。

 レトは川のそばに立っていた。川を伝って壁の向こう側に流れていったクトゥルユーに追撃を諦めたらしい。

「レト、戻ろう」

 レトが浅く舌打ちする。

 食い足りないらしかった。




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