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Judgement days

 足元で起こした小さな爆風を蹴って、アルディアルは跳躍する。ライベアスの挫の魔法の死角は彼の手のひらより上だ。平面上にいる限り挫の魔法に勝てる人間はいない。剣も弓も魔法ですら、なんでも“挫ける”からだ。ただしそれは上をとっている限り攻撃範囲が限定されることも意味している。

(レトが出てきませんね。まあどうにかなるでしょう)

 ヨフが何かしたのかもしれない。ヨフならばライベアスを逃がすためにレトを足止めことくらいはやるかもしれない。

 アルは少しだけ愉快な気持ちになる。レトを足止めしてもヨフにはまったく利益がないのにヨフは動く。アルはヨフのそういうところが好きだった。ヨフは通常の人間が考える利益と遠いところにいる。

「アルディアル」

「なんですか?」

 会話しながら火薬を爆ぜさせる。ライベアスが空気を挫いた足場を蹴って逃げる。ちらりとディアルラのほうを気にする素振りを見せる。

「お前はなぜいつまでもそちら側にいる? 最初は我らと同様、人間と戦っていたではないか」

「ああ、それは簡単ですよ。あなたがたのやり口の単純さと目標の遠さに諦めたのです」

「なんだと」

「正直なところあなたがたにはバカバカしいとすら感じます。生態系の維持、文化の尊重、そんなことを考えながらほんとうに人間を絶滅させることができると? 方向性がまったく統一されていない集団が、完全に統率された部隊に勝てると思いますか? ワタシは思いません。あなたがたは彼らを卑劣と呼びますが、ワタシからすればあなたがたのしていることはただの効率性の放棄だ」

「ではお前はどうやって人間を滅ぼす?」

「あなたには明かせません。なぜならそれ自体がワタシの計画の支障となるからです」

「……そうか」

 ライベアスはこれまで逃げながら戦っていた。ディアルラがヨゼフを倒せたなら合流してからアルディアルと戦うのが理想的だった。アルディアルはライベアスからしても簡単な相手ではない。殺害ならばともかく行動不能にするのは難しい。しかしどうやらディアルラとの合流は叶わなさそうだった。

 かといってアルディアルから逃げ切ることも難しい。それにできればディアルラを回収してからこの場を離れたい。

「どうやら多少無茶でもお前を殺さない程度に痛めつけなければならないらしい」

「別にしなくてもいいですよ。あなたが死んでくれれば」

「……貴様は本当にベルリアに似ていないな。親子だというのに」

「ええ、ワタシもそれだけが本当に惜しいと思いますよ」

 アルが目を細める。邪魔だからと自分の手で葬った父親のことを懐かしんでいる。ライベアスは背筋に冷たい物を感じる。彼にはアルの気持ちがまったくわからなかった。まったく違う次元を生きているようだった。この場で殺したほうがいいかもしれない。

 頭の隅に過ぎった考えを、ライベアスはすぐに打ち消した。例え殺すにしてもここでやるのはまずい。かといっていまのライベアスには、アルまで連れて逃げる余裕はない。

 ライベアスが足場を蹴った。接近戦なら半魔のアルよりもライベアスのほうが優れている。大胆に間合いを詰めれば、アル自身を巻き込んでしまう火薬の威力かなり制限できる。突き放すための爆撃は無視して突っ込むつもりだった。手足の一本や二本が吹き飛んだくらいならライベアスは充分に動ける。

(爆撃を撃ってこない……?)

 接近戦を挑む気なのか、はたまた別の「薬」を用意しているのかわからなかった。

 間合いが詰まる。ライベアスが疾走の勢いのまま腕を突き出した。爪がアルの肩から胸にかけての肉をえぐる。それ以上の侵入をアルが腕を掴んで止める。

 アルがにいと笑った。

 火薬の臭いが強く鼻をついた。臭いでバレないように生成寸前の状態で大量に用意していた。

「貴様っ……?!」

「ところでこの手は予想していましたか?」

 火薬が爆ぜた。アルごとライベアスを巻き込んで大量の火薬が二人のいる空間を粉砕する。ライベアスは咄嗟に片手で挫の魔法を使い片側からの爆撃を遮断した。しかしそれでも、ダメージは大きかった。衝撃波で吹き飛んで落下する。途中で空気を挫いた足場を用意する。

「げひっ、がはっ」

 呼吸器系のどこかに損傷を受けたらしい。咳の出方がおかしい。吐血する。

 アルが着地する。服のあちこちが焼け焦げているがライベアスよりはダメージが少ない。

「よくも、このような戦術を選ぶものだな」

「ははっ。驚きましたか? 驚いたでしょう?」

 無邪気に笑う。とっておきの手品を成功させた子供のような笑み。

「しかしこれで接近戦は挑み辛くなりましたね。同じことを二度されたら今度は耐えられないでしょう? さぁ、どうしますか。中距離戦は『薬の魔法』の独壇場ですが」

「決まっている。もう一度接近戦を挑んで貴様を粉砕する。それだけだ」

「躊躇がありませんね。素敵です」

 実際のところ、アルは接近戦を挑まれるのが一番嫌だった。

 だから自爆してまでライベアスを突き放したのだ。時間を稼いでレトと合流し、二対一で戦うのが最も好ましい。元々一対一で戦うには荷が重い相手だ。ただでさえいま、アルはライベアスより低い位置にいる。挫の魔法の効果領域の内だ。

 しかし一向にレトが出てくる気配がない。

(それにライベアス同様、ワタシも行動不能になるわけにはいかないのですよね)

 通常の爆撃は挫の魔法で防がれる。だが自爆は避けたい。あれをもう一度やればアルも動けなくなるだろうから。

 アルは半魔だ。そして半魔というのはいまのところアルしかいない。生物学的にまったく違う生き物である悪魔と人間に子が生まれるはずがないからだ。だから王の街の学者達はアルを解剖したいと常々思っている。アルには彼らの気持ちがよくわかる。同じような生き物がいれば、アルもきっと同じように解剖したいと考える。

 アルが生かされているのは、アルと軍隊が交戦したときの被害と、アルの解剖で得られるリターンの釣り合いが取れていないからだ。だから動けないところを拘束すればその障害はなくなる。

(さて。どうしましょうか) 

 薬の魔法で精製できるものはもちろん火薬だけではない。いまだってアルは鎮痛剤で痛みを麻痺させている。麻痺性のガスや溶解液の類も作り出すことができる。

 しかし悪魔に対してそれらは効果が薄い。

 人間よりずっと毒物の濾過機能が高いのだ。アルはまるで悪魔という存在は人間の上位互換のようだと考える。人間が明確に優っているのは心の多様性だけだ。

 再び疾駆するライベアスに向けて爆撃を放つ。ライベアスがそれを挫く。黒煙が舞い上がるがそれねじ伏せられる。ライベアスに合わせてアルも前進する。ライベアスの魔法の効果領域外は、上方の他にもう一つある。それは手のひらよりも内側だ。

 少し離れた位置に火薬を精製。爆撃を読んだライベアスが手のひらだけをそちらに向けて挫の魔法を使う。多方向に同時展開できないことも挫の魔法の死角の一つだ。

 間合いが迫る。アルにはすでに望みの薄い接近戦でライベアスをどうにかするしかなかった。

 

 その時だった。

 二人はまったく気づかなかった。

 空中に何か大きな塊が浮かんでいた。

 それは鈍色の手だった。

「鋼の魔法」

 男のつぶやきは誰にも届かなかった。

 鋼の手のひらが上空から、二人のいる場所に叩きつけられた。

 お互いに気を取られていた二人は、それにまったく気づけなかった。

 アルディアルとライベアスは、叩き潰されてぐしゃぐしゃになった。

 大きな大きな地鳴りが王の街に響いた。

 なんの感慨もなさそうに、ディべーロは無表情で歩く。


「ヨゼフ、なにも言わずにそれをこちらに渡してくれ。俺と争うな。互いの利益のためにならないことはやめよう」

 ディべーロが言う。それとはディアルラのことだ。ヨフはディべーロとディアルラの間に立ち塞がる。

「できない」

「そうか」

 ディべーロは特に関心を払っているわけでもなさそうだった。できれば殺すがそうでないなら別に構わない、程度らしい。

「君はいま粛清教にいるのかい?」

「ああ。そのとおりだ。できればレトレレットのほうを殺しかったのだがな。だがアルディアルとライベアスを殺れたのなら上出来だろう」

「あれくらいであの二人が死ぬかな?」

「死んでいなくても瀕死程度にはなっているさ。そうなれば王の街の連中が勝手にトドメを刺してくれる。悪魔であるライベアスはもちろん、半悪魔のアルディアルとて重要な研究材料になる。解剖されて標本になるだろうな。お前がいま庇おうと、その雌型の悪魔とて同じだよ」

「……」

「さて。俺はもう行くよ。お前はともかくリビトに嗅ぎつけられれば厄介だ」

「どうして……?」

「なんだ?」

「どうして君は粛清教にいるのさ?」

「どうしようもないからさ。俺自身が俺を止められなくなった。だからこうするしかなくなったんだ」

 ディべーロは薄く笑った。ヨフにはそれはひどくさみそうな笑みに見えた。

「話せて少し嬉しかった。すまない」

 ディべーロが逃げていく。

 ヨフは追わなかった。別のそんな義務はなかったからだ。それにヨフの魔法とディべーロの魔法は相性が悪い。

 しかしそれ以上になによりも、ディべーロと戦いたくなかった。

「動かないでなの」

 首筋に冷たい物が当たってから、ヨフは背後の存在に気づいた。爪だった。皮膚の色は薄い黄色。悪魔の手だ。

「ヒュルム語はこれで通じてるなの?」

「……うん。あってるよ」

 首を切り裂かれても動けるヨフは、どうするべきか必死に考えていた。だけどまったくなにも思いつかなかった。今日1日のうちにいろんなことがありすぎて考えがまとまらない。

「何もしなければ殺さないなの。ムルブルをただ見逃して欲しいなの」

 ムルブルというのがこの悪魔の名前なのだろうか。声からして雌型の悪魔らしい。

 ふと爪の感触が離れた。恐る恐る振り返ると、背後のディアルラを長い金髪の小さな女の子が背負っている。

「ディアルラを助けてくれてありがとうなの。この恩は一生忘れないなの」

 女の子は言い、そのままアルたちの方へ歩いていく。ヨフは疲労感に任せてその場に転がった。城の窓からレトが飛び降りてくるのが見えた。



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