Judgement days
――脳震盪から少しふらつきながらも回復し、レトは立ち上がった。そして窓との間に立ち塞がるように立つ、ルピーを見る。
「先生、ずっとあんたを殺したかった」
「お前な、舐めんなよ? 万全ならともかくお前その腹――」
言い終わるよりも速く、長刀の斬撃が横薙の閃光となって飛ぶ。レトは大剣を盾にそれを防ぐ。高い金属音。即座に剣を引いたルピーが振り下ろした二擊目。横に跳んで躱し、制動をかけたレトが突進する。大剣を振るう。斜めに跳んだルピーが壁に着地。3m超の長刀がそれに追随。銀の光が室内の壁を切り裂いて疾駆する。レトが首を下げて刃の軌跡を逃れる。
(リーチの違いが厄介だな)
レトは人間相手に魔法を使うのを嫌う。単にそんなものがなくてもレトは人間相手には負けないし、相手は怪我人だ。とはいえアルディアルが一人でライベアスを抑えるのも限界があるだろう。魔法を使って早々に決着をつけたほうがいいのは間違いない。レトは少し迷った。
彼は別に責任感のある人間ではない。
むしろ責任感とは対極な場所にいる。
レトは別にライベアスに誰が何人殺されようと構わなかった。
遠心力に任せて叩きつけられたルピーの斬撃は、読みやすいが重い。受けた手が痺れる。衝撃が体を突き抜ける。対してレトはルピーに対して有効なダメージを与えることができていない。ここまでレトはルピーに圧倒されている。それは魔法を抜きにして戦う人間が相手では久々の経験だった。
「なにをやっている? さっさと片付けろ!」
トラストウェイのやじが飛ぶ。クアトヴィラと一緒に室外に逃れている。扉の影に隠れながら叫ぶ彼の姿はレトには矮小なものに見える。
(あんたでも俺の楽しみの邪魔はさせねーよ)
レトは最小の動作でルピーの刀を受けながら、じりじりと間合いを詰める。犬混じりのルピーと純粋なドグルであるレトでは、身体能力においてレトのほうが高い。
だが立体的に室内を逃げ回りながらリーチを生かした斬撃を繰り出すルピーを、レトは捉えきれない。それは軽剣士に類するルピーと鎧に身を包んだ重剣士であるレトの装備の違いにも端を発している。
純粋な剣士で他にスキルを持たないレトに対して“逃げ回りながら攻撃する”ことほど有効な手はない。ただ実行できるだけの能力を持っている人間はごくわずかだが。
(やっべえ、超楽しい)
レトレレットは戦闘狂だ。
一定の周期で戦わなければ体が震えだす。適当な兵士で憂さ晴らしをして解決するのが彼の日常だ。それはある種の戦争後遺症だった。レトは戦闘行為に対して痛みをほとんど感じない。脳内麻薬の分泌量が尋常ではないからだ。アドレナリンの習慣性に慣れた彼はもっと刺激を求める。もっともっと、リスクの高い危険な戦いを。
レトのアドレナリン中毒はすでに日常生活が危ういレベルに達していた。戦っているときでなければ。戦うことを考えているときでなければ彼の体は満足に動かなかった。震えと痺れ、疼痛。戦闘になればそれから解放される。レトは戦っているときだけ、自分の体のコントロールを取り戻せる。
気持ちいい。
ルピーの剣が命を掠めて、レトは笑う。
肩口を浅く切られただけ。レトはルピーの右側から左に向けて接近。ルピーは逆に右に逃げた。急に切り替えせずに、レトの体が一旦止まる。そこへ長刀の斬撃が差し込まれる。避けるが、ルピーはすでにレトの剣が届く場所にいない。
ルピーの腹から血がだらだらと垂れていた。傷が裂けて溢れている。このまま長引けば、失血と疲労を重ねたルピーが負ける。確実にレトが勝つ。だがそれではレトはおもしろくなかった。
レトは少し間合いを引いて、ルピーに対してまっすぐに剣を構える。体勢は極端に前傾によっている。主に防御主体だったレトが攻勢に出る構えだった。
「なんのつもりだよ?」
攻めあぐねているのはルピーも同じだった。傷と運動量の差で長期戦を避けたいルピーに短期決戦は望むところだ。ヨフの意図には反するのだろうが。
「てめえこそなんのつもりだよ? 俺様はこれからライベアスを殺しにいかなきゃならねーんだが。なんでお前が止める?」
「クライアントの意向にはなるべく従っておけ、って教えたのはあんただろ?」
「勝てない勝負はするな。とも教えなかったか?」
「勝てない勝負ねえ。随分自分を高く評価したもんだな?」
レトが踏み込んだ。ルピーが横薙の斬撃を繰り出した。リーチで勝るルピーの斬撃は確実にレトよりも先に届く。レトは大剣では防がなかった。ただ神速の反射で、左手の籠手を長刀に叩きつけた。
「っ……」
体重を乗せた斬撃を弾かれたルピーが体勢を崩す。筋肉の塊であるレトと、しなやかな肉を持つルピーではそもそもの体重が違う。肉薄されては勝ち目がない。
突き出された大剣を、体を捻って避ける。大剣がルピーの後ろの壁を突き抜けて派手な破壊音を上げる。ルピーが脇差を抜く。心臓を狙う。バランスが崩れたままのルピーの斬撃では鎧を突き抜けられない。だから咄嗟に前進するレトの勢いを利用することを考えての行動だった。
だが突然レトの姿がルピーの視界から消えた。凄まじい速さでルピーの左手に潜り込んだレトは、ルピーの頭に向かって頭突きした。
「がっ……」
右側の逃げ道を壁に刺さった大剣に塞がれたルピーの行動が読めたから、左側を塞ぎに行った。長刀の斬撃を防ぐことに意識を割かなくていいから、速く動けた。
それがルピーの予測をわずかに上回った。
ルピーは二三度ふらついたあと、どうにかバランスを取ろうとして失敗し、床に転がった。意識を失っている。
レトは楽しい時間が終わってしまったことを悔やみながら、ミスリル製の大剣を壁から引き抜き、アルディアルを追いかけようと窓から外を見た。本命の獲物がまだ残っている。
戦闘に集中していたレトは、少し前に鳴った大きな地鳴りに気づいていなかった。




