1 山賊の街
ヨフはしばらくこの街に滞在していた。
市場にいけば大抵あの男の姿を見つけることができた。市場の人に話を聞いてみると、彼の評価は厳しかった。「若いのに鍬を振るいもせずに、プラプラ遊んでいる」そういうふうに彼は見えるようだった。ヨフは少しだけ寂しくなった。
しばらく見ていると男の元に小さな女の子がやってきた。髪を撫でている。
「やあ」
男はヨフに声をかけてきた。
「こんにちは」
ヨフが二人に向かって声を出すと、女の子のほうは男の背中側に隠れてしまう。
「人見知りなんだ。治したほうがいいって言ってるんだけど、なかなかむつかしくてね」
「へえ」
ふと疑問に思った。
たしかに彼は仕事をしていないようだ。
ではどうやって生活しているのだろう?
「いつもここにいるけど、お金はどうしてるの?」
「答えづらいことをきくね。君は」
苦笑する。
「元々は公務員をやっていた。けれど農の街との貿易に反対したらクビになったよ。いまは学の街にいたころに作った会社の利益で生活してる。払わなくともいいと言ってるのに、友人が毎月金を送ってくるんだ」
それがあのなにも盗まない盗賊団の軍資金なのか。
「少し込み入った話をするから、向こうで遊んでなさい」
男は足元に向かって、優しい口調でいう。
女の子はしばらく首を振っていた。が、あやすように頭を撫でられると離れていった。
「あの子は孤児なんだ。親は工業製品の輸入で職を失って自殺した」
「……」
「両親の死体を見てしまって、いまだに心を開いてくれない。言葉もまともに話せない」
「そんな子供も使って、盗賊をやっていく気なの?」
男は頷いた。
「あの子のような子供を増やさないためさ。人の手は足りない。おおっぴらには動けないからね。ただでさえ盗賊団の呈をなしてるんだ。指揮が乱れたら、とんでもないことになる」
おそらく違う。
この人はとんでもないことにしたいのだ。街が破綻する前に、多くの人にこの街を離れてほしいんだ。だから盗賊の噂を流そうとしている。
風の噂に、彼が逮捕されたと聞いたのは十二日目の午後のことだった。宿の人が、あの変な人捕まったんだって、と言っているのを聞いた。
変な人? ヨフが訊ねると「いつも市場の真ん中でよくわからないことを叫んでいた人」と言っていたので、きっと彼のことだろうと思った。
捕まった理由は盗賊行為だった。どうやら死刑になるらしい。市場の中でいろんな人に話を訊くと、これまでばれなかったのは衛兵の中に少なからず彼の協力者がいたからだそうだ。壁の外に出ることには衛兵の協力がいるので、そうではないかと思っていた。
滞在を許されている最後の日の朝、部屋を誰かが軽く叩く音で、ヨフは目を覚ました。
「ヨゼフ様、いらっしゃいますか?」
オキの声だった。
眼をこすりながら、時計を探す。
ずいぶんと早い時間だった。
「朝焼けの時間ですが、どうなさいますか?」
「見る!」
ヨフははしゃいだ声をだした。
外に飛び出す。
以前に見た夕焼けとはまたずいぶん違っていた。空は濃紺で、雲が深い陰影を創りだす。水の流れが煌く。オレンジではなく薄紅色をしていた。空の濃紺と水の紅色が対照的だった。
彼はきっとこれを守りたかったんだ。
ヨフは勝手に思った。
そして昼前にさっさと用意を済ませると、一頭の馬を借りて宿を出た。
「ありがとう。お世話になったね」
「いえ、私も旅人さんとお話できて楽しかったです。またきてくださいね」
オキがぺこりと頭を下げる。
たぶんもう二度とこない。とは言わずに、宿をあとにした。
そして壁の出入り口で、最初の衛兵さんを見つけた。
「街を出るのですか?」
「うん」
ヨフは頷いて、許可証を返した。
それから何気なく訊ねてみた。
「間違ってたら悪いんだけど」
「はい?」
「あなたって農の街のスパイ?」
「え……」
彼女は目に見えて狼狽した。
「もしくは学の街かな?」
「どうしてそう思うのですか?」
「だってこの街の人はみんな、僕が名前を名乗っても魔道士だってわからなかった。教養がないんだよ。街のいろんなところを見て回ったけど、きちんとした学校はなかった。唯一学校を出たって言った人は、学の街で勉強したんだって。だからあなたはもしかしたら、この街の人じゃないのかな。って思ったんだ」
彼女は何も言わなかった。
「例の彼のことを密告したのもあなたかな?」
「……なんのことでしょうか」
彼女は平常通りの笑みで答える。
しらを切られては仕方ない。
明確な根拠は何もないのだ。
「変なこといってごめんね。ばいばい」
ヨフは馬に乗って、街を離れた。
これもまた風の噂で聞いたのだけど。
その後、やっぱりあの街は破綻してしまったらしい。農の街からの安い作物の流入で、街の中の産業がほとんど全廃してしまった。農業の衰退を発端に街全体が痩せ衰えていき、やがて終焉を迎えた。
その一帯には本当の山賊が出没するようになったらしい。
彼らの武器は鋤や鍬のような、農業用具なんだとか。