Judgement days
ドアをノックする音でヨフは目を覚ました。いつのまにか眠りこけていたらしい。
「はい……?」
寝ぼけ眼をこすりながら、ヨフは扉を開ける。軍服をきた若い兵士が立っている。
「おはようございます」
「うん、おはよう。なにか用事?」
「トラストウェイ中佐がお呼びです。五分以内に軍服に着替えて三階の第六会議室へ来るようにと」
ヨフのことを知らないらしい兵士は「こんな子供がなんの役に立つのだろうと怪訝そうな顔をしている。ヨフは務めてそれを無視して「うん、できるだけ早くいくよ」と言い、無作法に扉を閉めた。
軍服に着替え、廊下に出る。
五分以上経っているがヨフは別に気にしない。
会議室を開ける。トラストウェイの叱責が飛んだが、無視して椅子に座った。
「レトとアルは?」
手近にいた女中に訊ねる。
「ライベアス様を迎えに行っています。もうすぐ来るはずです」
「あれ? アリスかい?」
「はい。ヨゼフ様、お久しぶりです」
女中がにっこりと微笑む。
「ここに就職したんだね」
「ええ。紆余曲折ありましたが、ようやくまともな職にありつくことができました」
「よかったね。おめでとう」
「ありがとうございます」
その笑顔に少し影がある気がしてヨフは少し引っかかる。
「アリス」
トラストウェイが私語を咎める。
アリスは控えめに頭を下げて下がった。
退屈になったヨフは机に突っ伏してレトとアルを待った。
「ヨゼフ」
トラストウェイが苛立った声を出す。
「うるさいなぁ。無理矢理連れてきたんだからつれてきたんだからこれくらい許そうよ。そんなピリピリしてたらハゲるよ?」
「お前というやつは……」
軍の規律を守護するために、本来このような口調での応対は許されない。しかしヨフの年齢と立場がそれを強要し辛くさせている。
そのうち扉が開いて、高価そうな服を着た若い男が入ってきた。金髪碧眼に整った顔立ちをしている。目尻の低い柔和な顔で微笑んだ。
「おはよう、トラストウェイ中佐。いい朝ですね」
「おはようございます。クアトヴィラ審議官」
「こちらがヨゼフさんかい? はじめまして。私はクアトヴィラ=エヴァンズ=リタルセイズです」
握手を求めてくる。
ふてくされているヨゼフは机に頭をつけたまま手だけを伸ばした。
「ヨゼフ=イトイーティッド=カッセだよ。僕は機嫌が悪いんだ」
「これは失礼しました」
クアトヴィラは丁寧に言い、少し視線を鋭くしてトラストウェイを見る。
「中佐、君は彼に何か無礼をしたんじゃないかい?」
「やむを得ない事情がありましたので」
「やむを得ない。軍人はそればかりだね」
一番扉に近い椅子に掛ける。トラストウェイが何か反論しようとした瞬間、再び扉が開く。
アルが赤銅色の肌をした悪魔と談笑しながら入ってきた。その後ろに真っ白な外見をした雌型の悪魔がいる。レトが彼らから数歩後ろで剣に手をかけて警戒している。
クアトヴィラが立ち上がってそれを迎える。トラストウェイもそれに習った。
「やあ、ライベアス」
ヨフが顔を上げた。
「やあ、ヨゼフ」
快活な声でライベアスが答える。ライベアスは次にトラストウェイに、最後にクアトヴィラのほうへ視線を移す。
「お初にお目にかかります。俺はライベアス、そしてこちらはディアルラというものです」
隣の悪魔を指す。服も肌も、虹彩さえ真っ白な悪魔だ。ようやくディアルラに気づいたヨフが驚いて立ち上がる。
「どうしてここにいるんだい?」
ヨフが訊ねたが、ディアルラはヨフを暗い目で一瞥しただけで答えなかった。視線を逸らすように俯いた。
「ようこそいらっしゃいましたライベアスさん。どうぞおかけください」
クアトヴィラがライベアスに、一番奥の窓際の席を勧める。ライベアスが控えめに礼をして座る。壁際に立ったままのレト以外の全員が席に着いた。
「この会談を始める前に私から一つだけ言っておきたいことがある」
ライベアスが切り出す。
「一度は武器を手に取り殺しあった我々が、こうして同じテーブルを囲むことができるようになったことを、私はとても嬉しく思う」
穏やかな笑みで言う。釣られてクアトヴィラが。それからアルディアルが笑みを見せる。ヨゼフも暖かい気持ちになった。
「くだらない感傷を見せてしまってすまなかった。はじめようか」
会談が始まった。
先ずライベアスが粛清教と思われる集団から受けている被害について切り出す。その集団はすでに何体かの悪魔を倒しているらしい。集団は金属製の筒で武装している。筒の先から煙が上がったと同時に、悪魔は倒されているのだそうだ。
(銃……、だな)
ルピーがヨフの耳元でささやく。粛清教と銃の街にはなんらかの関わりがあるようだ。ふとルピーはヨフが俯いて、ひどく悲しそうな顔をしていることに気づいた。
「あの武器はどういったものなのだろうか? 誰かの魔法を応用したものだという説が我々の中では主流なのだが、俺はそうは思わないのだが……。対策を立てようにも手掛りが少なすぎるのだ」
「いくつかは押収しているのでは?」
クアトヴィラが訊ねる。
「いいや、一つも手に入っていない」
「どうしてですか? あなたがたの戦闘能力を考えるに、粛清教の構成員を一人も倒せていないとは思えないのですが」
「……それはひどく簡単な話だ。武器ごと自爆して死んだからだ」
「殉教者どもか」
吐き捨てるようにトラストウェイが呟く。
殉教者とは粛清教の中でも最も過激にその思想に染まった人間達で、悪魔を殺すためなら己の身命をかけて戦う。そして死を賭して戦う人間は、時に信じがたい力を発揮する。それが正の意味でも、負の意味でも。
「その武器の仕組み自体はそう難しいものではありません」
クアトヴィラが言う。
「名前は銃と言います。バネ仕掛けで火打石を叩き、発した火花で筒の中の火薬を爆発させます。爆発の衝撃で鉛の玉を打ち出すのです」
「ほう」
ライベアスはアルのほうを見る。火薬というワードに反応したのだろう。アルはにっこりと笑っただけだった。
「あなたがたは凄まじいものを作り出すのだな……」
「お恥ずかしながら、我々王の街で生み出された技術ではありません。銃の街が独自に作ったまったく新しい武器です」
アルとレト、それからヨフはそれが嘘だと知っている。銃は数年前まで王の街と交流を持っていた機械の街で生み出された技術で、ディべーロの奥の手だ。もしかしたら彼が銃の街に製法を伝えたのかもしれない。おそらくクアトヴィラも知っている・だが彼の嘘を正すものは誰もいなかった。
「つまりは強力な弓矢だと考えて構わないだろうか?」
「ええ、その認識で間違っていないと思います」
クアトヴィラが自分も正しく理解していないということをアピールする。
「ディアルラ、お前も会話に参加しろ。俺がいずれ死んだとき、次の時代を引き継いでいくのはお前たちなのだ。ことに人間のことはよく観察しておけ」
ディアルラは答えない。ライベアスは首を振ってクアトヴィラのほうに向き直る。
「済まない。元々は聡明な女なのだが」
「構いませんよ。それより本題に入りましょうか。そちらがわざわざこちらからやってきた理由。粛清教の本拠地、及びにその人員についての情報を求めてですね?」
ライベアスが頷く。クアトヴィラが女中に指示をして用意していた地図を広げさせる。
「我々も正確な情報を掴んでいるわけではありません。しかし」
剣の街を指す。
「この一帯まで彼らの力が及んでいることがあきらかになっています」
それから彼の指は獣の街を通り、西のほうへ伸びていく。川沿いにある幾つかの街をなぞっていく。歪な円を描いてクアトヴィラの指が剣の街に戻ってくる。
「……大きいな」
ライベアスが感嘆する。
「ええ。我々も対処に追われているところです」
「これほど事態が大きくなる前に食い止めることは不可能だったのだろうか?」
「試みてみましたが、間諜や地方の軍隊を用いた方法では限界がありました。王の街の本隊を動かすわけにはいきませんでしたから」
「歯がゆいな……。しかし武力という物の行使はそれだけ慎重になるべき事柄か」
クアトヴィラが頷く。軍隊が議会によって厳密にコントロールされている現状を、彼は好ましく思っている。好ましく思っていないトラストウェイが渋い顔をしている。
「ここまで規模が広がったのは、戦わずに吸収合併された街が数多くあったからです。剣の街を滅ぼしたのは効果的なデモンストレーションだったと言っていいでしょう。あれによって周辺の街の軍隊は、戦う前に降伏する道を選んでしまった。多くの街にとっては、貿易先が銃の街に変わるだけで大きな変化がなかった」
話疲れたのか、クアトヴィラは控えめに溜め息をついた。
「陽が出てきましたね。カーテンを閉めましょうか」
女中に指示を出す。女中はライベアスの背後を歩き、カーテンをゆっくりと閉めていく。ディアルラがわずかに視線を動かし、また俯いた。
女中がカーテンを閉める延長のような動作で、ライべアスの後頭部に向けてナイフを投げた。ライベアスは振り返らずに、無造作にそれを掴んだ。
「殺気は消せても血の臭いまでは消せんよ。暗殺のアリス、英傑の名は怪我で離脱していて逃したのだったかな? 三年前に同胞達が散々痛い目を見せられたのだ。お前の臭いは忘れんよ」
奇襲が失敗し、アリスは二本目のナイフを抜いた。が、ライベアスが手のひらを向けると唐突に転倒した。
『挫の魔法』
何かとてつもない重量の物がのしかかっているように、アリスは地面にへばりついたまま一歩も動けない。ライべアスは彼女に向けているのと逆の手で、ナイフをテーブルに突き立てた。
「クアトヴィラ殿、これはいったいどういうことだろうか? まさかこれがアリスの独断専攻で済むと思っているほど、俺を侮っているわけではあるまい?」
ライベアスの放つ激烈な殺気が場を支配した。ヨフが小さく「聞いてないよ?」と零す。クアトヴィラは「だから私はやめようって言ったのですよー」と軽い口調でトラストウェイに向けて言った。同時に、壁際に立っていたレトが動いた。
「このような搦め手が成立する相手ではないのですから、最初から正面から彼らをぶつければよかったのです」
狼の表情で身の丈ほどの長さと大きさを合わせ持つ剣を、振るおうとした。
そのとき。
「ああわかった。やはり貴様らはそうなのだな」
ディアルラの声で、その場にいた全員が静止した。すでに戦闘体勢に入っていたレトが動かない自分の体に戸惑う。そしてライベアスとディアルラを除く全員が、自分の首に指をかけた。彼らの視界には自分の手を握る死神が見えている。
「だったら全員、ここで死――」
言い終える前に、ライベアスの手のひらがディアルラを叩いた。吹き飛んだディアルラの体が、カーテンを引きちぎり、窓ガラスを叩き割って真下に向かって落ちていく。全員の呪縛が解ける。
(いまの感覚は……?)
事態を冷静に把握しようと努めたヨフやアルと違って、レトはただちに殺意を続行した。大剣が引かれ、レトの巨体がライベアスに迫る。ライベアスが手のひらをレトの前に突き出す。挫の魔法が発動し、アリスと同じようにレトが転倒する。同時に、軽やかにアルがテーブルを蹴って空中を舞う。
「挫の魔法の効果範囲は手のひらを突き出した前方数メートル、上方には効果領域が存在しません」
アルの『薬の魔法』が発動。指を擦り合わせると摩擦のよって散った火花が、空中に撒き散らされた「火薬」を爆ぜさせる。
爆炎が発生し、寸前までライベアスがいた範囲を薙ぎ払う。ライべアスは砕けた窓の外、空中に立っていた。空気を挫いて足場にしているのだ。そのままくじいた足場を蹴って逃げる。
「アリス! 白い悪魔を追え。レト、アル! 貴様らはライベアスを――」
トラストウェイが怒鳴る。途中で、アリスが怯えた表情で自分の手を見つめていることに気づく。
レトやアルは戦士だ。殺めてきたのは兵士や悪魔といった、戦う覚悟を持っている人間と魔物だけだった。
しかしアリスは暗殺者だ。罪もない、普通の人々を権力者にとっての害になるという理由で殺してきた。
だから『心の魔法』による心理操作を強烈に受けてしまった。押し殺してきた罪悪感を揺さぶられて使い物にならなくなった。
アルは言われるまでもなく、ライベアスを追って出て行く。レトは立ち上がろうとしているが、転倒した拍子に軽い脳震盪を起こしたらしい。ならばと思い、トラストウェイはヨフの姿を探す。アルやレトが戦っているあいだの、自分達の護衛程度にはなるだろうと連れてきたヨフだが使えるならば使う。あれに白い悪魔を追わせればいい。時間稼ぎにはなるはずだ。
爆炎が起こした煙晴れ、ヨフが割れた窓から飛び降りるのが見えた。トラストウェイは感心していた。いけ好かないガキだったが、自分たちの意図を察して先回りして動いたと思っていた。彼の認識は大きく間違っていた。
「ルピー!」
ヨフの服から小鳥が飛び立った。
「レトを止めてっ!」
「あいよ」
それは赤髪の女の姿になり、レトの前に立ち塞がった。
ヨフが隼となって落下、ディアルラを追いかけていく。




