Judgement days
与えられた部屋まで女中さんに案内してもらい、一緒について入ろうとしたアルを蹴り飛ばしてドアを閉める。
「君がレトと知り合いだったとは知らなかったよ」
英傑の一人。
“千兵”レトレレット=フェイバー。
単独で挙げた戦果が兵士千人分に匹敵すると言われる猛将だ。
英傑で最も強いのが誰か? と兵士達の間で話題に上がった時に、ベルリアを倒したアルディアルと、戦果が大きいレトレレット、それから悪魔の撃破数が最も多いディべーロの三人の名前は必ず挙がる。
中でも剣を武器として、兵士達の戦い方に最も近いレトレレットは彼らの憧れの的だった。
「……剣の街の出身なのさ、あいつは」
「先生って言ってたね」
「剣の師匠だ。あたしは複数人から習ったから、そのうちの一人に過ぎないけど。つーかまあ実質的に保護者……、親だった。教育方針はめちゃくちゃだったがな」
「実質的にって、実の親じゃないってこと?」
ルピーは頷く。
「そういえば言ってなかったな。あたしは“犬混じり”だ。両親は姦通の罪で処刑されてる。顔も名前も知らない。で、そのどっちかと知り合いだったレトレレットがあたしを引き取ったのさ」
思っていた以上にヘビーな過去にヨフは少したじろいだ。
「で、でもそれだけ聞いたらルピーはレトに感謝してもいい気がするけど……」
「ヨフ。お前に東方の街に伝わるありがたい諺を教えてやる。“獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす”」
レトレレットに拾われてからの日々は地獄だった。来る日も来る日も生と死の狭間まで剣の訓練を行った。ルピーは三途の川を見たことがある。本当に死ぬ間際になると、ぼやけた視界がきらきらと輝いて、脳の揺れる感覚と合わせて川のように見えるのだ。
「うわ……」
ヨフにもなんとなく想像がついた。
尋常じゃない剣腕と、死に際でも淡々としていたルピーの精神はそうして作られたのだ。
「強くなったらぶっ殺すと思ってたところで、野郎が王の街に行きやがった。せっかく会えたんだ。絶対殺してやる」
「あ、あの殺すとか物騒なことはよくないんじゃないかな。だいたい君、腹の傷がまだ全然治ってないじゃないか」
「あたしはあいつに千回くらい殺されてるんだ。それくらいやる権利はあるはずだ」
積もった恨みが深すぎる。ヨフは説得のしようがないと感じた。レトレレットと同じように、ルピーもまた少なからず狼の気性を持っている。
「外! 外いこうよ! 王の街の商店街は世界中から名品が集まってて、すごく有名なんだよ」
「あたしは別に興味ないけどな」
「僕があるんだよ!」
ヨフは強引にルピーのことを引っつかんで連れて行く。
外に出る。整理された道の横に川が流れている。ヨフは川沿いに歩いて、街の外周部分に向かう。中央は貴族たちの家々が連なっている。商店街があるのが外周部だ。
盾の街と違い、王の街の中は平和そのものだった。ライベアスがやってくるということは知っているはずだが、こう静かなのは不自然に思える。
その理由は蓋を開けてみれば簡単なことだった。ライベアスが来ることを驚異に感じていた貴族達は迅速にこの街を離れたのだ。だからいまこの街に残っている貴族は、ライベアスが来ることを許容しているもの、あるいはどうでもいいもの、あわよくば悪魔が自分を殺してくれないかなと考えている者の三種類だけだった。お付きの従者達は災難である。まだ残っている商人達は今日が終わるとすぐにここを離れるつもりだった。
なので商店街もいつもほどの賑わいはなく、開いている店は少なかった。
ふと刀剣類の店を見つけて、なんとなく中に入ってみる。ルピーの気分転換になるかなと思ったのだ。
剣のことはヨフにはよくわからないが、ここに置いてある品々は値段から察するにものすごい代物なのだろうと思う。
「ねえ、ルピーは新しい剣って要らないの?」
「ん? ああ、要らないな。長さからわかると思うが、特注品で似たような規格の品はないしな」
「別にあれじゃないとダメってことはないじゃないか」
「まあそりゃそうだが。あの刀はあたしの手に合わせて作られたもんだから、使い心地が一番いいのさ。そもそも金がねーよ」
「ああ、うん……」
ヨフは改めて値札を見る。
アホほど高価だ。
「どうしてこんなに高いの?」
「少ないからさ。あたしの剣もここに飾られてる値段のくそ高いやつも『壁』と同じ材質で出来てる。魔を払う神の鉄ってやつだな」
「ミスリル?」
「ああ、それそれ。これで打った刀は折れないし、曲がらないし、こぼれない剣って言われてるが、まあ普通の金属より大分硬くて粘りがあるだけだな。折れるときは折れる。あと値段が高くなる理由は、制作にかかる時間と手間だな」
「へえ」
「例えばさ、刀ってのは職人が一人ないし多くて三人程度で作るもんだろ? 何日もかけて一振りだけ出来上がって、その一振りが数千ウェン程度で売り捌かれたらその職人はどうやって生活すればいいんだ?」
「あー……」
「多いから安い。少ないから高い。だいたい物の値段ってのはそういうもんなのさ」
工業化によって、物の値段は大きく下がった。また農の街などが食料を大量生産したことで食料の値段も大きく下がった。
技術の発展によって世界は確実に生きやすくなった。昔より今が悪くなっていることなんて絶対にありえない。
だが王の街を見ているとそれもわからなくなってくる。
貴族達は物質的にとても豊かだが、ヨフには心が貧しいように感じる。
物質的な幸福と精神的な幸福は必ずしも直結しないのだ。
ヨフは刀剣屋を出て、再び商店街を歩き始めた。食べ物をたらふく買い込んで、城のほうへ戻る。そこでまた川に突き当たる。
「川の多い街だな」
ルピーが言う。
ヨフが頷く。
「北と東と南から三本の細い川がここに集まってるんだ。それから西に流れていく。水の集まるところにはすべてが集まるって考えた初代王の思想を表現した作りになってる」
「大雨の日は大変じゃないのか」
「この街の技術はすごいんだよ。普通の水門の他にも、川底にも仕掛けがあるんだ。それで下流の湖のほうへ水を抜けるんだって」
「へえ」
なんとなく話が切れたので、ルピーが話題を変えた。
「なぁ、英傑の中で誰が一番強いんだ?」
それは戦士ならば誰でも一度は考えることだった。
「ん、えーっとそうだね。状況次第ってのはかなりあるよ。対悪魔戦ならレトレレットだろうし、一対多数戦ならアルディアルのほうが向いてる。ただ英傑同士で一対一で戦って誰が一番強いかって訊かれたら……、確実にリビトだ」
「え、あの優男か?」
ルピーには彼がレトを上回るイメージがまったくなかっただけに驚いた。半悪魔のアルディアルや、身体能力が高いドグル族で体格に恵まれたレトレレットに、あの細身の軽剣士が勝てるとは思えなかった。むしろヨフが「確実に僕が一番強い」と言ったほうがまだ違和感がない。不死身というのはそれほどのメリットだとルピーは思っている。
城についたヨフは買い込んだご飯を広げた。ヨフは美味しいものを食べているだけでこんなに幸せなのに、どうして世の中には自分から死を選ぶ人がいるんだろうなと少し寂しくなった。
ヨフにはきっと一生かかっても彼らの気持ちはわからないだろう。




