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Judgement days

 背負われたヨフがなんとか背中から逃げようと暴れるが、びくともしなかった。それどころか「ああ、ヨフからワタシに反応がある! 痛気持ちいい。痛嬉しい」などとほざいている。

「仲がいいんだな」

 ルピーには困っているヨフがおもしろくて仕方ない。

「人ごとだと思って」

 実際にルピーにとっては人ごとなのだ。

 アルはものすごい勢いで屋根の上を疾走し、また違う屋根に向かって跳躍し、あっという間に王の街の入街管理所に着いた。

「やぁ、通るよ」

 衛兵に向けて軽やかに言う。

 アルは元々王の街の住民なので、出るときにも顔を合わせたのだろう。衛兵たちは何も言わずに通した。

 王の街に入ると、先ず石作りの異様に整った街並みが目に入る。それらは特別高価なものではないが、あるべき位置にすべてのものが収まっているその光景はある種の芸術的憧憬さえある。この場所は特別なのだと街並み自体が訴えてくる。

アルが再び走り出す。野外のテーブルに茶とお菓子を広げ、談笑している貴族たちの姿があった。高価そうな服に肥満体をねじこんでいる青年が印象につく。あるいは病的にやせ細っている。何一つ不自由がなさそうなのに、表情にはどこか影がある。別に悪魔が来るからではない。彼らはいつもそうだ。

 街別に「自殺率」を比較するといつも王の街が上位に上がる。彼らは退屈しているのだ。この世界に。

 貴族たちは大抵の者が不労所得を持っている。複数の会社の株式、銀行利息、土地の賃貸料。形は様々だ。これから先、滅多なことがない限り、資産が増えることはあれど減ることはない。一生を遊んで暮らせる。しかし遊んでいる当の彼らは達成感がない。楽しいが、虚しいのだ。馬鹿らしい。

 ヨフは王の街のそんな部分が嫌いだ。富が集中する形でありながら、それを再分配する機能に乏しい。そして当の本人達は「別にお金なんていらない」というような顔をしている。空の街のスラムを思い出す。いまだに多くの人々が貧困と飢えに苦しんでいる。別に恵んでやれとは言わない。ただここに集中している金があちら側にあれば、それを元手に事業が起こり、職が生まれて、貧困者が減った。

「……変わらないね、この街は」

 ヨフが零す。

「ええ、変わりませんよ。だから人間はおもしろい」

「アルディアルとは意見があわない」

「それはそうでしょう。ワタシはこの通り、血の半分は悪魔ですから」

 なんでもないことのように言ってみせる。

 ルピーがぎょっとして固まる。

「しかし意見が対立しているからと言って立場まで対立させることはないでしょう。だってワタシは君が好きなのですから!」

「僕はアルディアルが苦手だ」

「ああ、ヨフに感情を向けてもらえるだなんてワタシはなんて幸せなのでしょう」

 ヨフは彼の首をへし折ってやりたくなった。

 アルはストーカーと同じなのだ。反応があるだけで楽しくて、その反応がどんな種類でも構わない。好意でなくても、嫌悪でも、恐怖でも。背中から逃げるために蹴っていたことですらうれしかったに違いない。ヨフは額を押さえる。手に負えない。

「相変わらず君は、あれかい? その……」

「ええ。人類を絶滅させるための研究をしていますよ。人間は滅ぶべきです。ベルリアは正しい。ただし方法がいけなかった。あの方法では人類の絶滅は不可能だ」

 王城の前でアルは速度を緩めた。

 さすがに兵士が守っている場所に走り込んでいくのはよくないからだ。

「アル、ここからは自分で歩くから」

「ええ?! もう少しおぶらせてはくれないのですか? いいえ、いま主導権はワタシが持っています。このままっ」

「絞め殺すよ?」

 アルはしばらくためらったあとに、ヨフを解放した。ヨフはそのまま座り込む。

「……酔った。うぷ」

「わ、ワタシのせい?! 申し訳ない」

 土下座しそうな勢いであたふたしている。

「……アルはよくわからないね」

「なぜです?」

「なんでもない」

 だって、その滅ぼすべき人間のうちにヨフも入っているのだから。

 不思議そうな顔をしているアルを置いてヨフはふらつきながらも歩き出した。

 敷地面積は広いが、城はそう大きなものではない。周囲の貴族達の屋敷より、せいぜいふたまわり大きい程度だ。

 正門の前に立っている二人の衛兵がアルを見て敬礼をする。アルは一応軍属ではないが、「二十七人の英傑」としてそれなりの尊敬を得ているらしい。アルも軽い感じの敬礼で返した。

「まさかと思うけど、君って他の人には半悪魔だって言ってないよね?」

「え? あ、はい。訊かれたことがないので」

「ぜったい言っちゃダメだよ?!」

「わかり、ました……?」

 いまいちわかってなさそうだった。

 城の中に入る。右手の部屋に入った。

「連れてきましたよ」

 部屋の中には数人の兵士がテーブルを囲み、ドグル族の大男が壁に背をつけている。一番上座に座っている禿頭の中年が場を仕切っているようだ。ルピーがドグルの大男を見て長い息を吐く。

「久しぶりだね、レト、それからトラストウェイ少佐」

 ヨフはまずドグル族の大男のほうへ。

 それから禿頭の中年に視線を移す。

「ヨゼフにアルディアルか。丁度いい。お前らも混ざれ。それからいまは私は中佐だ」

 トラストウェイが短く、横暴に言い、部下に椅子を持ってくるように首で示す。

「部隊長の集めての対悪魔の会議かい? どうして僕を呼んだの?」

「来るのはあのライベアスだ。戦力がどれだけあっても少ないということはあるまい」

「交渉だって聞いたけど」

「不足の自体に備えているだけだ」

 街中でライベアスたちが暴れたときのために対策を立てる必要はある。軍隊としては当然の行動だった。

「帰らせてくれない? 僕は別にライベアスと戦いたくない」

「二十七人の英傑に与えられる特権と報酬金には、有事の際に軍隊へ協力することが義務づけられている」

 そんなことも忘れたのか? と言いたげに小馬鹿にした視線を向けてくる。

「別に。一応訊いてみただけだよ」

「なら黙っていろ。私とてガキなど邪魔なだけだ。お前が口を開く度にイライラする」

「呼びつけておいて……、ああ、ありがとう」

 椅子を受け取ってとりあえずそこに座った。

 すでに会議は最終段階に入っていたらしい。配置のチェック、戦闘になった場合にどう動くか、そういった細かい確認事項で締めくくられた。

 ヨフはまともに聞いていなかったが、ルピーは違った。

(要するに実際に戦闘になったら戦うのはレトレレットとさっきの針金男の二人だけ。他の兵士は最小限の干渉のみ。街の貴族達に被害がでないように敷地内の誘導、及び護衛。戦闘となったときは八対一以上を崩さないこと、ねえ)

 射撃を行わないのは下手に弓矢や、爆薬を使っても悪魔よりもむしろレトレレットやアルディアルに被弾する可能性のほうが高いからだ。

 近接戦闘ではさらに邪魔なだけだ。それだけ“千兵”レトレレットや“紅炎”アルディアルに対する信頼が厚いとも言える。

 ルピーは過去に六匹の悪魔を仕留めている。八人で一隊の三隊二十四人以上でかかるのが基本戦略だった。全員が熟練の使い手で士気も高かったが、必ず五人以上の死者が出た。

 ライベアスは人類が体験した中で最強の悪魔らしい。もし自分たちがライベアスと戦ったらどれほどの犠牲が出るのだろう。意味のないことを思って、ルピーは少し感傷に浸る。

「なにか質問は?」

 トラストウェイが締めくくるように言う。

 誰も何も問わなかった。

「では行っていい。レトレレット、ヨゼフ、アルディアル、貴様らだけ残れ」

「えぇ……」

 あからさまに嫌そうな顔をしたヨフを、トラストウェイは無視した。

 兵長達がすべて部屋を出たのを確認して、切り出す。

「ヨゼフ、お前にも悪魔との交渉のテーブルについてもらう。万一戦闘になったときの備えだ」

「あのさぁ……。僕の扱いあんまりじゃない?」

 トラストウェイは先程までの硬い表情を崩した。

「まあそういうな。こちらも準備時間が少なくて困ってるのだ」

「中佐になったんだね。おめでとう」

「へそを曲げるなよ。兵達の手前仕方がないだろう?」

「まあいいや。諦めるよ。リビトから少し聴いたけど、細かいことを教えてよ。交渉の席に座るのは誰? まさか君じゃないでしょう」

「ああ、私も同席するが、会談を行うのクアトヴィラ政務審議官だ」

「へえ、僕の知らない人だね」

「まだ若いが実務能力を宰相に買われて取り立てられた才人だ。対悪魔に関しては中立派と認識されている。強硬派のメイナスでも穏健派のロッドベルでも適任ではないだろう。私は妥当の人選だと思うよ。特にメイナスは悪魔と見るや斬りかかるだろうからな」

「ふうん……」

 メイナスは軍隊の大将だ。トラストウェイもその影響下で育ち、彼自身が立派な強硬派の一員だ。こういう風な物言いをするのはなんだか意外に思えた。

 クアトヴィラというのはどんな人物なのだろう?

「ヨフ、ちょっといいか?」

 ルピーが耳元で言う。

「ん? いいけどどうしたの?」

 ヨフの服からひょいと這い出たルピーが人間の姿に戻る。

「こんにちは、レトレレット先生」

「おう、ルピーじゃねーか」

 ずっと黙っていたレトレレットが初めて反応を示した。

「おう、じゃねーよ。表出ろ。ぶっ殺してやる」

「あ? いーぜ。かかってこいよ」

 レトの表情は血に飢えた狼そのものだった。「待て」トラストウェイがあわてて静止に掛かる。

「お前に疲労されてはまずい。ヨゼフ、それは貴様の使い魔だろう。止めろ」

「ルピー、なんだか知らないけどいまはとりあえず止めとこう?」

 抜きかけた刀を収めたルピーは短く舌打ちをする。

「命拾いしたな?」

 レトが煽った。ルピーの代わりに、ヨフが思い切り石壁を叩いた。重い音がして、城全体に微震が走る。

「レトも、そのへんにしとこうよ?」

「ああ、悪かった」

 素直に謝るレトがなんだかおかしくて、ルピーは毒気を抜かれた気分になる。

「なんで君たちってそんなに喧嘩が好きなのかな?」

 無関係のヨフのほうが怒っていた。

「ヨゼフ、貴様は城に泊まれ。部屋を用意する。明日の会談は午前十一時からになる。しっかり休め」

「勝手に指揮下に組み込まれてるのがすごく気に食わないけど、一応わかったよ」

 勅命状まで出ている以上、拒否すれば報酬金の返還と英傑の地位を剥奪されることになる。濫用する気はないが、二十七人の英傑という立場はなにかと便利なのだ。

 ヨフはわりと気楽に構えていた。

 ライベアスがやってくるのはあくまで交渉のためだ。彼らは戦うときは先に戦うと宣言する。こちら側が無茶をしなければ、戦闘になることはないだろう。

「なにか質問は?」

「特にない」

「ではこれにて解散とする」

 ヨフは硬いパイプ椅子を元あった場所に畳んで戻した。

「ルピー」

 ルピーはレトと睨み合ったまま立っている。ヨフはルピーの手を掴んで、多少強引に鳥に戻した。




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