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8 盾の街



「当初の予定通り学の街まで行くのか?」

「そうしようと思ってるよ」

 王の街にはリビト以外にも何人かの英傑達がいる。彼らはヨフが協力してくれることを期待しているようだが、別にそれをする義務があるわけではない。

 それにヨフは王の街があまり好きではなかった。

 飛行機の点検と修理が終われば、すぐに出ていこうと思っていた。

「えーっと、宿がいるよね。入街管理所は……」

「盾の街は本来飛行機が止まらない場所だから、管轄外だろ。行くならそこの軍の詰所だな」

「えー……、あんまり関わりたくないなぁ」

 げんなりしながら滑走路を歩き、詰所を訪ねる。

「もしもーし」

「あいよー。いまいくー」

 と威勢のいい声が帰ってくる。

 少しあとに顔を出したのはアキサと呼ばれていたヨフに斬りかかってきた兵士だった。

 お互いに嫌な顔になる。アキサは頭を掻きながら「あの……、悪かったよ」と言った。しかしヨフでなければ死んでいたので「悪かったよ」で済ますことはできなかった。アキサは地図と入街許可証を発行してヨフに渡した。

「よければ宿まで案内するが」

「お断りだよ」

 不快感を滲ませながら言う。ヨフは死なないが、切られれば痛いのだ。

(しかし盾の街は滑走路持ってるのか……。こりゃ飛行機を軍事利用するために本格的に動いてるのかね)

 ルピーは背中に冷たい物を感じた。

 例えば銃は大変強力な武器だ。大勢が銃を持てば剣の街を壊滅させるほどの軍事力に化けた。そのうち剣のような個人の技量で左右される武器にとって変わり、兵士がみんな銃を持つ時代がやってくるだろう。

 同じように兵士がみんな飛行機に乗る時代がやってるのだろうか。その時代の戦争は一体どんなものになるのか。

 剣で人を殺すのは難しい。先ず技量的な問題がある。人間という動く的の急所を、的確に貫くのは長い訓練が必要だ。次に心理的な問題がある。目の前に自分と似たような姿をした生き物がいる。これを刃物で突き刺して、あるいは叩き切って殺すということには非常に強い心理的抵抗が掛かる。だから剣の街が育成していた剣士の多くは、悪魔狩りを生業にしていた。対人間を想定した傭兵業を営む者は少なかった。

 しかし飛行機で行う戦争はどうだろうか? 眼下に見下ろす人間に向けて爆弾を落とすだけ。おそらくスイッチ一つで出来る。そこに心理的な抵抗は掛かるのか。技量は必要なのか。罪悪感はあるのか。はたして「人を殺す」という行為がそんなにあっさりと行われて構わないのか。

 ルピーにはわからなかった。

 ヨフは宿につき、荷物を置いた。

「殺風景な街だったね」

「ん、ああ。盾の街は兵士の街だからな」

 風景などまったく見ていなかったのだが、適当に話を合わせた。

 ヨフは窓の外を見下ろす。悪魔を街にいれることを反対する人々がデモ行進を行っている。まあこういう反応になるだろうなとルピーは思う。きっとルピーでもこうする。一般の人間にとって悪魔とは「人を殺す化け物」だ。それ以上でも以下でもない。

 基本的にデモ隊はやかましい他は平和に行進していた。彼らの周囲には各所に軍人が立っているが、暴徒でない限りは手を出す気はなさそうだ。

 向かい側から別の団体がやってきた。「融和党」「悪魔達との協調路線を」「自然回帰」などといった旗を掲げている。

 互いの団体が近づき、その間に兵士達が割って入る。しばらくの膠着状態のあと、兵士達に向かって物が投げつけられる。

 両団体から、邪魔をするな! から始まり、互いの団体を罵る内容。そののちに矛先が兵士達に向き、税金泥棒! 無用の長物! と、大量の悪口が投げつけられている。

 軍が無用の長物ってのはいい状況だと思うがな……。ルピーは一人ごちて、怪我の痛みを思い出してさっさと眠って忘れようと日あたりのいい窓際に降りた。

「じゃあ僕お風呂入ってくるよ」

「いってらー」

 窓の方を見ていると後ろで衣擦れの音がする。振り向くとヨフが服を脱いでいた。少年らしい肉付きの薄い背中、肩から二の腕にかけての細いライン。人によっては美しいと評すだろうが、ルピーが見ていたのはもう少し下だった。腰のあたりに青黒い痣があった。内出血ならば自己再生能力を持っているヨフが放置している理由はない。なによりそういう雰囲気の痣ではなかった。皮膚の一部が壊死しているような印象を受けた。

「お前さ、脱衣所いけよ」

「あ、ごめん」

 小鳥の姿なせいで「人がいる」という意識が希薄だったらしい。ヨフが服を引きずりながら脱衣所に消える。

 ルピーは獣の魔法のことを考えた。

 肉体を変化させる魔法。様々な動物の姿になれ、その特質を用いて戦うことができる。

 それから皮膚の壊死。免疫細胞の一種に細胞障害性T細胞がある。これは体内で異物とされた細胞を攻撃する細胞だ。例えば皮膚移植手術で適応しなかった皮膚に対して攻撃し、ヨフの背中にあったような痣を作る。

 獣の魔法による人体の変化はヨフの中に少しずつ異物を残しているのではないか。ヨフは「人間の形」を維持し続けることで傷を治していると言っていたが、元の「人間の形」が傷ついている場合は治癒可能なのか?

 もしかしたらルピーが思っているほど、ヨフは不死身ではないのかもしれない、

 そのうちヨフが風呂から上がってくる。ヨフは背中の痣のことを訊こうとした。が、ノックに遮られた。

「はいー?」

 ヨフが返事をするとすぐにドアノブが回った。

「ヨゼフ! この街にきているならなぜワタシに一報くれないのですが!」

 飛び込んできてヨフに抱きついたのは、全身が黒い闇のような男だった。長袖のシャツ、セーター、ズボン、すべて黒でまとめられている。手や首の肌色がぽっかりと浮かんでいるように見える。年齢は二十そこそこに見える。背は高い。百九十くらいはあるだろうか。体つきは細いが、リビトのような引き締まった感じではなく、針金のような印象を受ける。曲げれば折れそうだ。

「……アルディアル、とりあえず離してくれるかい?」

「嫌だ! ワタシはもう二度と君のことを離さない! それからワタシのことはアルディアルなどと他人行儀な名前で呼ばずに、アルと呼ぶように!」

「アルディアルだって……?!」

 ルピーが思わず声をあげる。

 三年前の戦争の際にベルリアと直接戦闘を行って勝利したのが、アルディアル=ディアーだ。英傑達の中でも最強と名高い。

 しかし目の前の男はどう見ても戦闘向きの体格とは言えなかった。後方支援や魔導兵でさえもっと鍛えている。

「う、ぐぐぐぐぐ……」

 ヨフが本気でアルのことを引き剥がそうとしていたが、彼はまったく離れなかった。ヨフは獣の魔法を使っている。本来なら人間の膂力で抵抗できるはずがない。

「怒るよ? 僕、本気で怒るよ?!」

 ヨフの腕がアルディアルの頭を掴み、熊の腕で握る。「あ……、痛い! ヨゼフ、冗談にしてはやりすぎ……、あぁっ!」「離せこの変質者!」ついにヨフがアルのこと蹴り剥がす。

 珍しく息を乱しながら、ヨフは体の数カ所を戦闘用に変化させる。再度飛びつこうとしているアルを牽制する。

「あぁ、ワタシにはそんなつっけんどんな君がかわいらしくてたまらないィィィ」

 ……なんつーか、ダメだなこいつ。

「ていうか何しにきたのさ!? こんなところに単独で来れる立場じゃないでしょう君はっ」

「君に会いにきたに決まっているじゃあっ、……ああ、そういえば用事があったのでした!」

 柏手を打つとポケットに手を突っ込み、くしゃくしゃの紙をヨフの前に広げた。

「招喚状です。ヨゼフ=イトイーティッド=カッセ、二十七人の英傑に課せられた特例につき、王の街にきてもらいます」

 ヨフは紙をよく見た。くしゃくしゃになった上質の紙に、招喚を命じる文章、右隅に王室印。紛れもなく王からくだされる「勅命状」だった。

 これをくしゃくしゃにして持っているのだから、アルの人格を疑う。彼にはその重大さがいま一つわかっていない。

「では一緒にいきましょう!」

 凄まじい速さでヨフの手をとって引っ張って歩き出す。

「アルディアル、待って! 準備くらいさせて!」

「いいえ、待ちません! ワタシとヨゼフの逢瀬を邪魔するくそ王族共の用事をさっさと済ませてしまいましょう」

 平然と不敬罪で切られてもおかしくないことを口にして、アルは部屋を出る。ルピーはヨフの肩に止まる。

「下は人が多いですね。上を行きましょうか」

 デモ隊が道を塞いでいる。通ろうとすればかなりの時間を食うだろう。

 アルは軽々とヨゼフを背負うと、ジャンプして屋根の上に跳んだ。

「?!」

 魔法を使った気配はなかった。純粋な筋力だけでアルはそれを行ってみせた。こいつは人間じゃないとルピーは直感した。

 遠くで大勢の暴徒を捩じ伏せているリビトの影に悠然と手を振りながら、アルは走り出した。屋根と屋根の間を飛び跳ねながら王の街の方角へ向かう。




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