8 盾の街
「ねえ、ルピー」
「ん……?」
ルピーが寝ぼけ眼をこすりながら顔を上げる。小鳥の体になっている間は、傷の影響はそうひどくない。
「どうしてみんな仲良くできないのかな」
「あたしに聞くかそれ。どっちか言うとトラブルメーカーだぞ」
「そうなの?」
「ああ。剣にしか特化してない人間だもんでね」
「そんなことないと思うけど」
一応話すと傷に響くかなと思ったのでヨフは言葉を切った。ヨフは飛行機を降りる。
軍服を来た背の高い男がヨフ達を迎える。
「悪魔と交戦したのはあなたがたですか?」
「うん、そうだけど」
面倒事の気配がしたが、隠しても無駄そうなのであっさりと答えた。
男が剣を抜いた。慣れた手つきでヨフの首筋に切っ先を添える。
「一緒に来ていただけますか?」
「嫌だ」
ヨフが即答すると、男は虚をつかれたような顔をした。
「あ、あの……状況わかってますか?! ここはとりあえず従っておきませんか?」
「嫌だ。僕には君と一緒に行く理由がないし、理由も説明せずにいきなり剣を抜いた君なんかと一緒に行きたくもない」
「……困ったなぁ。殺したら給料さがるんだよなぁ」
ぼやきつつ男は軽く手を動かしてヨフの喉を裂いた。そしてすぐさまその場から三歩分下がる。ヨフの灰色熊と化した腕が空振りする。空振りした隙をついて今度は肩を突く。血しぶき。再びヨフの腕が届かない間合いにまで後退する。
「……ってあれ? なんで死んでないの?」
剣を構えつつ油断なくヨフを伺う。
そこそこの剣士だなーとルピーは思った。
「あのさ、僕、怒ったよ?」
「わ、ちょっと、タンマっ!」
だが”そこそこの剣士”でヨフを止めることはできない。チーターの脚力で一瞬の内に間合いを詰めたヨフは、男が突き出した剣を胸に受けながらそのまま突っ込んだ。そのまま両肩を掴んで体重をかけ、地面に引きずり倒す。馬乗りになって大熊の腕を振り上げる。
「ごめんなさいって言ったら許してあげるけど、どうする?」
「ご……、ごめんなさい」
恐怖で引き攣った顔で言う。ヨフは嘆息して、男の上から退いた。大方軍人だから反撃されないとタカを括っていたのだろう。軍に喧嘩を売れば、面子のために潰しにくるからだ。
「なんだかなぁ……」
細身の男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。かなり足が速い。ヨフが呆れながら言った。
「リビト、これは君の部下かい」
「面目ないよ、すごくごめん……」
リビトと呼ばれた男が困った顔で言う。
(わーお、イッケメーン)
なんというか、軍人に似つかわしくない優男だった。タレ目で困りながら顔のどこかで笑っている。細身の体に軍服が異常に似合っていない。わずかに覗く手足は細いながらも鍛え上げられた筋肉で引き締まっている。腰にショートソード、すぐに手の届く大腿部にナイフと小型の炸裂弾を仕込んでいる。典型的な軽剣士の装備だった。
こちらは先ほどの剣士と違い、相当戦える印象を受けた。
「アキサ、君あっち行ってて。すごく邪魔だから」
「え、あ、あの……、でもここ、俺の持ち場」
「行けって」
低い声で言う。ぺこぺこと頭を下げながら離れていく。
「ほんとにごめんね。このところみんなピリピリしてるんだ」
「どうして?」
「悪魔が二匹、王の街に来るんだよ。それで悪魔の駆逐を掲げる宗教やら市民団体が続々集まってきて。でもそういうやつらは王の街までは入れないからね。この盾の街で大騒ぎしてるんだ」
「わー……」
「一番過激な連中はやっぱりベルリア絡みの遺族や、あの時逃げ出した連中だ。戦えるやつも多いから、騒ぎを起こされたら制圧するにも一苦労で困ってるんだ」
「それで君の出番ってわけか。“夢幻”リビト=マクラース」
「まあ、そんなとこだよ。さっきの彼は悪魔と戦ったって報告で、てっきり君がその手の市民団体に間違いないと踏んで喧嘩を売ったわけだ……」
本当にすまなさそうに言う。
なんだかルピーには彼が哀れになってきた。
「でも悪魔が来るってどうして? 王の街に入れるのかい?」
「入れるというか、入れざるを得ないんだよね。来るのが、その、ライベアスなんだよ」
「うわ」
二人揃って苦い顔になる。
ライベアスの名前ならルピーも知っている。ベルリアと並んで最も有名な悪魔だ。ベルリアは悪魔達の指導者として動いていた。そして戦いの前線に立っていたのがライベアスだった。戦争による被害の半分近くが彼によって引き起こされたと言っても過言ではない。人間がこれまでに体験した中で、おそらくは最強の悪魔だ。
「それが交渉したいと言ってきた。でもライベアスは悪魔だから、他の街では単に恐れられるか跳ね除けられて終わった。だからたらい回しの末に王の街にくることになったらしい」
「ちなみに彼はどんな事柄で交渉したいって言ってるの?」
「ほんとは極秘なんだけど、たぶんヨゼフには連絡が行くと思うから喋っちゃうよ。アルバーパラス粛清教についてだ」
「……わーお」
粛清教がヒュルム以外の種族と魔導士を忌み嫌うのは、他種族が悪魔の血を引いていると説いているからだ。
DNAの配列の違いからこの説は否定されたものの、彼らに科学の正当性を説いたところであまり意味はなかった。
そもそも粛清教の構成員は、大きく分けて二種類だ。元々そのコミューンの中で生まれ育ち粛清教の教義にどっぷりと染まった人間と、悪魔やドグルに親しい人を殺された人間だ。
聞き入れられないのも当然だった。
そして諸悪の根源たる悪魔を絶滅させることは彼らの悲願だ。
「ここからはだいたいが僕の推測だけど、活動を再開した粛清教がなんらかの武力を持って悪魔を殺し始めた。ライベアスは同胞を守るために戦いたい。だけど彼には粛清教に関する情報がない。本拠地も人員も、なにもかも把握できてない。だからそういうことについて王の街に強力して欲しいんだと思う。
で、王の街にとっても粛清教は目障りだ。ドグルが人口の二割を占めるいまの時代に彼らを駆逐しようだなんて馬鹿げてる。本気で実行に移すからびっくりだ。
でも粛清教のために大きく兵士は割けない。王の街の軍隊は“自衛以外の戦闘行為”を認めてないから。
だから借りれるならば粛清教を潰すためにライベアスの力を借りたい。こんなところじゃないかな」
のちにわかるのだが。
リビトのこの推論はほぼ百点だったが、一つだけ間違っていた。それは王の街にとっては、ライベアスが粛清教と同じくらいに信用のならない相手だということだ。
この認識の差異は、彼が二十七人の中の一人で、ライベアスと直に接した経験があることに由来していた。
「リビト様っ!」
軍服を来た剣士が一人駆け寄ってきた。ヨフを怪訝な目で一瞥したあと、リビトの耳元で何か囁いた。リビトが溜め息を吐く。
「ごめん、仕事だ」
「あー、いってらっしゃい」
リビトは少し逡巡し、耳元でヨフにだけ囁いた。
「未確認の情報だけど、ディべーロが粛清教のほうについた」
「……え?」
呆気に取られたヨフはそれしか言えなかった。
「リビト様っ」
「あーはいはい。ヨフ、よかったらまたあとで話そう。軍の詰所で呼び出してくれたらすぐに行くから!」
手を引かれて強引に連れられていく。
「……おしゃべりなやつだな」
ルピーが言う。
「王の街の客員剣士、“夢幻”リビト=マクラース=レイロン。『偽の魔法』を使う英傑の一人だよ」
「まだ何も訊いてねーぞ?」
「や、多分訊かれるだろうなぁと思ったから」
ヨフは務めて平常通りに振舞って内心の不安を隠そうとした。ディべーロとヨフの繋がりはリビトが思っているよりずっと深い。




