6 独裁の街
翌日になってヨフは荷物をまとめ始めた。こんな物騒な街なんてさっさと出ていこうと思った。街の出口のほうへ歩いていくと役場のほうから物凄い音がした。火薬か何かがはじけたような音だった。
「あの人が殺されたのかな」
ヨフが言う。
そうかもしれないとルピーは思った。
ヨフが引き返す。
「どうする気だ?」
「別に。ただの野次馬根性だよ」
不安そうな人の群れを抜けて役場に近づくと、そこは倒壊していた。たぶん爆弾だろう。四方に均等に力が加わって、中の人はほとんど爆風か建物の瓦礫によって圧死したはずだ。数人の兵士が遠巻きに建物を見ていた。生き残りを助けようとしているらしいが、できなかった。倒れた役場の前に一人の男が剣を構えて立っているからだ。迷彩柄の丈夫そうな布で出来た服を着ている。剣は小振りで、小回りが利きそうに見えた。数人の兵士が男の周りで倒れている。
「ちょっと退いて」
ヨフが兵士を押しのけて前に出た。
「……ゼラ」
ヨフが小さく呟く。男はヨフのほうを見て、にんまりと笑った。
「おお、ヨゼフやないか。元気しとったか?」
「君こそ、なにやってるのさ?」
「なんや、見てわからん? 暗殺や。仕事仕事」
「暗殺の割には目立ってるね」
「予算いっぱいもろたからなぁ。豪勢にいこおもて」
カラカラと笑いながら言う。
「知り合いかよ?」
「うん。ゼラ=クロンフェット。英傑の一人だよ。称号は“狩人”」
ルピーもその名前は聞いたことがあった。
『二十七人の英傑』達は基本的に全員が家名持ちの高名な魔術師達だ。例外は二人だけ。そのうちの一人がゼラだ。普段の職業は盗賊で、世間一般では義賊と言われているが、汚い稼業にも深く手を染めている。歴とした賞金首だ。
「ひょっとして君の依頼の内容はアロレーさんを殺すことかな?」
「ん、そやけど。なんでわかったん?」
「そりゃわかるよ」
ゼラの後ろでがらりとがれきの一部が持ち上がった。
「壁の魔法やな」
土煙の中から姿を見せたのはアロレーだった。体にも汚れ一つついていない。透明な膜に守られていた。土煙も瓦礫も何もかもが彼女を避ける。
「おっしゃ。じゃあ第二ラウンドといこか。見とれよヨゼフ。オレのかっこえーとこ見せたる」
小振りな剣を二本だらりと下げる。
「えーっと、あの、ゼラ。彼女、僕の友達なんだ」
「ああん?」
首だけで振り返る。鬱陶しそうな目つきだったが、少し上を向いて、考えたあと剣を収めた。
「そらぁしゃーない。せっかくやけど諦めよか……。あー、報酬高かったんやけどなぁ」
「君、浴びるほどお金持ってるじゃないか」
英傑の一人なので、ベルリアの討伐の際に一生かかっても使い切れないほどの金額を得たはずだ。
「もう全部使った」
ゼラは笑いながら言った。
ヨゼフは呆れる。
「もうこんなとこに用ないし、どっか遊びにいくわ。じゃあな」
「……待てよ」
声を掛けたのはルピーだった。
「こんだけのことやらかしてただで帰れると思ってるのか? おまえ」
「なんやジブン殺すぞ?」
表情を変えないままゼラが言う。
ルピーが人間の姿に戻る。ヨフが溜め息を吐く。
「ヨゼフ、お前の使い魔やな? これは俺と敵対するいうことか?」
「違うけど。別に僕は彼女に対して全権を持ってるわけじゃないんだよ。それに……」
「それに、なんや?」
「正直、君の振る舞いは目に余るかな」
「よぉゆーたわ」
ゼラが二本の剣を抜いた。ルピーが身の丈の二倍はある長刀を振り下ろす。ゼラがそれを右側の剣を掲げて受ける。
(あたしの剣を片手で……?)
じゅっ。摩擦の音。受けた剣をそのまま右肩に置き、間合いを詰めるべく突進してくる。初めて見る技だった。ルピーが剣を引くが、刀が長い分だけ挙動が遅い。間に合わないと判断し長刀を捨てて脇差に持ち変える。
ゼラが迫る。肩に置いた右の剣の振り下ろしをルピーが体を傾けて躱し、下段を狙った左の剣に脇差を添えて止めようとした。重い感触が腕にのしかかる。咄嗟に刀の峯を蹴って刃の進行を止める。ゼラの体が浮いた。顔面を狙った飛び蹴り。ルピーは躱せなかった。
「いっ……」
しかし低い悲鳴を挙げたのはゼラのほうだった。ルピーの歯が、蹴りを繰り出した靴を噛んでいた。衝撃で限界まで後ろに逸れた体をそのまま倒し、サマーソルト気味の蹴りを繰り出す。ゼラは体を傾けてそれを躱したが、顎にわずかに爪先が触れた。宙返りしたルピーが着地し、ゼラがたまらず後ろに下がる。靴が片方脱げていた。
ルピーは口に入った土を唾と一緒に吐き出す。長刀を拾い、両手持ちで横薙に振るった。ゼラが大きく後ろに跳んで、銀色の刃がその下を滑る。
「qtyqktl。bfhniaflajdfasmdmaczjef (戦うのも手間やな。逃げるわ。つーかおまえその身体能力、ヒュルムとちゃうやろ?)」
距離を稼ぎながら、滑らかな発音のドグル語で言った。
「waufhnilzcbhynmawepafe (ああ、あたしは“犬混じり”さ)」
ルピーもまた流暢なドグル語で答えた。犬混じりとはドグルとヒュルムの混血児の蔑称だ。ヒュルムによるドグル差別が、そしてドグルによるヒュルム差別がひどかった時代に生まれた言葉で、今でも用いられ続けている。
追おうとしたルピーの肩をヨフが掴んで止めた。
「深追いすると危険だよ」
「離せよ」
「彼、直接の戦闘より罠を張ったり、仲間と待ち伏せたりするほうが得意なんだ。機転だとかそういう面では、誰より優れてる。死にに行くようなものだ」
「……ちっ」
「さっきなんて言ってたの?」
ルピーが答えずに刃を収めると、戦闘に巻き込まれないように避難していたアロレーが近くに寄ってきた。
「ありがとうございます」
「いや、あんたも大変だな」
「慣れていますので」
彼女はルピーとヨフにだけ見えるように胸元を少し捲って見せた。王の街の紋章が刻印されている。軍隊の幹部である証だった。
「……なるほど」
「他言無用でお願いします。こういうわけなので大抵のことは、わたくし独力でなんとかできるのですが、今回は本当に危なかったです」
「てことは最近の彼らの動きは、王の街のほうではとっくに掴んでいるわけか」
「はい」
そのあたりでこの街の兵士たちが寄ってきたので、三人は内緒話をしていられなくなった。
「何かお礼を」
アロレーが言ったが、拒否した。
これ以上関わりあいにもなりたくなかった。
ヨフはさっさとこの街を後にした。




