6 独裁の街
ルピーはなにげなく彼女を見つめる。長身ですらりと長い手足にスーツが似合っている。爪の先までよく整えていた。踵の高い靴はたしか紙の街で流行っているものだ。掘りの深い顔立ちに薄い化粧を乗せている。顔を見る。緑の混じった瞳には吸い込まれそうな魅力がある。美人だった。同性のルピーですら素直にそう思う。ルピーは決して外見に気を配る方ではなかったが、それは彼女の職業上の理由だ。どうせ汚れるのだから、関係ないと思っていた。この女はその逆のようだった。職業上の理由で必要だから、美しくしている。なぜか印象が悪い。
(……あれ。あたしは 嫉妬してるのか?)
「ほんと失礼だよ。部屋の鍵を勝手に開けて入ってくるんだもん」
「……ヤトーレ。わたくし、丁重お連れしてくださいと言いましたよね?」
三人の中でリーダー格だった男が表情を歪める。女は短剣を投げた。ヤトーレと呼ばれた男の足元に、からからと音を立てて転がる。
「自害しなさい」
命令調で言う。
妙な凄みがあった。
「わたくしの権威はあなたがたの権威ではありません。それが理解できない人間はわたくしに必要ない」
男は短剣を拾う。震えている。やがて意を決したように、自分の喉に向かって刃を突き立てた。
「やめろ!」
咄嗟だった。
ルピーは手を伸ばしていた。爆発するように鳥の体が発光し、次の瞬間には赤毛の女が男の短剣の刃を握っていた。からんと長刀が床に落ちる。切っ先は部屋の長さが足りずに壁に刺さっている。
「……もうちょっと命は大事にしろよ」
掴んだ手から血が滴る。失敗した。ルピーは舌打ちしたくなる。意識が戦いに傾いているときなら、余裕で掴めるのだが。
「いきなさい。客人に免じて許します。二度とわたくしの前に姿を見せないように」
ヤトーレが逃げ出す。あとの二人もそれに続いて部屋を出て行く。
「僕、君がそんな熱血キャラだと思ってなかったよ」
茶化すようにヨフが言う。イラッときたので脇差で首を撥ねる。鋭利な刃が皮膚を切り、頚動脈をはじめとする血管群を切り、気道を切る。だが獣の魔法ですぐにひっつく。刃と床が少しだけ赤で汚れた。ヨフが涙目で首を押さえる。
「君のほうが命を大事にしようよ! つっこみがバイオレンスだよ!」
「うるせーお前は死なねーだろうが」
ルピーは長い息を吐いたあと、幾分敵意を込めた目で女を見る。部下に向けて「自害しろ」と言える人間の気持ちが、ルピーにはわからなかった。またそれに従う人間の気持ちも。
「……で、なんだお前は?」
「この街の町長をしているアロレー=ソルドラと申します。あのような無躾者を迎えに出してしまい、申し訳ございません。お恥ずかしいことに手が足りていないものでして」
「ヨゼフだよ」
隣のヨフが名乗る。
ルピーは名乗らなかった。
「僕になんのようかな?」
「旅人さんにとってこの街はどうですか?」
「まだ来たばかりだからよくわからないけど、率直に変だね」
アロレーが頷く。
「この街は長らく獣の街の支配下にありました。といっても最近銃の街が行っているような武力制圧ではありません。むしろ産業的に後進国で、搾取される一方だったこの街をドグルが指導してくださっていたのです」
ヨフはルピーのほうを見る。近くに住んでいた分、内情に詳しいかなと思ったからだ。溜め息混じりに説明する。
「ドグルの連中は農耕に詳しいからな。その代わりに自分とこに売る穀物を値引きさせてるが、指導するために金掛かってることを差し引いたら横暴じゃないレベルだな」
「ですが獣の街が破綻しました」
「は?」
意味がわからなかった。産業的にも治安的にも、また軍事力的にも、獣の街は安定していた。ということは破綻する条件は一つ。
「獣の街は戦争に負けました。銃の街による武力制圧です」
「レイフォールはどうなったの?」
ヨフが訊ねる。アロレーは少し驚いた顔になって、それから元の表情に戻してから答える。
「わたくしもそれほど内情に詳しいわけではありませんから、詳しいことはわかりかねます。ですがおそらく……」
戦死したのではないでしょうか。
口には出さなかった。だが十分それを肯定していた。
「この街に留まっていたドグルの撤退で、彼らに手綱を握られていることを快く思っていなかった勢力が、他の街の要望で工場を建設しました。が、うまくいきませんでした。倒産して仕事を失った彼らが治安を悪化させ始めています。元の町長も殺され、いまはわたくしが代理を努めています」
「それであの物騒な光景か」
「ほんとうにお恥ずかしい限りです。前の町長はしばらくこの状態を放置していました。一般の警察隊でしか取り締まろうとしなかった。結果として生産効率が落ち、収入の格差が広がっています。わたくしは親ドグル派ですから、農業を中心に据えたこの街を取り戻したいと考えています。このあたりには農の街の手が届いていない場所も多いですから」
それで反ドグル派を軍事力で制圧している。それは彼女の本意ではないのだろうか。
「どうやって鎮圧する?」
「反抗勢力を徹底的に逮捕。収監、あるいは処刑します」
「ひでえ独裁だな」
「ええ、流行りの民主主義に基った行動ではありません。ただそれでも、やらねばならないでしょう。おそらく議会では反対票が多く出て取り締まれない」
「民意に背いてでもやらないといけないことか?」
「はい。大衆は間違います。なぜなら無知だからです」
高度な情報網でも発展しない限り。
彼女はそれだけ付け加えた。
ルピーは工業発展した場合のこの街の展望を考えてみる。五秒であまりよくない未来が思い描けた。このあたりの良質な鉄鉱石はほぼ銃の街が占領している。財力が桁違いだから少し値段を上げてあちらが買うと言えば、こちらにはほとんど回ってこないだろう。遠くからの輸入には余計なコストが掛かる。
加えてこのあたりには工業製品の大型の消費者がいない。富裕層の消費者が多いのは、王の街や紙の街などだが、いずれもここからは相当離れている。少数生産に少数の消費者では採算が合わないはずだ。
おそらく成功した一部だけが異常に富を独占することになる。そして大勢の貧困層が生まれる。そうして生まれた富裕層が街の内部で金を使えば他の産業の活性化が起こって問題ないだろうが、おそらくそうはならない。まず街の規模が小さいので土地が足りない。それに富裕層が金を使うだけの魅力がない。他の街の製品のほうが優れているからだ。
そのうち貧困層のジレンマが爆発して暴動が起こる。工場が破壊され、一部の成功層からの略奪が起こる。軍隊との抗争になるかもしれない。結果として街として破綻する。
もちろんそうならない可能性もある。
だがそうなる公算はとても相当高いだろう。
「……なるほど、合点がいった」
農業で生計を立てる街はその点安定している。
食料が欲しくない、という状況はありえないからだ。生産を拡大して余った分を外の街に売れば堅実に利益が出る。品質がよければブランド品として価格が高まる。




