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5 氷の街




少し先でふつうの靴を履いているヨフが、雪に足を取られて盛大に転んでいた。

その様子を見ていると、なんだか真面目に悩むのがバカバカしくなってくる。

傍に寄り「だっせえ」と笑ってやる。

ヨフが怒って、逃げるルピーを追い掛け回す。そしてまた転ぶ。

 当分はこれでいいのかもしれない。とルピーは思う。だけどもしものときは……。

 ヨフが駆けていく。案内されて、窓から宿の中に入った。二階でそのままチェックインを済ます。部屋に案内されると、外の寒さからは考えられないほどに暖かかった。暖房がガンガン焚かれている。

そうでもしないと生きていけないんだろうな……。

普通に住むには随分不便な場所だろう。しかし住めば都とも言う。慣れてみれば雪かきなんかも意外と楽しいのかもしれない。みたいなことをヨフは考えていた。

 それから雪かきをしている人にそんなふうに訊ねてみた。

「雪かきが楽しい?! ありえんわ! やってみろ。どんだけ大変かわかるから。そのへっぴり腰、正してやる!」

 と、言われスコップを突き出された。それから今度は追い掛け回される側になった。そしてまた転んだ。

「ルピー、僕の代ワりに雪かきやってみない?」

「だがことわる」

「……だよね」

 突然外から声がかかった。

「あんた大丈夫け?」

「うん。大丈夫だよ」

「ほんとけ? よく旅人さんが額割るんだわ。わりと硬いやろ? 雪」

「ああ、言われてみれば」

 顔を起こしたヨフの額からは、細く血の筋が流れていた。

「消毒したるけーこっちおいで」

 少し迷った末に行くことにする。呼んでいたのが若い女の人だったから、というのが多少あるのではとルピーは思った。

 それからドグルの姿をしたヨフを見て、複雑な気分になる。

 女の人は消毒液を綿に浸して傷口を叩く。ヨフは魔法を使えばすぐに傷を治せるはずだから、気を引くためにやってるのだろう。

「おい、エロガキ」

 耳元で言ってやる。

もちろん無視される。

「この街の人ワ、ドグルに偏見がないんだね?」

「ん? そやね。そもそも戦争前はみんな一緒に住みよったからね」

 何気なく彼女が言う。

「一緒に住んでた?」

「うん。この街にドグルも住みよったんよ。昔は」

「戦争前……、粛清教の事件かな?」

「そう言うんかね? ドグルさんが何人も殺されて軍が調べよったけど、犯人みつからんで大変やったわ。結局見つからんままやって」

 聞き取り辛い方言だ。少なくとも隣のルピーは半分くらいわかっていない。正確に聞き取れているヨフに少し驚く。

「まだ見つかってないのかい?」

「そやねー。もうだいぶ前のことやけー、深く調べよる人はおらんやろうけど。やっぱりいい気はしとらんよ」

 はい、できた。

 包帯を巻き終えた彼女が言う。

 それから雪を使った遊びが何かないかと訊ねた。「雪合戦」と「雪だるま」のことを聞く。

「どうもありがとう。あなたにルーレイスの加護のあることを」

 不快感がルピーの胸に過ぎった。

教徒ではないヨフがそれを口にすることに虫唾が走る。

 このあたりにどこか観光名所はあるか? と訊ねて彼女は川ぐらいしかないねー。と答えた。地図を広げて場所を教えてもらい、二人は街から離れ、言われた川のほうに向けて歩き出す。

「……ルピー、なんか機嫌悪い?」

「別に」

 肩に止まって、そっぽを向く。

 ちらちらとこちらを見て、気にかけてくるのが鬱陶しい。

 ……。

「ところでさ」

「ん?」

「川って、あれかな……?」

 雪の中に暗い切り込みがあった。雪の深く積もった底に川がある。水の周りでだけ雪が溶けているのだ。いま自分が立っている場所がどれだけ高い位置にあるかがわかる。雪の峡谷だった。

「わ、深い……」

 ルピーも覗き込む。

 元々谷になっていたのだろう。雪の深さもあい余って凄まじい高さに見える。

「あ」

 がさっ。と音がした。ヨフの足元が崩れた。「!?」人間の姿に戻ったルピーが咄嗟に足を突き出す。ヨフがそれを掴む。だが二人分の体重を支えきれなくなったルピーの足場も崩れた。

「こ、のっ……」

 脇差を雪の壁に突き刺す。一本では落下が止まらない。ルピーは半ば落ちながら逆側の壁を見たが、どうみても六メートル以上の幅がある。長刀でも届かないし、また長すぎて近場にほうには突き入れることはできない。ルピーは手の中で刀を返すと、体を半回転させて近いほうの壁を横薙に斬った。肩の腕で止める。二本分の支えと、上の雪に圧縮された下側の硬い雪にあたってようやく止まる。肘を折ったまま、二の腕の筋肉で体重を支える。すごく無理な体勢で、落下が止まった。

「お前、なあ、迂闊、すぎる、だろ」

「やーごめんごめん。でも僕、落ちてもなんとかなるからさ」

「寒い、地方の、川、なめんな、よ?」

「え、だって凍ってないじゃん?」

「流れてる、水は、凍ら、ないん、だよ」

 肩が外れそうだ。

 二の腕も攣りそうだ。

 さっさとなんとかするに限る。

「おい、そのまま、ぶら下、がって、ろ」

「ん? わかった」

 ルピーは壁を蹴って体を大きく振る。「わ」それから体操選手のように、刀を支点に大きく回転した。刀から手を離す。遠心力で二人の体が浮き上がる。雪面より上に出たあたりで、ルピーはヨフの肩を思い切り蹴った。多少怪我をしても構わないと思っている蹴り方だった。吹っ飛んだヨフが雪の上を転がる。ルピーが落ちる。下を見る。突き刺さったままの二本の刀がある。それをもう一度掴んだ。衝撃でずずずと落ちてきたが、なんとか止まった。長刀を真横に引き抜いて、落ちながら口に咥える。雪の壁に手首を突っ込んで落下を止める。雪面を蹴って爪先を突っ込む。腕の力で体を引き上げ、今度は脇差を抜いて同じようにする。

冷たいが、ルピー一人なら登れないことはなかった。

 雪面より上に顔を出すと、ヨフが雪だまるまを作っていた。

「……なにやってるのおまえ」

「お墓作ってるんだ。僕のために死んだ友達の」

 言い終わらないうちにルピーはヨフの首を撥ねた。

 首は獣の魔法できれいにひっついて傷跡も残らない。

「いま殺した? いま僕のこと殺そうとした?!」

「うるさい死ね」

 疲れた。




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